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第41話 二度目の人生・ヴェールとエスコート

 ウェディングドレス。花嫁が手に持つブーケ。ヴェール。

 それらを一つ一つ確認する。ヴェールはウィスティリアが自ら縫って作ったものだった。


「ねえ、知っているかしら? 結婚式の時に花嫁はヴェールで顔を覆うでしょう?」

「うんっ! リリーも素敵なヴェールをかぶりたいっ!」

「そうね。で、ヴェールはね、邪悪なものから花嫁を守るという意味合いもあるんですって」

「えー⁉ そうなの?」

「そうよ。もしも外したら、悪い魔女か悪魔に、リリーシアの可愛い顔をブタかなにか変えられてしまうかもね」

「ええーっ! リリー、ブタさんは嫌ぁ」


 ウィスティリアはくすくすと笑う。


「大丈夫よ、リリーシア。グレッグ様がヴェールを外してくれるまで被ったままでいれば」

「グレッグ様なら大丈夫なの?」

「そうよ。だってグレッグ様はリリーシアの王子様ですからね」


 きゃあと喜ぶリリーシアを横目に、ウィスティリアはヴェールを縫う。

 ドレスに合わせたヴェールはレースやチュールではなくシルク素材。上品な光沢と滑らかな肌触り。ドレープが美しく、高級感もある。その生地に刺繍を入れ、更にはビーズも付けていく。光を受けてきらきらとビーズが輝く。


「ほら、きれいでしょう? どうかしら、リリーシア」

「うわあっ! ビーズがキラキラしてすっごいきれいっ!」


 薄い生地ではないので、顔は完全に隠れてしまう。けれど、ウィスティリアは敢えて、やや厚手の生地を選んだ。リリーシアも気に入ったようだった。


「ふふっ! 当日が楽しみね!」


 完成したヴェールをリリーシアの頭にふわりと被せ、ウィスティリアは満足げに頷いた。


 リリーシアの誕生日から今日のこの結婚式の日まで、短期間ではあるが、問題なく準備は整った。


 教会に向かう前、ウィスティリアはやり残したことはないか、計画に手落ちはないか、何度も考えた。


 父親は、療養所で呆然としているらしい。


 母親の兄という相手から「今更帰ってこられても困るので、リード子爵家に戻す」と書かれた手紙が来たが、母親は帰ってこなかった。

 知人のところにでも転がり込んだか、どこかの誰かの愛人にでも納まったか。それとも……。


 わからないし、探すつもりもない。

 が、とりあえず、母親をリード子爵家から除籍しておいた。

 これでウィスティリアが死んだ後に母親が戻ってきたとしても、もうすでにリード家の人間ではないと言うことができる。

 母親の兄という相手にも、そちらの実家から、こちらには戻ってきていない旨、連絡はしたが、特に返事はなかった。


(お父様はもう一生療養所から出られない。お母様はリリーシアに搾取されるよりはマシだと思った道へお進みになったのでしょうね……。リード子爵家からも、きっとご実家からも離籍させられて、平民になった中年女が、どのようにして生きていけるのかなんて、わたしにはわからないけれど)


 執事のアンソニーと侍女のジャネットの二人を付き添いとして、馬車で教会まで一緒に来てもらう。エドやメアリー、使用人たちは皆子爵家でいつもの通りの仕事をしてもらうことにした。

 グレッグやカイトの部屋は既に用意してもらってある。

 万が一の時の保険の紹介状やルーナンド伯爵からもらった銀貨は、既に使用人たち全員に渡し済みだ。

 あとは、結婚式。

 そこでリリーシアとグレッグへの『復讐』を行う。


 教会へと向かう前、ウィスティリアは見送りをする使用人たちに向かい、一人一人の顔をじっと見つめた後、礼を告げた。


「じゃあ、みんな。これまで本当にありがとう」

「ウィスティリアお嬢様……?」


 リリーシアの結婚式のために馬車に乗って教会へと向かう。

 ただそれだけのはずなのに、なぜか別れの挨拶のように聞こえてしまう。


「この先、この子爵家に残ってくれてもいい。新しい道へと踏み出してもらっても構わない。だけど、どうか、みんな……しあわせにね」


 泣き出しそうな顔で、馬車に乗り込んだウィスティリア。

 それを、不思議な気持ちで、使用人たちは見送った。


 教会までの道を、馬車は順調に進んでいく。


「リリーシア」

「はあい、お姉様!」

「今日これからリリーシアとグレッグ様の結婚式ね」


 リリーシアの顔が、ぱああああっと明るくなった。

「うんっ!」

「教会に着いたらまず、ジャネットにウェディングドレスを着つけてもらうわね」

「えへへへ、楽しみっ!」


 リリーシアはまだ普段着のままだ。万が一癇癪でも起こして、床に転がられたりしたらたまらないからだ。

 それに、広くはない馬車の中、リリーシアがウエディングドレスを着て乗ったりでもしたら、もっと広い馬車を借りなければいけなくなる。


「お父様はいらっしゃらないから……。エスコートはアンソニーにしてもらえばいいわね」

「えー、アンソニーじゃなくてお姉様がいいっ!」

「え……?」


 結婚式で祭壇の前で待つ新郎の元へ、新婦を案内するエスコート役はたいてい新婦の父親だ。

 だが、ウィスティリアとリリーシアの父親はいない。ウィスティリアが排し、今も療養所でぼんやりと天井でも見上げていることだろう。

 年配の男性の方が良いと思い、執事のアンソニーに同行してもらったのだが、リリーシアはウィスティリアが良いと言う。


 姉がエスコートをして入場する新婦など聞いたことがない。

 いや、他国ではもしかしたらあるのかもしれないが、ウィスティリアは知らなかった。

 少々戸惑いつつアンソニーを見る。


「本日はリリーシア様が主役でございますから。ウィスティリア様がよろしければ、リリーシア様のお望みを叶えて差し上げればどうでしょうか」


 と、アンソニー。


「そう……ね。今日はリリーシアが主役だものね……。いいわ、わたしがエスコートするわね」

「やったあ、お姉様、ありがとう!」


 リリーシアは理解しているかどうかはわからないが、招待客などいない結婚式だ。


 グレッグ、ルーナンド伯爵夫妻、それからグレッグの兄たち。新郎側から来ている者も、たったそれだけ。

 新婦側はリリーシアとウィスティリアの二人きりだ。

 両家とも使用人は幾人か連れてきてはいるが、彼らは招待客ではない。

 親族すら招待もしていない。

 招待客もいないのなら、別にエスコート役が誰でも構わないのではないか。


(そう……ね、それに、この『結婚式』でこれから行うことを考えれば……。わたしが、リリーシアのエスコートをしたほうがいいのかもしれない)


 ウィスティリアは頷いた。


「わかったわ、リリーシア。教会で、グレッグ様の前に行くまでは、わたしがエスコートするわね」

「やったあっ! ありがとうお姉様っ!」


 喜ぶリリーシアと、顔をほころばせるアンソニー。

同じ馬車に乗り込んでいるジャネットは、この素直さでマナーや勉強が進めばいいのに……と、心の中でそっとため息をついた。




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