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第4話 一度目の人生・作ってみましょうか

 メアリーに言われ、その手をじっと見る。

 今はまだそれほど荒れてはいない手。

 だけど、冬になり、もっと寒くなったときに洗濯や炊事場で水を使えば。

 あかぎれや何らやで、どんどん肌は痛むのだろう。


「……はちみつとか。あとオイルとか……」


 思い浮かんだものは、実はウィスティリアも作ってみたことはない。

 だけど、作ってみたかった。


 潰れた花束を見て、悔しく思うくらいなら。

 それを明るくて楽しいものに変えてしまえばいい。

 自分で持つのが嫌なら、使用人たちに分け与えてしまえばいい。


 どうせ、与えるのであれば、相手に喜ばれるものを。

 そう思った。


 とにかくやってみよう。


 エドに頼み、しばらくのあいだ厨房の一角を借りることにした。

 いったん部屋に戻り、毟った白薔薇の花びらを取ってきた。エドとミゲルが剥いてくれたリンゴとオレンジの皮も小さくちぎる。重ならないようにと布の上に広げる。


「うーん、完全に乾燥させなくても良いのかしらね……」


 とりあえず、みんなで果物を食べている間は広げておき、後は布を押し当てるようにして、水分をある程度取った。

 ガラス瓶を二つ用意する。

 花びらと皮を、おおざっぱに半量ずつ入れた。

 片方にはオイルを注ぎ、もう片方にははちみつを注いだ。


「ウィスティリアお嬢様。はちみつっていうか、みつろうもあるんですけど、これ使えますかね……?」

「あら。どうしたの、みつろうなんて」

「商人がですね、汚れているからちょっと難ありだけど、安くするからっておいていたんですよ。買ってはみたものの、旦那様や奥様、お客様にはお出しできるようなもんじゃあなくって……。ぶっちゃけ使い道がなかったんです。仕方がないからロウソクにでもしようかって思っていたんですけど」


 見れば土やわらや葉っぱのような感じの汚れも混じっていた。誤って地面にでも落としたのかもしれない。これでは確かに飲食用には向かないのだろう。


「じゃ、そこだけ取って、きれいなところだけ使ってみようかしら。取っておいてくれる?」


 みつろうがあるのなら、今から作ろうとしているモノが、うまく固まるかもしれない。


「使いやすい硬さになるといいんだけど……」

「えっと、そもそもウィスティリアお嬢様は何をなさろうとしているのですか?」


 これがなにになるのだろうとエドやメアリー、他の使用人たちも興味深げだ。


「うふふ。まだ秘密。だけど、ちょっとだけ言うと、このオイルとはちみつに、果物や花の香りが移ると良いなって思って」

「へっ? 香りって移るもんなんですか?」

「本にはそう書いてあったの。でもやってみたことがないから、成功するかしらって……」


 へえ……と、使用人たちは感心した。

 花の香りのするはちみつなど高級品だ。それを後からつけられるとあれば。


「……商品化とか、考えているのですか?」


 うまくいって、売れるようになれば。かなりのもうけになるのではないのだろうかと、幾人かは思った。

 このリード子爵家の経営状況は、それなりだ。借金はないし、使用人たちに毎月給金をきちんと支払い、新年には祝い金まで渡せる程度には資金を有している。

 だが、高位貴族のように潤沢な資産を持っているわけでもないのだ。

 なにか、良いもうけ話でもあれば、給金が上がるかもしれないし、同僚となる使用人が増えるかもしれない。

 少し期待をした。


 だけど、ウィスティリアは首を傾げた。


「うまくいけば……そういうことも考えてみてもいいけど。どうかしらね?」


 本に書いてあったことをちょっと読んで、素人がやってみるだけだ。そんなに簡単にうまくいくのなら、きっと既にもう、どこかの誰かが商品化しているだろうとはウィスティリアは思う。


 それに商品化よりも、まず先にみんなで使ってみたいと思っている。


「うまくいくといいですね」


 そう言われて、ウィスティリアも成功した未来を想像する。ふわっと自然に口角が上がる。


「ええっ! うまくいくといいわね!」


 数日後。

 オイルとはちみつに香りが移ったであろうと思われる期間を空けてから、ウィスティリアは次の工程に移った。


「えっと、ボールにざるを置いて。その上から大きめのガーゼを敷いて……」

「えっと、野菜くずを使った出汁……スープの素を作るときみたいに、不純物を除去する感じですか?」

「ああそう。そんな感じ。オイルとはちみつに混ざっている不純物……花びらとか果物の皮と一緒にゴミ的な不純物も一緒にガーゼで漉して取り除くの。きれいなオイルときれいなはちみつに分けてね」


 時間をかけて漉したあと、ウィスティリアははちみつの入ったボールに少しずつオイルを加えていく。それを木べらで練るようにして混ぜていく。乳化されて、かなり柔らかくなっていった。そこに適当に切り分けたみつろうを加える。


「みつろうを溶かしていくわね。エド、お湯を沸かしてくれる?」


 大きな鍋に水を入れ、そこにガラス瓶を置いておく。


「火は危ないので俺がやりますよ。えっと強火で煮るんですか?」

「ううん。直火にはかけないで。ちょっと熱めのお湯で湯煎をするの。高温だと変色したり、発火したりすることもあるらしいわ」

「……発火って、怖いですねぇ」

「みつろうが溶けだしたら空気を含むようにゆっくりと混ぜていくわ。なんて、偉そうに言っているけど、本で読んだだけだから、本当にうまくいくか、わからないのだけれど……」


 エドと一緒に湯煎をしているうちに、手の空いた数人の使用人たちが厨房にやって来た。


「なんか、ほわ~って感じに匂うっていうか、香りがする……?」


 メアリーが興味深げに、ウィスティリアとエドが湯煎をしている様子を眺めている。

 ダフネも、執事のアンソニーもだ。


「ふふっ! もういいかしらね」

「はい。次は、どうしますか」

「できたものは、もっと小さい瓶に小分けにしたいのよ」

「小分けですか?」

「ええ。そうね、ジャムの瓶より小さい……インク瓶程度の大きさの瓶……。まあ、大は小を兼ねるから、多少大きくてもいいけど。そうね、完成したもをの十二個に分けたいの」

「十二個? なんか半端な数ですね。まあ、その程度ならテキトウな小瓶があると思いますよ。全部同じ大きさ……は無理かもですけど」


 エドが厨房の棚から今使っていない小瓶を取り出して、テーブルに並べていった。

 ウィスティリアはその小瓶に、まだあたたかいみつろう入りオイルを、注いでいく。冷めるまでは蓋はしないで、そのまま放置だ。


「それで、結局、お嬢様は何をおつくりになったんですか?」


 ほぼ完成したそれを眺めて、執事のアンソニーが、代表のようにウィスティリアに尋ねた。


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