第40話 二度目の人生・月も星も見えないような暗い夜
グレッグとルーナンド伯爵たちの帰宅を見送って、リリーシアも部屋に連れていって。使用人たちに後片付けを頼んだ後、ウィスティリアは自分の部屋に戻る。
夜着に着替えて、明かりも落として。
だけど、ベッドには横にならずに、カーテンを開けて、外を見る。
月も星も見えないような暗い夜。
ウィスティリアはぼんやりと、その夜空を見る。
(お父様もお母様も排除した。あとはリリーシアとグレッグ様の結婚式を待つばかり。そこでわたしの『復讐』は終わる)
問題は、ない。
ルーナンド伯爵のおかげで、当初ウィスティリアが想定していたものよりも、寧ろずっと順調にここまで進んできた。逃げ回ることなく自室でゆっくりと結婚式の日を待つこともできる。
だけど。
(リリーシアが羨ましい……なんてね。わたしは愛も恋も知らないまま。ただ我慢の人生を送って、そして死んでいく……)
実際に一度目の人生は、奪われるだけだった。
この二度目の人生は、父親と母親、それからリリーシアとグレッグに対する『復讐』のためのものだ。それも、あと少し。
(結婚式まではあと十日。それまでに、このリード子爵家の経営状況やら何やらをまとめて。カイト様に引き継げるようにして……。リリーシアには印章だけを押せばいいようにと伝えて……。ああ、金か銀のチェーンでもつけて印章をリリーシアに渡さないといけなかったのだわ。それと、リリーシアのウェディングドレス。もう注文はしてあるからいいのだけど、取りに行くのも面倒ね。リリーシアの相手もしてはいられないから、グレッグ様に連絡をして、デートがてら、二人でチェーンを買って、ドレスも受け取るように言えばいいかしら。手紙を書くのも面倒だから、ブレンダンにお願いして伝言してもらえば……。そうそう、ヴェールも作らないとね……)
次の『復讐』のために、やることは多い。
「眠らなきゃ……ね」
疲れているはずなのに、眠気などは感じない。
父親と母親を排したことに、興奮でもしているのか、それとも……。
ぼんやりと、外を見る。
何も見えない。
星も。
月も。
「何を見ているんだ?」
「……ガードルフ様」
そっと、寄り添うように。ガードルフがウィスティリアの後ろに立っていた。
「……なにも、見ておりませんわ。ただ少し、ほんの少しだけ、リリーシアが羨ましいと思ったのです。わがままで、癇癪を起して、奪うだけ奪って。それでも愛される……なんて」
そのままぼんやりと、窓の外の暗闇を見つめ続けるウィスティリア。
静かな薄紫色の瞳には、涙などは浮かんでいない。
けれど、その横顔は、まるで泣いているようだとガードルフには感じられた。
ガードルフは思わず「ならば、私が愛してやろうか」と口を開きかけて、戸惑う。
私は今何を言いかけたのだ……と、思いつつ、ガードルフは無言でウィスティリアを強く抱き寄せる。いっそ、乱暴なほどに。
何も言わないままのガードルフ。
ウィスティリアは驚きに目を見開いて。そして「ふふ……っ」と小さく笑った。
「ありがとうございます、ガードルフ様」
ガードルフからの返事はない。
だが、更に強く引き寄せてくる腕に、慰めとあたたかさを感じた。
ウィスティリアはそのまま瞳を閉じて、ガードルフの胸に頬を寄せた。