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第44話 二度目の人生・グレッグへの『復讐』

「さて、お待たせしました。次はグレッグ様ですね」


 壁際まで逃げていたグレッグの体がびくりと跳ねた。

 次は、というウィスティリアの言葉に、グレッグだけでなく、ルーナンド伯爵たちの顔も引きつった。


 リリーシアの次はグレッグ。ではグレッグの次は……?


 もしかしたら、自分たちもリリーシアのように老人の顔になるのかもしれない。

 驚愕と恐怖に固まって、ウィスティリア以外の誰もが、その場から動けなくなった。


 グレッグに近づいていくウィスティリアの靴音が、コツコツと教会内に響く。


「あ、あ、あ……」


 グレッグは更に後ずさろうとするが、背中はすでに壁についている。では横に……と思っても、うまく足腰が動かない。力が抜けたのか、いや、体を支える筋力が衰えたのか……。


 あたふたとしているうちに、ウィスティリアがグレッグの前で、足を止めた。

 ウィスティリアがグレッグを見る。頭から、足の先まで。まるで品定めをするかのように。

 そして、ウィスティリアは無表情とも思える顔で、無機質に、赤い唇だけを動かして、笑いの顔の形をゆっくりと作った。


「まずはご結婚おめでとうございます、グレッグ様。わたしの妹であるリリーシアとの真実の愛を見事結ばれたのですわね」


 グレッグは助けを求めてルーナンド伯爵夫妻や自分の兄たち、神父にも視線を向けるが、誰一人として動けない。


 そんなグレッグの様子など気にも留めずに、ウィスティリアが続けた。


「まあ、でも……真実の愛の相手の顔が、老化した程度で化け物呼ばわりはいけませんわね。リリーシアはきっと傷ついたことでしょう……」


 歌うように、囁くように告げる言葉。


「『新郎、グレッグ。あなたはリリーシア・リードを妻とし、死がふたりを分かつまで、愛し、敬うことを誓いますか?』という神父様の言葉に、グレッグ様、あなたは『はい、誓います!』と答えたではないですか。それなのに……」


 悲し気に、ウィスティリアは一度瞼を閉じた。そして開いた瞳は、ぞっとするような迫力に満ちていた。


「なんてかわいそうな、リリーシア……」


 グレッグはウィスティリアのことを、平凡で大人しくて、何の特徴もない面白みのない女だと思っていた。そんな女に婿入りするしかない自分に、グレッグは嫌気がさしていた。

 だから、リリーシアに心惹かれた。

 すごいと、目をキラキラさせながら、自分を見上げてくるリリーシアを。


 なのに、そのリリーシアの顔は老婆と化していて、ウィスティリアの目線は震えるほどに恐ろしい。


「まあ、でも。いきなり老婆になってしまえば、真実の愛だと言ったグレッグ様も混乱しますわよねえ……」


 同情のような口調。

 だが、リリーシアとのやり取りを見ていたグレッグには、ウィスティリアの口調がたとえ同情に満ちていても、本心はそうではないと感じた。


 ……これから、なにをされるんだ……? リリーシアと同じように、老人になる……?


 リリーシアのように、グレッグも自分の顔を触ってみた。けれど、肌の様子はいつも通り。すべすべとして張りもある。


 ほっと溜息を吐いたグレッグの様子に、ウィスティリアが笑う。いや、嗤った。


「違いますわグレッグ様。グレッグ様は顔ではなく、手足です。正確に言うのなら、首から下全部、と言うべきでしょうか」

「手、足……、く、首から……下……」


 いつの間にか、手の甲が乾燥して、ひび割れ、かさついていた。それだけではない、皮膚は黄ばみ、薄くなり、血管が目立つ。手の全体の脂肪が落ち、ごつごつした印象だ。

 慌てて、袖をまくる。

 手の甲だけでなく、腕までもがその弾力を失っている。痛みはないのにあざのような紫色の斑点がいくつも浮かんでいた。


「リリーシアは顔だけ。グレッグ様は首から下、そのすべてを老化させていただきました」

「首から、下、全部……」

「だって、夫婦になったのですものね、グレッグ様とリリーシアは。なのに化け物なんておっしゃるから。夫婦で苦楽を共にすれば、最愛の妻であるリリーシアに、そんな暴言を、もう二度と吐かずに済むでしょう?」


 まあこれは、グレッグ向けの、適当な言葉だ。

 グレッグがリリーシアに化け物などと告げなくても、元々ウィスティリアは、リリーシアは顔だけを老化させ、グレッグは首から下、腕も体も足も、顔以外すべて老化させてほしいと、ガードルフに告げていた。


 リリーシアが母親では生まれてくる子がかわいそうだ。カイトにリード子爵家を乗っ取ってもらっても構わない。ただし合法的に。やりようはいくらでもある。リリーシアが子を生まないようにすればいい。

 話し合いのときに、そのような内容を、ウィスティリアはルーナンド伯爵に告げた。


(伯爵はリリーシアに避妊薬でも飲ませることでも想定したのかもしれない。だけど、薬よりもこうしたほうが確実でしょう)


 化け物とまで言ったリリーシアを抱く気など起きないだろう。

 もしも、万が一、起きたとしても、グレッグの首から下は百を過ぎた老人と同じだ。生殖能力も、行為を行うための体力も減退しているだろうし、そんな男に抱かれることなど、リリーリアだって嫌がるはずだ。


「ああ、でも、大丈夫ですわ。グレッグ様にも老化を元に戻す方法はあるのです。リリーシアにだけ『ありがとう』を言う救済方法を示しておいて、グレッグ様には何もないというのも不公平でしょう?」

「な、治る……のか? ボクの、この腕や足が……」

「ええ、もちろん」


 ウィスティリアは、ちらりとリリーシアに視線を流した。


「グレッグ様とリリーシアは真実の愛で結ばれているのですよね。ふふふ、では、愛の力で、その老化を解いてみせてください」

「愛の……力……?」

「ええ。リリーシアは『ありがとう』と心から言えば。そう、一回言えば、一年若返る。グレッグ様も同じ感じですね」

「ボクもリリーシアと同じように『ありがとう』を言えばいいのか?」


 ウィスティリアは「いいえ」と答えた。


「愛だと言ったでしょう? ありがとうは愛ではなく感謝です」

「じゃ、じゃあどうやったらボクのこれは治るんだっ!」


 言って、ウィスティリアは笑う。深い森の奥に住む、世界を呪う魔女のように。そして告げた。


「グレッグ様からリリーシアに、真実の愛を込めてキスを」


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