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第45話 二度目の人生・退場

 グレッグは「は?」と言ったまま、口をぽかんと開けた。


「キスを一回すれば、グレッグ様は一年分若返ります。二回すれば二年分」


 言って、ウィスティリアはグレッグの枯れ枝のような右腕を掴んだ。ウィスティリアのどこにそんな力があったのか、そのままグレッグをずるずると引きずって、リリーシアの元へと運んでいく。


「さあ、グレッグ様。『永遠の愛を込めて、誓いのキスを交わしていただきましょう』」


 神父のセリフをそのままグレッグに告げた。


 顔が老化したリリーシアと、首から下が老化したグレッグ。

 そのグレッグの後頭部を掴んで、ウィスティリアは、グレッグの顔をリリーシアに近づける。


「やめろおおおおおおおっ!」


 グレッグが怒鳴る。

 拒絶の、叫びだ。


「あら、グレッグ様。リリーシアに、心からの愛を込めてキスをしないと、グレッグ様のその老化は元に戻りませんのよ?」


 あはははは……と、大きな口を開けて笑うウィスティリア。

 笑いながら、踊るようにステップを踏んで、グレッグたちから離れていく。

 黒いドレスの裾が、薄紫の髪が、動きに合わせて揺れる。


 この場にいる誰もが、そんなウィスティリアを悪夢のように、ただ見ていることしかできずにいた。


 教会の中央まで進んだところで、ウィスティリアの足が、ぴたりと止まった。


「さて、そろそろ結婚式も終わり、新郎も新婦も列席者も退場となる時間ですね。どうぞお二人とも、愛ある人生をお過ごしくださいませ」


 閉幕を告げる、舞台の上の演者のように、ウィスティリアは黒いドレスのスカートを摘み、深々と頭を下げた。


「ルーナンド伯爵ご夫妻、お兄様がた。特にカイト様にはこれから多大なるご迷惑をおかけすると思います。ですが、我が不肖の妹をどうぞよろしくお願いいたします」


 顔を上げないまま、ウィスティリアが早口に続けた。


「それから、リリーシアの寿命はあと六十年ほどだそうです。長い期間になりますが。リリーシアには人からモノを奪うな、そして、相手に対する感謝の気持ちを持てと、最低限のことはできるよう、強制的な措置を取りました。そして、それが守れなければ、顔が老化したまま。守れれば、若い顔に戻ることができるという可能性も示しました。うまく使っていただければ、リリーシアの躾は可能かと思います。後を託して去ることをお許しください……」

「待ってくれ、ウィスティリア嬢。あなたは……」


 ルーナンド伯爵が発した言葉を遮るように、ウィスティリアが勢いよく顔を上げる。


「では、皆様ごきげんよう。それから、アンソニー、ジャネット。ごめんなさい。みんなによろしく。……しあわせな人生を選んでね」


 ウィスティリアがくるりと皆に背を向けた。

 ドレスの裾が翻る。

 と、同時に、どこからともなく無数の黒い羽根が舞い込んできた。


「お嬢様……っ‼」

「ウィスティリア嬢……っ‼」

 

 視界が、羽根で遮られる。


 視界の黒い色が羽根なのか、それともウィスティリアのドレスの色なのか、見分けがつかなくなり……。


 そうして、黒い羽根と共に、ウィスティリアの姿が消えた。


 教会の中が静まり返る。

 残された者たちは、誰も動けず、何も言えなかった。




 46話~50話「永遠と愛」


 50話で完結となります。

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