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番外編・2 メアリー視点  【完結】

「たずね人・探し物の掲示板……?」


 あたしたちが営んでいる食堂兼宿屋に入ってきた若い女性。……と、その後ろに付き従うような背の高い男性。


 お客さん……だから、とりあえず、「いらっしゃいませー。お好きなお席へどうぞ~」って言ったんだけど。

 その人は、掲示板の前でぴたりと足を止めたまま。動こうとしない。

 なにか気になるのかな? 

 それともこのお客さんも、誰かかなにかか、探していたりする……?


「あ、はい。ウチは、食堂兼宿屋なんだけど、人探しとかもやっているんです」


 とりあえず、説明してみる。


 えーとですね、あたしたち、元々とある貴族のお屋敷で働いていて、その後、その時の仲間と共に、食堂兼宿屋を始めたんです。もう、二十年くらい前になる……かな。


 最初は食堂をするつもりじゃなくて、その仲間と一緒に、居なくなったお嬢様を探しに行くつもりだったんです。

 でも、手掛かりなんてないし。

 どうしようと思っていたときに、提案してくれたのが、お屋敷を支えてくれている別の貴族の人だった。


「闇雲に探しても無駄でしょう。というか、探しても見つからないとは思います。だけど、探したいというのなら……」


 不器用だけど、頭だけはいいその人は、探しに行くのではなくて、探し人の情報が集まるようにすればいいと、食堂兼宿屋を開くことを提案してくれた。

 で、その食堂の一角に「探し人」掲示板を出せばいいって。


「一人で探すより、大勢で探したほうが効率はいい。それよりは、情報の集まる場所を作ればきっともっといい」


 そうしてできたのがこの食堂兼宿屋。

 開業してからずっと探しているけど、元々の目的だったお嬢様の情報は全然ない。

 それでも、情報屋を生業としている人たちが集まり、人探しを専門とする人たちが集まり……、今では探し物専門ギルド的な感じになってきている。


 たくさんの人や物を探して、見つけて、報酬を得た。

 提供する食事も、おいしいと評判。

 だって、うちの料理人たちは、子爵家で働いていたこともあって、そのお貴族様のパーティ料理も作れるすごい腕の持ち主だから。


 なんて、のろけかな。

 あはは、今ではその料理人のうちの一人はあたしの旦那様なんだし。


 ……って、まあ、そんなこんなで、食堂兼宿屋の営業は順調。人探しのほうもわりと順調。

 だけど。

 掲示板の一番上にある、一番最初の探し人は……いまだに見つかっていない。

 もう亡くなっているのかも……と思われているけど、探すことは止められない。


 その人は、ウィスティリア・リード様と言って、お屋敷のお嬢様だった。

 突然、いなくなったのね。

 でも、お嬢様は、自分がいなくなることを、わかっていたみたい。


 あたしたち使用人に、紹介状とか退職金とかを用意してくれた。

 あ、お嬢様からいただいた退職金は、この食堂兼宿屋を開業する資金として使ったの。

 お屋敷で働いている全員が、自分で使うことなく提供してくれたし、足りない分は、ここを開業することを提案してくれたお貴族様……カイト様が出してくれた。


「そう……、そうなのね……」

「あ、すみませんっ! お客様に長々とそんな話を……。えっと、探し人ですか? それとも食事ですか?」


 紫がかった黒髪の女性。喪服みたいに真っ黒な細いドレスを着ている。黒いレースみたいな布が、顔にかかっている帽子をかぶっている。

 その女性の後ろの、背の高い男の人。こちらも帽子を目深にかぶっているので顔は見えない。

 二人とも、喪服? 

 お葬式にでも行った帰り、なのかな……?

 それとも何かおしのび的な感じなのかな……?


「いえ、旅の途中で疲れたので、お茶とか軽食でも……と思ったのだけれど。たずね人の張り紙なんて、珍しいと思って……」

「そう……ですね。あたしたち、ずっと会いたいなあって、探すことは止められなくて……って、あっ! すみません、こちらのお席にどうぞっ!」


 また長々と話し出しそうになって、慌てて、お客さんを席に案内して、注文を取る。


 女のお客さんは紅茶と、なにかさっぱりと軽い、だけどちょっと甘みのあるものが欲しいって。

 男のお客さんはコーヒー。


「かしこまりました。少々お待ちくださいっ! エードー、ミゲール、注文でーっす」


 パタパタと小走りで、調理場のエドとミゲルに注文内容を伝える。仲間のひとり、モーリンは休憩中。ま、今はお客さんが他にいないから、いいか。


「あら、懐かしい……」


 お出ししたのは、リンゴとプルーンのシロップ煮。

 女の人は、かぶっていた帽子をテーブルの上に置いて、そして、シロップ煮をスプーンで口に運んだ。


 あたしは、その様子を見て、息が止まった。

 見ているものが信じられなかった。


「……熱があったときにね、これを食べたことがあるの。ふふっ 懐かしい味……嬉しい」


 微笑みを浮かべている女性は。


 まさかって思った。

 ありえないって。


 でも、違う。顔は似ているけど別人だ。


 だって、髪と瞳の色が違う。

 そりゃあ、髪なんて染められるだろうけど、瞳の色は無理だろう。

 紫がかった黒い瞳と髪。

 お嬢様は……髪も瞳も薄い紫だった。

 それに、生きていらっしゃるのなら、こんなに若いわけはない。

 目の前の女のお客さんは……どう見ても十代くらい。二十歳には届いていないだろう。


 でも、似ている。ううん、似ているだけじゃなくて……。


「……リア。私にも一口寄越せ」

「あら、ガードルフ様もお食べになります? 甘いですよ?」

「お前が懐かしいなどと言うから。……味を共有したくなっただけだ」

「うふふふふ……」

「笑ってないで寄越せ」


 女の人がスプーンでひと匙。シロップをすくって、そのままそれを男の人に差し出した。

 男の人が、それをパクリと食べて、顔をしかめる。


「……甘い」

「ふふふ、甘いもの、あまり得意ではないですものね」


 女の人は、笑顔のまま、シロップ煮を食べた。ゆっくりと、しあわせそうに。


「ありがとう、ごちそうさま。すっごくおいしかったわ」


 女の人が、厨房に声をかけた。カウンターの窓から、エドとミゲルが顔を出す。


「あ、ありがとうござ……い……」


 エドとミゲルの声が、途切れた。

 女の人の顔を見て、「えっ⁉」って声を上げて、目を見開く。


 まさか……、あなたは。


 言えないうちに、女の人は、男の人の腕に、自分の腕を絡めて。

 そうして、店から出て行ってしまった。


 テーブルの上には銀貨が数枚置かれていた。


 ドアの閉まる音にハッとして、エドとミゲルが慌てて厨房から走って出てきた。あたしは急いでモーリンを呼ぶ。


 ドアを開けて、外に出る。


 だけど、もうすでに、女の人の姿も、男の人の姿もなかった。


「ウィスティリアお嬢様……」


 今見たものは夢だったのか。

 それとも……。


 わからないまま、涙だけがあふれてきた。


 微笑んでいた、しあわせそうに……。


 それが、とてつもなく、嬉しかった。





 ‐番外編・2  終わり‐




お読みいただきまして、ありがとうございます。 

これにて完結です。 

また、別のお話で、お会いできることを祈って!

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