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第十七話「遭遇」

「さて……と。こんな具合か」


 だいたい分かった。

 手元の手帳をパタンと閉じ、女の霊に退却を命じる。

 帰った、帰った。今日はもう店仕舞いだ。


「いやぁ、どうしたものか」


 解決してやりたいが、癒着が激しい。

 こうなっては、より直接的な処置が必要になってくる。生霊の出どころを探らなくては。


 儀式の道具を片付け、路地裏から出る。


 そして、出た先には——見覚えのある人影が立っていた。


「……こんな深夜に出歩くとは。半グレと勘違いされて職質されかねんぞ——仁」


「お前こそ、こんな深夜にでっけぇリュック背負って出かけるなんて、職質ついでに荷物検査されかねないぞ」


 七瀬仁。

 ジャージ姿のツンツン頭がそこに立っていた。


「見たか?」


「ああ。専門家って、お前自身のことだったんだな」


 俺はため息をつき、リュックからある物品を取り出して仁の口に詰め込んだ。


「うぶッ!? おぇ、不味ッ!?」


「吐くな。食え」


「……クソ、何か意味があんだな?」


「ああ」


 特殊な加工をした豆だ。

 あの霊の脆弱さからして大丈夫だろうが、防護は欠かさない方が良い。


「食ったか? 食ったなら帰れ。昼間にも話したが……お前の出る幕はない。これは専門家の領域だ」


「俺とお前は、友達だろ」


「……」


 この男は。

 全くもってふざけた奴だな。


「だから何だ」


「出来ることがないなんて、そんな事はねぇだろ」


「いや、無い」


「生霊なんだろ?」


 コイツ、どこまで聞いていたんだ。

 それに、こんな事に関わる危険性も何も分かってない。


 ……仕方ない。少し説法を聞かせてやるとしよう。


「いいか、仁。この世には軸がいくつもある」


「……」


 仁が、はぁ? というような表情を浮かべる。

 

「縦、横、高さ。空間的な軸だけじゃない、時間軸なんてのもあるな」


 俺の喋りの意図が掴めないのか、困惑した様子で仁がぼやく。


「それが、何なんだよ」


「軸の数が変われば世界の見え方が変わる。二次元的に見れば直線落下でも、三次元的に見れば坂道を転がっているだけかもしれない。とにかく、俺たちは軸に沿って世界を見ている」


 仁が首を傾げながら人差し指を立てる。

 特に意味はなく、会話を聞きながら思わずそれっぽいジェスチャーをしてしまっただけだろう。

 

「あー、その、軸が何だってんだよ」


「基本的な軸の他に、通常認知されるはずのない軸というものも存在する」


 俺は仁を真似るようにピンと人差し指を立てた。

 仁が嫌そうな顔をしながら指を引っ込める。

 わはは。


「それの一つが、今のようなモノにまつわる軸だ。軸が増えれば、常識も、認識も変わる。世界がまるで変わってしまう」


「……まぁ、何となくは分かった。俺にはその軸がないから無理、みたいな話か?」


 違うな。

 それは違うぞ、七瀬仁。


「お前がどうという話ではない。誰かに感知されようとされまいと、軸は存在している」


 仁が再び首を傾げた。


「何だ? 俺は感知能力が低いから無理ってことか?」


 それは普通の事だ。無理か無理でないかで言えば、無理ではない。

 そう、無理ではないのが問題なのだ。


「いいか、七瀬仁。厄介な事に、その軸にまつわる事象に関われば関わるほど——その軸への感度は高まる」

 

 磁石にくっつき続けた鉄が磁力を持つように、な。

 

「例えば、さっきの霊のようなその軸に依存している割合が高い存在なんか正にそうだ。このまま関われば否応なく仁、お前の軸への感度は高まるだろう」


 ここからが、話の核心だ。

 順序立てて説明してまで、仁に教えたい事だ。


「いいか、七瀬仁。このままこの案件に関われば、取り返しがつかなくなる。軸を感知できなかった頃には戻れなくなるぞ。だが——今ならまだ、この案件から少し距離を置くだけで日常に戻れる。完全に目覚める前なら、一過性のモノで終われる」


「なるほどな」


 仁がうんうんと頷きながらこちらに歩み寄ってくる。

 おい。


「お前は俺に人助けをしろって言ったよな」


「……ああ。言ったぞ」


 仁がニヤリと笑う。

 なんだ、薄気味悪いな。



「だから俺は、手始めにお前を助けることにした」



 コイツは。

 全くもって、本当に。


「馬鹿が。くたばれ」


「言い過ぎじゃね?」


 言い過ぎではない。

 お前は馬鹿で、馬鹿で馬鹿で馬鹿で、最高の友達(バカ)だ。

 ふざけるな、長々と説法をした時間を返せ。

 

「やるんだな?」


「おう」


 意思は揺らがない様子だ。

 ああもう、まったく……仕方ない。


「生霊の元を探すぞ」


「へへ、いいね。目星は?」


「だいたいの条件出しは済んだ。あとは青髪バカを問い詰めるだけだな」


 仁が頷いた後、一際明るい声で言った。


「そういやお前、多分課題やってねぇよな?」


「……あのラインで俺が外出中なのを遠回しに確認してたのか。きっしょ」


「ひでぇなー。帰ったらラインで送ってやるからやっとけよ。明日は居残りしてる場合じゃねぇだろうからさ」


 非常に癪なことだが、それはかなり助かる。

 意外に手際の良いやつだ。


「じゃあ、これ以上の話は帰った後だな」


「ちょっと待った」


 荷物を背負い直したところで仁に呼び止められる。

 んだよコラ。


「その格好は…………どういう、理由で?」


 ああ。

 女装これのことか。


「儀式には、術者の性別を指定するものが少なくない」


「……お、おう」


 鈍いやつだな。わからんのか。


「ようはな、霊を騙くらかせれば良いわけだ。俺のように中性的な見た目は……祓い屋としては理想に近い。儀式に最適な格好、性別にいくらでも調節できるわけだからな」


「えーと……なんかヤマトタケルの女装して油断させてぶっ殺したみたいな……そういう感じのやつ?」


 あぁ、なんかそんな手段で化け物を殺していた逸話があったな。

 確かにそれに準えるような儀式も知っている。

 ただそれ以外は……なんか、そういうものとしか言いようがない。


「根本的な由来は知らん。公式に数値をつっこめば解は出るんだ、何だっていいだろ」


「そんなんだから数学できないんじゃね?」


「死ね。説明は以上だ、俺はさっさと帰って課題をやって寝る」


 仁が肩をすくめ、じゃあなとだけ言って背を向ける。

 俺はその姿を何となしに暫く眺めていた。


 やっぱ髪型と服装のせいで完全にヤンキーだな。

 これラブコメ主人公には見えなくないか?

 俺としたことが……指示を間違えたかもしれない。


 ……まぁいいか。仁だし。



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