第42話 二度目の人生・リリーシアの結婚式
ウェディングドレスを着たリリーシアの頭に、ウィスティリアはヴェールを被せ、顔を覆った。縫い付けたビーズがキラキラと光を反射する。
「結婚式の時にグレッグ様がヴェールをめくって下さるから。リリーシアはヴェールに触れちゃ駄目よ」
「わかってる。魔女にいたずらされてブタさんになるのは嫌だもん」
ウィスティリアが着ているのは総レースのブラックドレス。
もちろん新調したものではなく、ガードルフがウィスティリアの手持ちのドレスの色を変えただけである。
白を纏う新婦のリリーシアに対する黒……というわけでもない。後々の演出のため、黒という色を選んだに過ぎない。
教会の祭壇の前には既に神父と、新郎であるグレッグが待っている。
リリーシアはウィスティリアのエスコートでゆっくりと祭壇の前へと進む。
そうして、新郎であるグレッグにリリーシアを託して。ウィスティリアは親族席の方へと進んだ。
親族席といっても、リード子爵家側にはウィスティリアだけ。
アンソニーとジャネットは壁際に控えている。
少し離れた新郎席側にいるのは四人。ルーナンド伯爵夫妻、カイトともう一人のグレッグの兄。
(さあ、始まるわ)
神父の厳かな声が響く。
「新郎、グレッグ。あなたはリリーシア・リードを妻とし、死がふたりを分かつまで、愛し、敬うことを誓いますか?」
「はい、誓います!」
ごく普通の誓いの言葉。けれどそのグレッグの誓いを聞いたウィスティリアは口元を笑いの形に歪ませた。
(ふふっ、ねえ本当に? 死が二人を分かつまで、グレッグ様はリリーシアを愛せるのかしら? グレッグ様の真実の愛とやらを、今、ここで、見せてもらいましょうか)
グレッグの誓いが終わり、リリーシアも同様に「はい、誓います」と神父の問に答えた。
神父が頷く。
「永遠の愛を込めて、誓いのキスを交わしていただきましょう」
グレッグの指がリリーシアのヴェールに触れる。そして、そっとヴェールをめくった。
(今だわっ!)
ウィスティリアの後ろから、冷たくひんやりとした風が、リリーシアに向かって吹いた。ガードルフだ。
その風を感じたのか、リリーシアの唇にグレッグが触れる寸前、ぴたりとグレッグの動きが止まった。
「え……?」
グレッグの顔がこわばった。見ているものが信じられないとばかりに、目を大きく見開く。
「……グレッグ様?」
いつまで経っても誓いのキスをしてこないグレッグを不思議に思って、リリーシアがきょとんとした声を出す。
「う、わあああぁぁぁあああああっ!」
驚愕の叫びを上げるグレッグに、リリーシアも伯爵夫妻たちも何ごとかとグレッグを見る。グレッグは後ずさっただけではなく、足を滑らせたのか、尻を打ち付けるようにして倒れ込んだ。
「あ、あ、あ……」
グレッグがリリーシアを指さす。それにつられたようにルーナンド伯爵夫妻たちも、リリーシアを見た。
「ひっ!」
「きゃああああああっ!」
ルーナンド伯爵夫妻の叫びもまた、教会内に響く。
カイトは、見たものが信じられずに、袖で目を擦った。
「なあに? どうしたの?」
わからずに、首をかしげるリリーシア。
十四歳になったばかりの若い花嫁。
しかし、その顔は。
若々しい弾力など全く感じられない土気色の肌に、はっきりと刻まれた深い皺。
まぶたは垂れ下がり、目の周りは落ち窪んでいる。
長い年月を生きた亀にも似た、老婆の顔がそこにあった。
何がどうしたのかわからないままのリリーシアが、一歩グレッグに近寄る。するとグレッグは尻もちをついたまま、ずるずると後ずさる。恐ろしいものに、近づいてほしくないとばかりに。
「グレッグ様?」
いつもなら、優しく抱きしめてくれるはずのグレッグが、リリーシアの顔を見て、驚愕に目を見開きながら後ずさる……。リリーシアには訳が分からなかった。
「どうしたのグレッグ様? 誓いのキスは……?」
声は、若いまま。こてんと横に倒れる頭が、幼いしぐさが、余計に老婆となったリリーシアの醜怪さを増長する。
「や、やめろっ! 近寄るなっ! ば、化け物……っ!」
慌てふためいて、壁際まで走り逃げるグレッグ。
リリーシアはきょろきょろと無意味に頭を動かす。
口を開けたまま、喘ぐような荒い呼吸を繰り返している神父。
悲鳴を上げて、その口を押さえたまま、その場にへたり込んだルーナンド伯爵夫人。
狼狽、驚愕、更には恐怖。
そこに、「大丈夫よ、リリーシア」というウィスティリアの柔らかな声が響く……。
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