第十五話「馬鹿をつける影」

　授業終了を知らせるチャイムが鳴る。

　ようやく昼休みだ。

　弁当と椅子を持って仁の席へ向かう。

「やぁ、ストーカー対策は考えたか？」

「考えるだけで何とかなる問題じゃないだろ」

「そうだよー、ミタルちゃーん。俺だって色々悩んだんだけど解決できてないんだぜー？」

　当然のようにいる青髪バカに何か文句を言ってやろうとして、止める。

　仕方ない、こっちが拾った相談事だ。

　隣に椅子を置き、座って弁当袋を開く。

「さて、詳細を聞いていこうか。被害状況は下校中に視線を感じる、それだけだな？」

「うん」

　青髪がこくりと頷く。

　仁は弁当をもりもりと食べる。

　対策はお前が練るんだぞ、と仁に抗議の意を込めた視線を送ったが反応は無し。

　仕方がないので俺が続ける。

「時期は？」

「マジでここ最近だよ。多分、2週間前くらいから」

　ふむ。意外に長期間じゃないか。

　

「仁。そろそろ何か意見か質問を」

　俺の言葉に、仁が箸を置いてようやく喋り出した。

「あー、そうだな。俺が思うに、中学の頃の元カノとか……その辺りじゃないか？」

　良い推測じゃないか？

　青髪の反応を見る。怪訝な顔だ、違うらしい。

「わり、俺彼女いた事ねぇのよ」

「じゃあお前に告白してきたやつは？」

「それもいないんだよなー、悲しいぜ」

　フフン。

　飯がうまくなる話だ。

「ミタルちゃん、そこで笑うのはひどくね？」

「すまんな、優越感を抱いたお陰か米の味が鮮明に感じられたもんで」

「飯ウマをそこまで丁寧に解説されたの初めてだわ」

　さて、痴話喧嘩の線は一旦無し。

　なら他のパターンは何だ。

　俺が考えていると、仁が先に口を開いた。

「残る選択肢は、空き巣とかか」

「空き巣？」

「おう。盗みに入る前に、住人の生活スケジュールを把握するやつがいるらしいからな。例えば……そうだな、家に妙な電話がかかったりしなかったか？」

　青髪がふるふると首を横に振った。

　

「なんつーか、その……自分で言うのも恥ずいんだけど、生活スケジュールを確認するだけなら、あそこまで熱い視線を送ってこねぇと思うんだ」

　熱い視線、ね。

　恋愛絡みとしか思えないワードだが……それは本人に心当たりがないという。

　

「一目惚れのストーカー、か」

「……ま、そうなっちゃうんだよねー」

　今の材料から導き出せるのはそのパターンぐらいか。

　しかし……何というか。

「仁、どう思う？」

「どう思う、じゃねぇだろ。お前なー、自分が言いたくないからって俺に言わせる気かよ」

　別に俺が言っても構わないが。

　そう思い口を開く。

「一目惚れは無いだろ」

「ひっでぇ！？」

　青髪がオーバーに仰反る。

　そういうとこだな。

「信じてくれるんじゃなかったのかよ！？」

　仁が即座に返す。

「俺達が信じるのはお前がストーカー被害に遭っているという事象そのものだけで、理由については信じたり信じなかったりする」

「はー、そういう系？」

　どういう系だ。

　俺の疑問を置き去りにしつつも話は続いていく。

「でもさー、ほら。男子高校生なら誰でも良かった、みたいな人もいるかもじゃん？」

　ふむ。

　青髪バカのくせに良い意見を出すな。

「確かに、そういった変質者は春先の旬ものだからな。可能性は大いにある」

「その表現、脂の乗った身体見せてきそうで最悪だな」

「ちょっとさー、それにストーカーされてる俺の立場にもなってよぉー」

　愉快だな。

　

「よし。これはアレだ、ひとまず一緒に下校して様子を見るしかない」

　結論、情報不足のため判別不能。要調査。

　こんなところか。

　ふむ、放課後の部活見学は急に厳しくなってしまったな。

　梔さんには連絡を入れておこう。

　青髪バカに彼女が居なかろうが脂ぎった不審者にストーキングされていようが、時間というものは何の配慮も無しに過ぎていく。

　俺は本日も非常に有意義な時間を過ごし、放課後を迎えていた。

「っしゃ、ミタルちゃーん！　一緒に帰るべ」

「不愉快が過ぎるな」

「ひどくない？」

　バカに遅れて仁が俺の席に寄ってくる。

「うっす。一応武器とか持った方が良いか？　木製バットくらいなら借りてこれるけど」

「要らん。武器はそのツンツンヘッドで十分だ」

「青髪をストーキングしてるぐらいだから髪色とか髪型での威嚇は通じないんじゃねぇの？」

「確かに。ただ武器はやめておけ、事件の格が上がってしまう」

「ミタルちゃん、格って表現はどうかと思うよ」

　二人と軽く言葉を交わしつつ、荷物を背負う。

　さぁ、調査開始だ。

「まずはお前が青髪につけ。そして唯一まともな髪色である俺が後から尾行する。アプリは起動しておけよ、チャットで周囲の様子を報告するからな」

「お？　ミタルちゃんと連絡先交換チャンスきた感じ？」

「いや、仁を通じて連絡を取るから交換はしない」

「なんで！？」

　なんでも何もない。

　俺はお前と連絡先を交換したくない。

「じゃあ俺と中田で連絡先を交換しておいて、臨時の相談用グループでも作ろうか？」

「おお。なるほど、それなら俺がそこの馬鹿に連絡先を渡さずとも連絡が取れるな」

「そんなに嫌……っすかね……？」

　捨て犬のような表情になった青髪バカを連れ、俺達は下校を開始した。

　下駄箱を出てから数分ほど経過しただろうか。

　学校は既にかなり遠目にしか見えない距離になり、住宅地の一角に足を踏み入れつつあった。

　前方のド派手髪色コンビはそこそこに話が盛り上がっている様子で、下手をすれば俺の尾行のことを忘れる勢いかもしれない。

ミタル：おい

　数秒遅れて、仁と青髪バカがスマホを確認するような動作を見せた。

七瀬仁：なんすか

としあき：【キザっぽいキャラが投げキッスを飛ばすスタンプ】

ミタル：殺すぞ

としあき：そんなに？

ミタル：というか下の名前、としあきだったんだな

としあき：今更！？

七瀬仁：まぁ、まだ一学期だし……

ミタル：何というか、ひらがなで書かれると妙に間が抜けた感じがするというか。無職童貞成人感があるというか

としあき：名前一つでそこまでディスる事ある？

七瀬仁：まぁパッと見、青髪の姿とは結びつけづらいな

青髪バカ：これで満足っすか？

ミタル：おお、分かりやすい

七瀬仁：いいじゃん、似合うよ

青髪バカ：買い物デート中の彼氏？

ミタル：おお、仁！　やっとラブコメ主人公の自覚が出てきたか！

七瀬仁：出てないしここでその話はこじれるからやめろ

青髪バカ：え？　なんの話？　めっちゃ気になるけど

　さて、どこから説明してやろうかと考えを巡らせたその瞬間だった。

　背中から、底冷えするような“視線”が突き抜けていった。

青髪バカ：おっ、きたきた。どっからの視線かよくわかんねぇんだけどさぁ

　どこから？

　間違いなく、俺の背後だろう。

　そして、これは。

　ただの人間ではない。

　漂う冷気と、背筋に感じる悪寒はある種慣れ親しんだもので。

　変わらず不快感を催す邪悪なものだった。

　つまるところ――貴方、憑かれてるのよ……ってヤツだ。