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第十話「部活見学」

 時は経ち、終礼後。

 教室に喧騒が満ちる中、


「七瀬仁。さっそく行こう。既に巡回ルートは決めてある」


「お、おう。了解」


 仁が荷物を背負って立ち上がる。

 そのまま二人で教室から廊下に移動したところで、ある二人組と出くわした。


 梔さんと、昼休みにも会った、小柄な女子生徒だ。


「梔さん、と……そっちは?」


 俺の問いに対し、女子生徒が、背筋をピンと伸ばして答える。

 

小倉おぐら 弥生やよいです! 名の通り三月生まれです!」


「それは……誕生日、おめでとうございました?」


「ありがとうございます!」


 なんというか、正のオーラがすごい人だな。

 それに対して、隣の梔さんの目の死にようがすごい。


 横の仁を見る。流石に梔さん達の用事については見当がついているようだ。


「……あー、部活見学、一緒に行く感じ?」


 仁の問いに、梔さんと小倉さんが笑顔で頷いた。




 目的の部室に向かうまでの間、こちらの自己紹介を済ませておく。


「俺は佐藤三。んで横の金髪ツンツンが七瀬仁。名字の通り七月生まれだ」


「いや九月生まれだし、その理屈でいくと俺の親族全員同じ月に生まれてないか?」


 12分の1だから悪くない確率だったのだが、失敗してしまったか。

 今日は運が悪いな。


「……えー、七瀬仁です。横のは変人のミタル。十月生まれだった気がする」


「人の紹介を勝手にするな」


「数秒前の会話を覚えてらっしゃらない?」


 覚えているとも。


「だが俺は誕生月を当てられなかった。すなわち、先ほどのは紹介ではなくただの嘘だ」


「余計タチが悪いわ」


 はっ、しまった。

 相互理解を深めるつもりが、いつの間にか俺と七瀬仁だけでずっと喋っていた。

 

 恐る恐る、小倉さんの方を確認する。

 ……何やら、キラキラとした目でこちらを見ている。


「すごい! めちゃくちゃ喋ってる!」


 褒められてるのかなぁ……。


 そんな会話をしている内に、最初の部室に到着する。

 数少ない畳の部室をもらっている、茶道部だ。

 見学期間というのもあり、賑わいを見せている。


 梔さんがボソリと言葉を漏らす。


「清楚っぽい……!」


 どんな感想だ。

 客引きをしている先輩に連れられるまま、四人で部室に入る。

 中は結構な広さで、俺達のような新入生が正座で茶を飲んでいる。

 正座以外は作法もへったくれもあったものではないが、勧誘はとにかく正の印象を与える事が優先だからな。細かい事は入部してから教えればいいという考えなのだろう。

 

 四人で出された茶をすすっていると、部員らしき上級生が近づいてきた。


 艶のある黒の長髪……まさに大和撫子といった風体の女性だ。

 あまりの清楚パワーに、梔さんが短く悲鳴をあげた。


「お味はどうでしょう?」


「最高です!」


「ふふ、それは良かった」


 小倉さんが居て良かった。

 なんだか俺達のような人間では口をきいてはいけないとまで思ってしまう。


 その後、小倉さんとその先輩の会話が終わるまで待ってから、逃げるように部室から撤退した。


「いやー、綺麗な人でしたね!」


「そう、だな……うん」


 綺麗というか、格が違うというか……あれが品格ってやつなのか。


「梔さんといい、この学校って綺麗な人多いですよね」


「ひゅえ!?」


 どこから出したのその声。

 

「確かになぁ」


 仁が何気ない感じでそう続ける。

 いいぞ。ラブコメ主人公っぽい。


「……まぁ! 確かに! そうですよね! 私は顔が良い!」


 かと思ったら急に梔さんが開き直った。


「うん! そうだね!」


 しかし、即座に小倉さんに満面の笑みと共にそう返される。

 梔さんは聖水をかけられた悪魔のような呻き声をあげた後、顔を手で隠してしまった。


「……殺してください」


「えぇっ!?」


 その発言を真に受けたらしいらしい小倉さんが慌てた様子で梔さんを励ます。


 うん、この調子ならそこの部室をスルーしても何とかなりそうだ。

 俺が安心したのもつかの間、横の金髪ツンツン男が口を開いた。


「オカルト研究部は見て行かなくていいのか?」


「……ホラーは苦手でね」


 仁が訝し気な視線を送ってくるが、スルーする。

 さっさと奥の演劇部の部室に向かおう。


 俺は、面白半分でそういうものに関わる奴が嫌いなんだ。


「お前に苦手なものがあったとはな。お前を苦手とするものはたくさんあるだろうが」


「はっはっは。はぁ?」


「お?」


 やんのか?


 そうやって仁と睨み合いをしている内に、演劇部の部室に着く。

 ……なるほど、演劇の上映をやっているのか。


 扉の前に立っている部員らしき生徒に声をかける。


「すみません、これ途中入場ってできますか?」


「あー……ごめんね? もう席がいっぱいで。二回目の上映はまだ人が少ないはずだから……そうだな、あと十分くらい後に来てくれたらちょうど良いと思うよ」


「そうですか。分かりました」


 これは俺のミスだな。

 タイムスケジュールを度外視した、場所だけを考えたルート取りだった。

 

「さて、時間が空いてしまったな。どうします? 演劇部はまた明日、という事にしますか」


 くるりと振り返り、三人に問う。

 俺のルートを参照するならば、次は下の階に降りなければならない。

 わざわざ戻るのは面倒だろう。


「……さっきスルーしたけどさ、オカルト研究部ちょっと覗いてみるのがちょうどよくねぇか」


 仁が遠慮がちに言う。

 合理的に考えれば、当然の判断だろう。


「四人で入れば大丈夫ですよ!」


 小倉さんが俺に向け、ぐっと親指を立ててきた。

 おそらく、俺のホラーが苦手という発言が聞こえていたのだろう。


 ふむ。どうするか。

 ……幸い、十分後の演劇部の上演に向かうという理由があるし、不必要に長居させられる事はないだろう。

 ここは個人の感情を抑えて、効率的に動こう。


「わかった。じゃあ、上映までの間に、オカルト研究部の見学に行こうか」


 なに、不快な思いをすると決まったわけじゃない。

 真剣に、伝承や怪異の意味について研究しているタイプのオカルト研究部だってあるんだ。


 俺は、なるべく気持ちをフラットにしてから、三人と共にオカルト研究部の部室へと向かった。



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