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第一話「ラブコメがしたい」

 

「ラブコメチックな青春がおくりたいんだ」


 4月も終わる頃。

 入学式の時の初々しさは薄れ、高校一年の教室にも日常が横たわり始めていた。


 俺――佐藤さとう みたると席を囲って飯を食っている、七瀬ななせ じんも、その日常に組み込まれた一人だ。


「それは結構な目標だな、ミタル。頑張ってくれ」


「何を他人事みたいな面してんだよ」


「実際他人事だろ」


 俺は仁の察しの悪さに顔をしかめた。


「そのラブコメチックな青春でメインを張るのはお前だ。俺は謎に女子の情報に詳しい友人役をやる」


「なんでだよ」


 何故? 妙な事を聞くな。

 俺が初日にやって見事、皆に避けられる要因となったスピーチを知らないのか。


「いいか? 俺には将来を約束した人がいる。でも、ラブコメチックな青春はおくりたい。この矛盾を解決するのがお前なんだ」


「ではまずその屏風から虎を出してくれよな」


「いや嘘じゃねーんだって。マジでいるんだよ」


 こいつはいつになったら信じるんだ。

 

「嘘じゃないなら会わせてくれよ」


「いや、ダメだ。みだりに人に姿を見せてはならぬお方なんだ」


「なんで一般人のお前がそんな高貴なお方と知り合えたわけ?」


「愛だ」


「さっき食った唐揚げ吐きそう」


 フン、愛を笑う者は愛に泣くんだぞ。

 そこからお互いが弁当を完食するまで、無言が続いた。


 仁が、弁当を袋に片付けながら口を開く。

 

「……で? ラブコメつーからにはヒロインが必要なわけだけど。その辺もちゃんと考えてんのか?」


「ああ。俺はそこを煮詰めるにあたって、まず仁の欠点を箇条書きにしてみた。見るか?」


「愛を語ったのと同じ口から出た言葉とは思えねぇな」


 なじる声を無視し、手元のメモ帳を開く。


「まずは顔だ」


「ねぇ」


「人相が悪い。クラスの皆に聞いたところ、第一印象は怖そうな人、だそうだ」


「ひょっとして人の心をお持ちでない?」


「次に髪だ。パッとしないので金に染めてツンツンヘアーにしちゃおう」


「校則ってご存じ?」


「任せろ、まだ地毛で通せる時期だ」


「通せるわけねーし、通ったとしても髪型がアウトだろ」


「そこは俺が生徒会に直談判する」


「俺の名前出してそれやったら殺すからな」


「ラブコメには大いなる責任が伴うんだ。受け入れろ」


「その責任を背負うべきは本当に俺なのか、よく考えた方が良いぞ」


 メモ帳の次のページをめくる。

 次は精神面での欠点か。ふむ。


「精神面の欠点。まず、冷徹を装う癖に結局人助けをしてしまう所だな。そのせいで貧乏クジを引きがちだ。ラブコメするんだからお人よしの部分をもっと大々的に出していこう」


「おっ、自覚がお有りかな。貧乏クジ君」


「だが俺には結婚を約束した相手という最高の当たりクジがある。だが仁にはそれがない。貧乏クジオンリーだ。この計画はな、そんな仁を憐れんでの事でもあるんだ」


「ひゅう、売るねぇ。喧嘩を」


 貧乏クジも同時発売だぜ。

 

「さぁ、以上の二点の改善を、今週中に頼むぞ」


「俺がそれするの確定なの?」


「ああ!」


 仁が頭を抱える。

 改善した先にある、ラブコメへの多幸感に耐えられなくなったか。


「……いや、もう、うん。校則が本当に変えられたならその改善案を検討してやるよ」


「なるほど。人相によらず真面目だな。任せとけ、校則はしっかりと変えてみせるぞ」


「今週中に?」


「もちろんだ」


 実のところ、俺には秘策がある。

 情報によれば、ここの学長は――非常に、信心深いそうだ。


「今週中に校則が変わらなかったらラブコメはお前の方で解決しろよ。いいな?」


「男に二言はねぇ!」


 俺が大見得を切ったところで、昼休みのチャイムがなる。

 仁が自分の椅子を持ってのそのそと自分の机の方へ戻っていった。



 数時間後。

 華麗に現代文と数学の授業をこなした俺は、制服の寝じわを正し、口元をハンカチでぬぐった。


 今はホームルームが始まるまでの微妙な空き時間で、周囲は雑談の声で満ちている。


「おはようございます」


「いやぁ~、為になる授業だったな!」


「どの口が言ってんの?」


 俺を覗きこむ姿勢で、仁が呆れたような声を漏らした。


「で? 校則を変える算段はついたか?」


「もちろん」


 即答した俺に、訝しげな視線を送ってくる。


「夢の中で神託でもうけたのか?」


 神託。

 神託ねぇ……。


「まさにその通り。だが神託をうける対象は……学長だよ」


「ちょっと何言ってるかわかんないわ。ごめんな」


 仁が合掌しながら席に戻っていく。

 直後、先生が教室に入ってきてしまい、俺が弁解する時間は失われてしまった。


 姿勢を正し、担任教師の言葉を静聴する。


「えー、皆さん。そろそろ学校生活にも慣れてきた頃だと思います」


 新任教師である高橋たかはし 理沙りさ先生が、慣れない様子で喋り始める。


「ただ、慣れすぎて、既に授業で居眠りをしている子がいると聞きました」


 視界の隅に、俺の方にバッと視線を送る仁が見えた。

 失敬な。俺は楽な姿勢をとって目をつむっているだけで居眠りはしていない。

 一応BGMとして話は聞こえている。


 なのに何故、先生は俺と目を合わせてくるのか。

 あまりにも沈黙が続くので、仕方なく口を開く。


「先生。俺は受講に適した姿勢を模索しているだけなんです」


「ミタル君、居眠りはダメですよ」


「先生」


「周囲の席の子も、ミタル君が寝ていたら起こしてあげてください」


「先生」


「さて、その他の報告事項ですが……」


 先生はその後もホームルームを続け、ついぞ俺の声が届くことなく終了した。




「じゃあ皆さん、気をつけて帰ってくださいねー」


 先生の一声で、教室が一気に喧騒で満ちる。

 椅子を引く音、カバンに教科書を詰める音、放課後の予定を話し合う声。


 そのどれにも意識を払わず、早々に帰宅準備を済ませる。


「じゃ、また明日!」


「おーう」


 仁の方にそう告げれば、やる気のない声が返ってくる。


 クク、そんな態度を取れるのもこれまでだ。

 

 ポケットの中の財布を確認しながら教室を去る。

 まずは帰り道にあるコンビニで油揚げを買って行こう。





ラブ:コメ=1:9くらいでお送りいたします。

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