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第43話 二度目の人生・リリーシアへの『対価』

「お、お姉様……? グレッグ様たちはいったい……?」


 ウィスティリア以外は皆驚愕の表情だ。

 ただ一人、ウィスティリアだけが、優しく微笑んでいるように見える。


「ちょっとびっくりしちゃっただけよ」

「びっくり……?」

「そう、リリーシア。あなた、ヴェールに触れてしまった? 悪い魔女の呪いがかかってしまったみたいね」

「触ってないっ! 触ってないのにっ! なのに、リリー、ブタさんの顔になったの⁉」


 リリーシアがペタペタと自分の顔を触る。


「ブタさんじゃないけど……、しわしわ? カサカサ……? なにこれ……変……。おかしいよ。リリーの顔じゃないみたい……」

「そうね、ブタではないけれど。大変な顔になっているわね。鏡があれば見せてあげたいけれど。あいにく持ち合わせていないの」


 笑顔のまま、ごめんなさいねとウィスティリアは付け加えた。


「大変な顔って……」

「老人性色素斑とか肝斑っていうのかしら? 頬骨のあたりにもやもやした茶色いシミとかほくろみたいなものもできているわ。今のリリーシアは、ものすごーく年をとった、皺だらけのおばあさんの顔よ」


 リリーシアは何度も何度も、頬を触り、つねり……。そして、縋るようにウィスティリアを見る。


「リリーがおばあさん? なんで……? どうして……?」


 何度も何度も。リリーシアは自分の頬をごしごしと擦る。擦って汚れを落とそうとしているかのように。

 ウィスティリアはじっと、そんなリリーシアの様子を見る。冷たい瞳で、氷のように。


「リリーシアが、わたしの、モノを、奪ったから」


 言い聞かせるようなウィスティリアの声に、リリーシアの手がぴたりと止まった。


「誕生日のプレゼント。パーティのドレス……。もっと前から、たくさん、わたしのモノを奪ったわ。いくつのモノを奪ったか、リリーシア、覚えている?」

「奪ってなんかないっ! 頂戴って言ったらくれたじゃないっ!」

「あげないと、リリーシアは泣き叫んで癇癪を起すから。諦めて、仕方なく渡していただけよ」

「嘘よ……っ! お、お姉様は言ったじゃないっ! 『ありがとう』って言えば、いくらでもあげるって……っ! リリー、奪って、なんか、ないっ!」


 リリーシアの叫びに、ウィスティリアはよくできましたという教師のような顔で、微笑んだ。


「それは最近の話よね。以前は違うわ。わたしがいくら嫌だと言っても、癇癪を起して泣き叫んで……。お父様もお母様もリリーシアが泣き止むのなら、さっさと渡せと言うし……。ホントに嫌だった。でも、わたしが嫌だと、あげたくないと言っても無駄だったでしょう? 諦めて、渡しても、また別のモノを、どんどん欲しがるし……。きりがないのよね。だから、やり方を変えただけ」


 リリーシアにはウィスティリアが何を言い出したのか、まったくわからなかった。

 理解ができない。

 リリーシアにわかるのは、目の前のウィスティリアが、なぜだかいつもとは違うということだけだ。


 優しかった、はずだった。

 欲しいと言えば、なんでもくれる。

 リリーシアにとってのウィスティリアは、そういう存在だった。


 ……なのに、どうして?


 どうしてどうしてと、リリーシア頭の中にはその言葉だけがぐるぐると回る。


「それに、奪われ続けたまま死ぬなんて……悔しくてね。だから、これまで奪われてきた分の『対価』を、まとめて貰うことにしたの」

「た、い……か? まとめて……?」

「一つ奪えば一年分、二つ奪えば二年分。奪えば奪うほど、リリーシアの顔は年を取る。でも、『ありがとう』と一回言えば、一年分若返る……そういう『呪い』をかけてもらったのよ」

「どう、いう、こと……?」

「そうね、リリーシアには難しすぎるかしら?」


 ウィスティリアの目は表情のようには笑っていない。視線が、ぞっとするほどに、冷たく感じられた。

 なのに、浮かべている表情は笑みなのだ。

 混乱。リリーシアの頭の中が真っ白になった。


「じゃあ、これだけ覚えておいて、リリーシア。欲しいと言って、癇癪を起して、くれるまで泣き叫んだりしたら、リリーシアの顔はどんどんおばあさんになっていく。皺は増え、シミも広がって」


 真っ白な頭の中に、ウィスティリアの声だけが響く。


「欲しいと言ったら、泣き叫んだら、リリーはどんどんおばあさんになる……」

「そうよ。こめかみや眼窩は広がり、頬やあごのまわりの骨はへこむ。柔らかい皮膚は垂れ下がり、シミは濃くなり、皺の数も増えていく……」

「い、嫌……」

「だったら頂戴なんて言わなけれはいいの。欲しがらなければいいの」

「言わなかったら……元のリリーの顔に戻るの……?」


 よくできましたとばかりに、ウィシティリアは微笑んだ。


「そうよ。誰からも奪わなければいいの。もらわなければいいの。そうして、リード子爵家の使用人のみんなやこれからあなたを助けてくれるカイト様たちに、感謝して、心の底から『ありがとう』を言えば、そのうちきっとリリーシアの顔は元に戻るわよ」


 奪われた分から『ありがとう』の数を差し引く。

 そうして『ありがとう』の数のほうが多くなれば、リリーシアの顔は元に戻る。

 単純な計算方式。


「だけど、また一度でも欲しいと言って誰かからなにかを奪えば、奪った分だけまた老化するわ。それに『ありがとう』も口先だけでは駄目。心からの感謝でなければ若返りはしない」


 父親と母親を排して、ウィスティリアもいなくなる。

 そうなった後のリリーシアは、今度は誰から何を奪うのだろう。

 アンソニーやテレンス、エドやメアリーたちから奪うのだろうか。

 それともカイトやカイトの妻となる相手から……だろうか。


(それは駄目。もう、リリーシアには何も奪わせないようにしないといけないわ)


 奪われれば、不快だ。嫌だ。それは当たり前の感情だ。


 これまで多くのモノを奪われてきた。

 その分の『対価』を支払わせると共に、これ以上、誰のモノも奪わせないようにする。


 そのために、リリーシアの顔を、顔だけを老化させてもらった。

 毎日毎日、リリーシアが鏡を見るたびに、その罪が目視できるように。見なくても、手で触れれば、わかるように。


(飼い犬に対する躾のようなものね。罰と飴。奪えば罰する。守れば褒める。だけど、わたしはもういなくなる。だから、こういう形を取った。リリーシア、わたしがいなくなった後も、奪うのならば、顔の老化という罰を与えてもらうわ。奪わずに、他人に対する感謝を表せるようになれば、その分若返らせてあげる)


 これが、ウィスティリアのリリーシアに対する『復讐』だった。


 ウィスティリアの言葉が分かったのか、それともわからないのか。

 ただ、リリーシアはその場にへたり込んだ。

 もう何も言えず、ただ茫然とウィスティリアを見る。


 ウィスティリアは、そんなリリーシアには構わず、今度はグレッグへと向き直った。


 あとは、グレッグ。ただ一人。


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