第十三話「焦り」
個人メッセージで了承を取ってから、七瀬仁に通話をかける。
二コールもしない内に繋がった。
「七瀬仁か?」
『おう、七瀬仁だよ。何の用だ』
通話越しに食器を擦るような音が聞こえる。
皿洗いでも手伝っていたのだろうか。だとしたら少し迷惑なタイミングで電話をかけてしまったかもしれない。
まぁ了承した上で通話に出たのだから文句は聞かないが。
「お前と話した後、色々と考えた」
『……そうか』
「そこで、俺は、少しズレてしまっていた事に気付いたんだ」
『少し……?』
何か言いたげな反応だが、今は無視させてもらう。
ひと呼吸置き、続ける。
「物事には段階というものがある。俺はそこをすっ飛ばして結果だけを求めようとしてしまっていた」
『他にも色々すっ飛ばしてる事があるからそっちにも気付いてくれると助かる』
いやだ。
「初心に返るべきだったんだ。俺は、まずお前を魅力的な人間にするところから始めなければならない」
『……ありがたい話だけども、具体的に何をどうするってんだよ』
よくぞ聞いてくれた。
「人助けをしよう」
『えぇ……?』
「魅力的な人間というのは何種類かあるが、その中でも、お前には頼りになる人間になってもらおうと思う」
『それで人助けか? ちょっと安直すぎないか』
「安直で結構。内面の変化は行いを変えるが、行いの変化により内面が変わることもある。人助けをする事で清く頼れる精神になる事だって不可能じゃない」
『ひょっとして遠まわしに俺の内面ディスられた?』
安心しろ。人が未熟なのは当然の事だ。
「ただ、日常生活の中で困っている人間を見つける事は難しい。だいたいの人間は自分で勝手に解決するか、時に任せて放置したりするからな」
『今すっ飛ばしたものがあると思うんですけど、そこについて言及は』
しない。
「話を続けるぞ。困っている人間と会う為には、まず頼られやすく、見つけに行きやすい立場につく必要がある」
七瀬仁からうげぇ、という心底嫌そうな声が聞こえた。俺の言う事に察しがついたらしい。
「生徒会に入ろう」
『いやだ』
なるほど。まぁ一年で生徒会に入るとなると、確定で雑用係だからな。
そりゃもう面倒くさいだろう。気持ちは理解できる。
「じゃあ別の案を出そうか」
『お? 珍しいな』
頷いてもらえなかったんだから仕方ないだろう。
流石にやりたくない事を強制してまでラブコメ主人公をやらせるつもりはない。
「友達をいっぱい作る……事ができるやつと友達になろう」
『それ大丈夫か?』
大丈夫だ。多分。
「立場がダメなら人脈を頼るしかないだろう」
『うーん……』
何かが引っかかってるようだな。おそらく、帰りがけの発言に起因するものだろう。
アレは正論で、俺が考えるキッカケとなったのは確かだ。
だが俺の意見は少し違う。
「七瀬仁。初見から人を人として見る事なんぞ不可能だ」
『……』
「植物を観察しよう、となった時にいきなり顕微鏡を覗こうと思うか? まずは外形から入るのはその後の細部を見るためにも必要な事だ」
『それは……分かってるよ。でも、俺が言いたかったのは、その、なんというか』
ああ、なるほど。
合点がいった。
仁が本当に嫌だと思った事がようやく分かった。
「俺は友人関係になった誰の事も軽視しちゃいないよ。ただ、少し焦ってただけだ」
友人が二人増えた、その日の内にあんな下世話な話題を振れば、不愉快になるのも頷けようものだ。
俺があの二人を軽視しているとも取れる発言だからな。
焦って、周りが見えていなかった。
良くないな。
「すまん。俺は……」
『いいよ。分かった。俺もお前にもう少し事情を聞くべきだったな。すまん』
どこまでお人好しだ、こいつは。
俺が言い難い事情まで伝えようとしたところで、無理やり言葉を止めやがった。
『焦ってた理由は、多分あんまり喋りたくないんだろ?』
「……ああ」
『なら話す気になるまで待つよ』
「ありがとう」
『気にすんな……じゃあそろそろ電話切るぞ。ゴミ出し行ってこねぇと』
「わかった。じゃあ、また明日」
『おう』
その声を最後に、通話がプツリと切れる。
流石に今、ライングループを開く気にはなれないな。
俺はスマホの電源を落とし、ベッドに横になった。
目をゆっくりと瞑る。
数分ほど意識を手放していただろうか。
キッチンからの香りに鼻腔を刺激され、起き上がる。
「ああ……夕飯か」
少し寝てしまったせいで口内がべとついている。
食事前に軽く歯磨きをしておこう。
布団から抜け出し、洗面台の前に立つ。
歯ブラシを口に突っ込んだところで、鏡の中の自分と目が合う。
相変わらず中性的な顔立ちだ。
憎いぐらいに父にそっくりで、父の言うことを鵜呑みにするのならば、祓い屋に向いた顔立ち。
「チッ」
おっと。俺とした事が思わず投げキッスを。
口を濯ぎ、笑顔を作る。
うむ。愉快な表情を作れば、遅れて気分の方も愉快になってくるというものだ。
「みたるー、ご飯できたわよー」
「わかった。今行くよ、母さん」
リビングのドアを開けると、むわっと香った肉が焼ける良い匂い。
おお、豚の生姜焼きか。
「今日はちょっと、良いお肉を買ってみたの」
「うん。美味しそう」
椅子に座り、手を合わせる。
「いただきます」
サラダは一旦保留して、生姜焼きを口に運ぶ。
うん、美味い。
「どう?」
「美味しいよ」
「良かった」
ほら、気分が愉快になってきた。
人間なんて単純なものだ。
七瀬仁とは和解できたし、何より小倉さんという新しい友人ができた。
今後の予定も正しい方向で見直せた。
なんだ、素晴らしい一日だったじゃないか。