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第32話 二度目の人生・突然の計画変更

 一歩一歩、踏み出すごとに。ウィスティリアの体には力がみなぎってくるようだった。

 大人しく、奪われるだけの人生を送ってきたかわいそうな令嬢はもういない。


(ガードルフ様が、わたしに力をくださった)


 背を伸ばしてまっすぐに前を見つめて。

 踏み出す。

『復讐』を果たす。

『対価』を支払わせる。


(大丈夫。見えないだけでガードルフ様は今もわたしの側についていてくださっている)


 会場内に足を踏み入れると、ちょうどルーナンド伯爵一行が到着したところだった。ウィスティリアの父親と母親が出迎えて、ルーナンド伯爵がにこやかな顔で、なにか挨拶をしているのが見える。


 自分も急ぎ、その場に行こうとして……、ルーナンド伯爵の後ろからすっと誰かが動いた。グレッグの兄のカイトだ。きょろきょろと目を動かし、さりげなくその場を離れようとしている。


(あれは……カイト様? なんだろう?)


 カイトは探していたウィスティリアの姿を見つけると、パクパクと、口を開け示して会場の隅の大きな柱を指さした。


(そっちに来て欲しい……ということよね?)


 その壁際の、大きな柱の陰に隠れるようにして、ウィスティリアを待つカイト。

 なにかしら……と思いつつ、ウィスティリアも壁際に沿って、カイトのほうへと静かに向かった。


「ウィスティリア嬢、ルーナンド伯爵家次男、カイトです。父から急ぎ伝言と提案です」


 小声でカイトから告げられた言葉は、今日の、元々の予定とは異なるものだった。だが……。


「なるほど、そうですね。そちらの方が良いと思われますが……」


 突然の提案に、ウィスティリアは少し戸惑った。ルーナンド伯爵の提案に乗るだけの準備がない。


「大丈夫。ルーナンド伯爵家の護衛の者を連れてきております。馬車も我々が乗ってきたものとは別に、護送用のものも用意してあります」

「そう……ですか。ありがとうございます。承知しました」


 カイトはほっとした顔になった。


「父はですね、いくら我がルーナンド伯爵家にとって利しかない話でも、若いご令嬢を失踪させるような危険な賭けに乗るのは実は気が進まない……とですね」

「あら……」

「余計な話をしている時間はありませんが、その線でよろしくお願いしたい」

「ええ」


 ルーナンド伯爵家にとって利しかない話……カイトはそう言ったが、ウィスティリアにしてみれば、自分の『復讐』にルーナンド伯爵たちを巻き込んでしまう申し訳なさもあるのだ。

 その申し訳なさの対価として、リード子爵家を渡すつもりもあった。


(銀貨を百枚も下さったのは……失踪する予定のわたしを心配して……だったのかしら。信用できる護衛でも雇いなさい……とか。それで、わたしが失踪しなくても、お父様を追い出せるようにって、計画の変更を考えてくれた……。あのグレッグ様の父親とは思えない人の良さね……)


 ふるふると頭を横に振る。計画に変更が生じたなら尚のこと、集中しなくてはならない。


(だけど……ルーナンド伯爵、ごめんなさい。わたし、グレッグ様もリリーシアと共に不幸な人生に突き落としてやるつもりなの……。あ、いえ、グレッグ様次第では、不幸ではないかもしれないけれど。まあ、愛の試練? 的な? リリーシアに対するグレッグ様の愛次第なのよね……)


 ウィスティリアはリリーシアを、そして、グレッグを見る。


(グレッグ様。あなたにはリリーシアの面倒を最後まで見てもらう。リリーシアを本当に愛しているのなら、喜んでリリーシアの側に居られるでしょうね。だけどもしもリリーシアへの愛が冷めたなら。一生リリーシアの側に居続けなければならないのは……苦痛でしかなくなるわ。ルーナンド伯爵には申し訳ない。カイト様にもごめんなさいだけど。リード子爵家を全部あなたたちにあげるから。それで、許してください……)


 謝罪を、胸の中で吐いて。

 申し訳ない気持ちは呑み込んで、『復讐』に集中する。


 見れば、リリーシアは、ちょうどグレッグから誕生日のプレゼントをもらったところのようだった。グレッグは小さな箱の中から指輪を取り出し、それをリリーシアの指にはめている。


「見てみて、この指輪のピンク色、リリーの髪の毛や瞳の色と一緒なのっ!」


 指輪がはめられた自分の左手の薬指を見て、リリーシアがくるくると、踊るようにその場で何度も回る。


 回っている途中で、ウィスティリアの視線に気が付いたのか、そのままパタパタと、軽い足取りで、リリーシアがウィスティリアに駆け寄った。


「ウィスティリアお姉様っ! これ素敵でしょうっ! グレッグ様からのプレゼントなのよっ!」


 満面の笑みを浮かべるリリーシア。頬は上気してピンク色だ。瞳はまるで星のように輝いている。実に無邪気だ。物語の中の、穢れなど知らないお姫様のように。


「ホント、素敵ね。リリーシアによく似合っているわ」

「でしょう⁉ グレッグ様ってば、贈り物のセンスがあるわっ!」


 ウィスティリアは頷いた。


(さあ、ここからが始まりよ……)


 リリーシアを見て、そしてにっこりと微笑む。


「ちょうどよかったわ、グレッグ様がリリーシアに指輪を贈ってくれて。それなら婚約指輪としても相応しいわね」


誤字報告本当にありがとうございます!

感謝です!


カイトをカイルと間違えて( ノД`)おります。修正していきます……

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