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第39話 二度目の人生・羨ましいのかもしれない

 ウィスティリアはふいっと頭を振って、それからグレッグの側に寄っていく。コツコツ……と、足音を立てて。


「ねえ、グレッグ様。あなた様はリリーシアを愛しているんでしょう? そしてリリーシア、あなたはグレッグ様のことが大好きなのよね」

「うん。リリー、グレッグ様、だーい好き!」


 問いに、即答したのはやはりリリーシア。


「あ、その、えっと。ウィスティリア、いきなりなんだよ……」


 グレッグは戸惑うばかり。

 ウィスティリアはグレッグの反応など気にも留めずに、さっさと話を進めた。


「グレッグ様、お願いがあります。あなた様の『真実の愛』で、どうか、リリーシアを一生愛して守ってください」


 ウィスティリアから深々と頭を下げられたグレッグは「え、え、え?」とうろたえた。


「リリーシアはグレッグ様のことが好きなのですよ。そしてわたしの命はもう間もなく尽きる。父も母も姉もいなくなり、子爵となるリリーシア。子爵としての政務はグレッグ様、あなた様のお兄様のカイト様が手伝ってくださいます。だけど、それだけでは不安です」

「えっと、あの、なんなんだよ、ウィスティリア……」

「リリーシアには側に居て、愛して守ってくれる誰かが必要なのです。童話や物語のお姫様。そんなふうに……」


 童話の中のお姫様。

 辛いことがあっても、最後には必ず王子様が来てくれて、いつまでも二人は幸せに暮らしましたというハッピーエンド。


「グレッグ様、あなた様にリリーシアの王子様になっていただきたいのです」

「ウィスティリア……」

「姉として、お願いします。どうか、幼い妹を、他でもないあなた様がずっとそばにいて、しあわせにしてやってください……」


 正直なところ、グレッグの頭はそれほど良くない。

 人の言葉の裏を読むことなどできないし、貴族学園の同級生たちからもこれまでずっと成績の悪さを嘲笑されてきた。


「いいよなあグレッグは。取り柄もない上に成績も悪いクセに、女子爵になる婚約者がいるんだから」

「ホント、ラッキーだよな。めんどくさい仕事は妻に任せて、やるのは夜のお相手だけだろ? 楽な人生じゃん」


 伯爵家の三男で、取り柄などない。幸い、運よく子爵家の娘への婿入りが決まっているグレッグに対するやっかみでしかないことはわかっていた。

 婚約者のウィスティリアは、グレッグに対して高圧的に接することなどはないし、大人しい。

 それでも、グレッグのプライドは傷ついていたのだ。

 たかが子爵家の小娘であるウィスティリアのほうが偉く、今も、婿入り後も、グレッグの人生は、ウィスティリアのおまけでしかない。

 子を生すための種としてしか、自分には価値がない。

 そんな空しい人生など捨てて、自分で自分の人生を切り開く……。夢想はするが、それを成し遂げる根性も才覚もグレッグにはない。

 グレッグは正直鬱屈していた。

 その鬱屈を、友人たちに対して何度も愚痴として吐き出してきたが、理解してくれる者などおらず、逆に「恵まれているんだから、贅沢言うな」などと咎められる。


 ウィスティリアの影で、一生小さくなるしかない己の立場が嫌だった。

 だから、陰でウィスティリアに対する愚痴ばかりを零していた。


 それが今、そのウィスティリアが自分に対して頭を下げている。

 グレッグの胸の中は沸き立った。


 リリーシアを守るために、ウィスティリアがグレッグに対して頭を下げる。


 グレッグは、本当に自分が姫を守る王子にでもなった気分だった。

 いや、そこまではいわずとも。

 今、自分は、ウィスティリアよりも上の立場になったのではないか……と。歓喜のあまり、飛び上がってしまいそうだった。


「も、もちろんだよウィスティリアっ! リリーはボクが守るっ! だってボクとリリーは真実の愛で結ばれているんだからね! ボクはリリーの王子様になるよっ!」


 グレッグの宣言に、リリーシアが「きゃあ」と喜びの叫びを上げる。


 ウィスティリアは「ありがとうございます、グレッグ様。これでわたしも安心です。ずっと一生、真実の愛で、リリーシアを支えてあげてくださいませね」と頭を下げた。


(真実の愛ね……。ふふっ、ホント、グレッグ様は単純ね。こちらの誘導に、すぐに乗ってくださるのだから……。まあ、いいわ。リリーシアへの思いが、本当に真実の愛なのか、試させてもらうとしましょうか)


 グレッグの寿命は知らない。

 だが、リリーシアは後六十年ほど生きる。


 グレッグの気持ちが、ウィスティリアの言葉に乗せられただけでなく、本当に真実の愛であるというのならば。


(リリーシアとグレッグ様に対する『復讐』は『復讐』ではなくなって、単なる『愛の試練』でしかなくなるかもしれない……のかしらね)


 そうはならないだろうと思いつつも。

 乗せられただけの、上っ面な感情だとしても。

 それでも、愛されるリリーシアが少しだけ羨ましく思える。


(わたしには、こんなふうに愛を向けてくれる人はいなかった。誰にも守ってもらえず、我慢をし続けて……。そうして、一人で死んで、無になるの……)





誤字報告ありがとうございます! とても助かりますm(__)m



このお話、なろう様とカクヨム様に投稿しているのですが、

カクヨム様のほうで 恋愛の週間ランキング 3位! に入っておりました!(*´▽`*)

嬉しい~。

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