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第二話「お願いお狐さま」

初日なので二話目まで投げます




 油揚げが入ったレジ袋を引っ提げ、足早に道を進む。

 鳥居をくぐり、足元の砂利がその名に違わぬ音をたて始める。


「お狐さまー」


 境内に俺の声が響き、次第に霞が出てくる。


「今日も来たのか。お主もマメじゃのう」


 立派な尻尾にキツネ耳。

 この神社の主である、お狐さまだ。


 見た目こそ、俺よりも年下に見えるが、どことなく超越的な雰囲気を持っている。

 

「して、それは?」


「献上品でございます」


「……ふむ」


 買い物袋が浮遊し、お狐さまの手元に寄せられる。


「どうせ頼み事じゃろ?」


「はい!」


「ダメじゃ」


「そこを何とか!」


 即座に砂利とキスをする。

 日本人の基本的な懇願体勢だ。


「土下座に慣れすぎじゃろお主……」


「はい!」


「はいじゃない。顔を上げよ」


 指示通りに顔を上げ、正座のままお狐さまの顔をじっと見つめる。


「…………はぁ。申すだけ申してみよ」


「はい! ここに学長……あ、この写真の方なんですが。たまに参拝に来ていませんか?」


 スマートフォンを取り出し、予め保存しておいた学長の顔写真を見せる。


「むむ? そこまで肌は若々しくなかったはずじゃがのう」


「そこはまぁ、人間の浅ましさの表れですのでお気になさらず!」


 ホームページに貼ってた写真だし、多少盛るのは仕方ないだろう。

 見栄えというものは意外と大切だ。


「して、確かにその男は妾の所へ来ておるが……それがどうしたのじゃ」


「その男に、こう囁いて欲しいのです」


「ふむ?」


「多様な髪色と髪型を是とせよ、と」


「???」


 おや、お狐さまが首を傾げてしまった。

 可愛いので網膜に焼き付けておこう。


「……まぁ、利己的な願いでは無さそうじゃな」


「はい」


「誰かの為の願いかの?」


「そうです。髪色の変更を強制され、困っている人がいるのです」


 名を七瀬仁って言うんですけど。


「偽りは無いようじゃな。分かった。そのような願いであれば聞き届けてやろう」


「ありがとうございます!」


 頭を下げる。

 後は学長がここに参拝してくれれば、完璧だ。

 校則を変えてくれるはず。


「……して、お主よ」


「はい? なんでしょう」


「まだ気は変わらぬか」


 何の、と問うまでもない。

 幼い頃に俺がした求婚。その意思がまだ変わっていないのか、という意味だろう。


 いつだって変わらない。

 

「当然です。お狐さま、愛しています!」


「そうか。頑固なやつよの」


「一途と言ってください」


「はいはい」


「という訳で俺と今すぐ結婚しましょう」


「はいは……その手には乗らんぞ」


 惜しかったな。

 次なる言葉の誘い出しの手法を練っていると、お狐さまがすっとこちらに寄ってきた。


「ところでお主。いつの間に俺、などという言葉を使うようになったのかの?」


「うっ」


 痛いところを突かれた。

 そんな俺の様子を見て、お狐さまがコロコロと笑う。


「ふふ。中性的な顔立ちを気にしておるのか?」


「いえ! もっと前向きな理由です! 漢らしくあろうというぼく……俺の決意の表れですよ!」


「……ふふ」


 笑い事ではない。

 お狐さまに相応しい人間になるために日々精進しているのだ。

 少し非難の意を込めた視線を送るが、お狐さまは笑みを深めるばかり。


 むむ、納得いかない。


「ほれ、そろそろ帰った方が良いぞ」


「何故ですか? もっと話しましょうよ。来月ぐらいまで」


「定命の者とは思えぬ時間感覚じゃのう……」


「いやぁ、ははは」


「褒めておらんぞ」


「俺が褒められたと解釈できる余地を生み出した時点で俺の勝ちですよ」


「暴論すぎる……んん、それより後ろを見るのじゃ」


「はい」


 そう言われ振り返ると、ちょうど鳥居をくぐる人の影。

 アレは……学長?


「なるほど。これは帰った方が良さそうです」


「じゃろ?」


「はい。ではまた明日!」


 お決まりのウィンクに対し、お決まりの呆れ顔を返された。



 クールに別れを告げてから数分もしない内に、自宅が見えてくる。


「ただいまー」


「おかえりなさーい」


 料理をする母の後ろ姿に声をかける。


「母さんさ、俺が急に奇抜な髪型になったらどう思う?」


「今更何されても驚かないわよー」


「そっか」


 なんて優しくて理解のある親なんだ。

 俺は涙をのみながら自室へと戻った。


 ベッドに荷物を転がし、椅子に腰掛ける。

 さて、七瀬仁に勝利宣言をしてやるとするか。




ミタル:はーっはっはっはっは!!!!!!!


七瀬仁:うっさ


ミタル:俺の勝ちだ、七瀬仁!!!! 学長は俺の策略により校則を変えるだろう!!!!


七瀬仁:よくわかんないけど、通報した方が良いのか?


ミタル:通報したところで警察は聞く耳なんぞ持たんぞ


七瀬仁:お前の母親を心配にさせるぐらいの事はできる


ミタル:それは困る。やめて


七瀬仁:道徳を守ろうという意志はあるんだよなコイツ……


ミタル:道徳の申し子と呼んでくれ


七瀬仁:話は変わるんだけどさ


ミタル:いや変わらん。今のうちに美容室の予約をしておくんだな、七瀬仁


七瀬仁:いちいちフルネームうちこむのめんどくさくないの


ミタル:辞書登録してるから一瞬だぞ?


七瀬仁:きも


ミタル:そっちだって辞書登録してるだろ


七瀬仁:お前は読みが特殊すぎるんだよ。しょうがねぇだろ


ミタル:ふふん、自慢の名だぞ


七瀬仁:はあ


ミタル:色々と見えそうだろ?


七瀬仁:急に下世話になったな


ミタル:違うわ!!! 霊的な話だよ!!!!


七瀬仁:あー、まぁ、確かに


ミタル:え?


七瀬仁:え?


ミタル:詐欺とか気を付けた方が良いよ


七瀬仁:なんだとてめぇ


ミタル:じゃあそろそろ晩飯だから反応消えまーーーす


七瀬仁:は? おい



 通知オフ!

 スマホを机に置き、俺はリビングへと向かった。



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