第十八話「検索」
チャイムの音が始業を告げる。
朝のホームルーム中に爆睡をかましてしまった俺は、慌ててよだれを拭って顔を上げた。
「よう、よく寝てたな。課題は間に合ったか?」
「まぁギリギリな。助かった」
「よし。じゃあ放課後は……えぇと、どうすんだ?」
どうもクソも、生霊の本体探しだろう。
青髪バカの方をチラリと見る。
どうにもクラスの中心グループの方々の間でおちゃらけているようだ。
「頼み事をした者の態度じゃないな。そう思わないか、七瀬仁」
「んー、いや、まぁ人脈広いってそういう事だし仕方ないんじゃね?」
「お行儀の良い回答だな」
懐から昨晩記述したメモを取り出す。
「この特徴に該当する人物を探す」
「はいはい。なるほど?」
仁がメモ帳を受け取りペラペラと中身を確認する。
最初は何でもなさそうな表情だったが、読み進むにつれそれは険しいものへと変わっていった。
「……」
「俺も同じ気持ちになったよ。わかるわかる」
「中田の中学時代の知り合いで、高校は別。そんで何より中田に好意を持ってる……へぇ〜」
中田? あぁ、青髪バカの事か。
それを知ってもなお律儀に名前で呼んでやるとは見上げた奴だ。
俺はうんうんと頷いてから、率直な感想を述べた。
「ムカつかね?」
「ムカつくな」
「依頼、取り止めにするか」
「それは……だめだ」
お人好しめ。
では早速調査といこう。
俺はスマホを取り出して青髪バカにラインを送信した。
ミタル:後で連絡先一覧見せろボケ
数秒と待たずして、返信がくる。
おちゃらけつつライン返信をこなすとは。
意外に能力が高いのかもしれない。
青髪バカ:え? 何すか?
ミタル:視線の主がだいたい分かった
青髪バカ:ミタルちゃんいつの間に俺の友達申請OKしてくれたの?
ミタル:依頼が終わったらブロックするから安心しろ
青髪バカ:(泣いている桃色みとこんどりあくんのスタンプ)
「流行ってんのか?」
「え? 何が?」
「いや……何でもない」
流行に敏感なのかアホなのか分からん。
両方か?
ポケットにスマホを入れ、肩をすくめる。
「まぁ、ひとまずは青髪バカからの情報を待たんことにはどうしようもない」
「そうだな」
そこで会話が途切れ、お互い無言になる。
仁はスマホを開いて何やらラインの返信をし始めた。
梔さんだろうか。
さて、俺は俺で母さんに勝手に捨てられてしまった儀式用品を注文しておくとしよう。
届け先は一旦仁の家で。
「うぇーい! ミタルちゃーん! 七瀬ー! ……なんで向き合ってお互いスマホいじってんの?」
「陰キャ特有のコミュニケーション法だよ。にしてもこっち来るの早かったな……次話すのは昼休みか放課後とかになると思ってたが」
「いやいや相談乗ってもらってんのにそれはねーよ」
そうか、と仁が呟きこちらに視線を送ってくる。
何だよ。
「ミタルちゃん、俺の連絡先一覧が見たいってのは」
「ああ。あの視線はおそらくお前の中学時代の知り合いが関係してる」
「マジかよ!? つか何で分かったの!?」
「さっさと連絡先一覧を見せろ」
「無視!?」
そう叫びながらもスマホをこちらに渡してくるあたり律儀というか何というか。
ずらりと並ぶ友達欄を見てうんざりしつつもスクロールしていく。
「中学時代に知り合った女性がいたら言え」
「あー、それは割りと少なめ。あ、その子。あとその子と……」
だいぶいるじゃねぇか。
腹立つな。
「……ん? この人は?」
「菅原さんだな」
「へぇ」
アイコンにしている服装……あの霊に似ている。
ああいうのは自身が思い入れのある姿格好になりやすい。
要チェックだな。
「さて、他は――」
そこから授業が始まるまでの間、俺は青髪バカの連絡先一覧をチェックし続けた。
時は移り、昼休み。
午前の厄介な授業たちをなぎ倒し疲労困憊の様子の俺に、仁がイスを寄せ話しかけてきた。
「よく寝てたな」
「話は聞いてる。姿勢が悪いだけだ」
「あのなー……まぁいいか」
チラリと青髪バカの方を見る。
お取込み中か。じゃあいいや。
「俺の感覚を信じるなら、菅原って子が怪しいな」
「なるほど。どうやって確かめる?」
「直接会うんだよ」
仁が、弁当を食べ進めていた手をピタリと止めこちらを凝視する。
「はぁ?」
「仁、よく考えろ――会うのは俺達じゃない。会うというのは不適切な語彙だったな。会わせると言うべきだった」
そこで仁はようやく合点がいったように頷き、口を開いた。
「中田と会わせるってわけだ。お前の推察通りなら好意を持ってる相手だ、無下には扱われないはず」
「その通り。まぁ会わせ方に注意する必要はあるが」
自然に会わせるには例の菅原という人物の現状を知る必要がある。
調査をしたいところだが、あいにく俺にそういった技術はない。下手を打てばストーカー扱いだろう。
あるのは霊的儀式の知識のみ。無論、これは生霊を飛ばしてしまっている奴を相手にやっていいものではない。
……おや? 手詰まりか?
「困ったな」
「どしたん?」
俺達がうんうん唸っていると、青髪バカがひょこっと顔を出した。
「いや、菅原という人物とお前を会わせるにはどうするかと考えていてな」
「? 普通に会って遊ぼうぜーでいいじゃん」
「……」
俺は不愉快さを表すべく腕を組み眉間に皺を寄せた。
そんな様子を見た仁が宥めるような口調で言う。
「会えそうなら普通に好都合だろ」
「仁、お前は腹が立たないのか?」
「そらムカつくけどさ」
「なんで?」
アホ面を晒す青髪バカを横目に続ける。
「会えるならいい。一旦会って普通に遊んでくれ。後日何らかの追加指示を出す可能性はあるが」
俺の言葉に青髪バカが顰めっ面になる。
そして躊躇をにじませつつ口を開いた。
「えーと、ひょっとしてストーカーって菅原さんな感じ……?」
「違う。間接的に関係があるだけだ」
アレは偶然の産物だ。
当人と呼ぶにはあまりに乖離が激しい。
「だが、どう関係しているかは当人のプライバシーの保護の観点や、そもそもこれが推論であるという事から答えることはできない」
「えぇー……」
「解決したければ黙って言うことを聞くことだな」
「まーそうだけどさー。解決後に色々聞けたり……?」
「場合による」
青髪バカが一応納得したような様子を見せる。
よしよし。とりあえず計画は進展しそうだ。