第50話 永遠と愛・愛し合う、未来へ 【本編 最終回】
あれから何日が過ぎたのか。そろそろ命が尽きるかな……と、ウィスティリアは寝起きの頭でぼんやりと考えた。
寝て、起きて、食べて。それから、ガードルフといろいろなことを話して。そうして夜になれば、愛を交わす。
穏やかに流れる楽しいだけの毎日。
一度目の人生の時のように発熱や喀血がないのはガードルフが抑えていてくれるから……だと思っていた。
だけど、寿命は新年の最初の三日月の日のはず。
この廃墟に来てから日数を数えていたわけではないのだが、それでもとっくに死ぬ予定だった日付を通り越しているような気がする。
「死なない上に、わたしの髪は、どうしてこんなふうになってしまったのかしら……」
薄紫色の、ぼんやりした色の髪だったはず。
なのに気がつけば、その髪の色はクロスグリの果実のような黒に近い濃紫色に変化していた。
髪をひと房つまんで、じっと眺める。すると、隣で眠っていたはずのガードルフが身じろぎをした。
「……どうかしたのか、ウィスティリア」
寝起きの、低い声。夜に、耳元で囁いてくるような甘い声ではない。だけど、
この掠れたような低い声も好きだなあなどと、ウィスティリアは思った。
「ああ、いえ。今気が付いたのですけれど。髪の色が濃い紫色に変化しておりまして……」
「ああ……」
あくびをして、それからガードルフが半身を起こした。
じっと、ウィスティリアの瞳をのぞき込む。
「瞳のほうもだいぶ黒が強くなったな」
「えっ! 髪だけではなく瞳もですか⁉」
鏡がないので確かめることはできないが、髪も瞳も元々の薄い色から変わるとはどういうことなのだろうか……と、ウィスティリアは疑問に思い、そして、以前、濃い色の方が似合うとガードルフが言っていたことを思い出した。
「色を、変えてくださったのですか?」
ドレスの色を変えるように、ウィスティリアの髪と瞳の色も変えたのかと思ったのだが……。
「……安定してきたか。それとも、もう少し黒に染まるか……?」
安定? ただ単に色を好みに変えたのではないのかと、ウィスティリアは首をかしげる。
ガードルフは、ウィスティリアの不思議そうな視線には気が付かないまま、髪をひと房つまんで弄ぶ。
「お互いの名を交わし、体と魂を繋げた。もう少しすれば、完全に定着する」
「えっと、つまり?」
「私とウィスティリアで魂や寿命を共有したということだ。私が死ぬ時が、お前の死期。それまで共に生きる」
「共に……、生きる……」
長い年月を、それこそ数千年、数万年以上生きる種族であるガードルフと、共に生きる。
「わたし……、死なないのですか? 新年の最初の三日月の日が来ても」
「三日月などとっくに過ぎているだろ。と言っても夜には外に出ていなかったから、わからなかったか」
では今夜は月見でもするかと、ガードルフが軽く言った。
いつの間にか、知らないうちに。
髪と瞳の色が変わり。魂を共有し、共に長い年月を生きて、その果てに共に死ぬということになったらしい。
呆然としていたら、ガードルフが不満そうに「なんだ、嫌だったのか?」と聞いてきた。ウィスティリアは慌てて首を横に振る。
「いいえっ! でも、わたし、すぐに死ぬと思っていたので……」
「ウィスティリアが自分で言っていただろう。対価として、肉体でも魂でも差し出すと。煮るなり焼くなりむさぼるなり、私の好きにしていいと」
言った。
確かに言った。
けれど、これでは願いを叶えてもらい、多大なる助力をしてもらった対価などにはならない。
寧ろ逆。
ウィスティリアにとっては褒美にしか感じない。
褒美……、いや、それも言葉が少し違うような気がした。
(わたし、生きていられるのね。ずっとずっと……。ガードルフ様と共に。そして、ずっとずっと愛を伝えていいのね)
ガードルフとの日々が、永遠に近いほどに長く続くのだ。きっとそれは、奪われるという苦痛などとは無縁な日々。
嬉しい。しあわせだ。楽しい。歓喜、感謝、感動。
どれほどの言葉を使っても、表すことができないほどの感情が沸き上がる。
「ガードルフ様っ!」
衝動を抑え切れずに、ウィスティリアは思い切り、ガードルフに抱きついた。
限りない喜びを、愛し合う未来を、永遠ともいえる長い年月、ずっとずっと共有する。その幸福と共に。
‐終わり‐
完結までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
あとがき&裏設定などは後程。
番外編は12月上旬投稿を予定しています。