第28話 二度目の人生・伯爵との話し合い
サロンに案内され、席に着き、紅茶や茶菓子の用意が終わるまで。ルーナンド伯爵もウィスティリアも無言だった。
紅茶は口にせず、その香りだけを嗅いでから、まずウィスティリアが口火を切った。
「改めまして謝罪をと言いたいところですが……、時間もあまりないことですし、まず、結論から述べさせていただきます」
「いいだろう」
「我がリード子爵家への、グレッグ様の婿入りは続行。ただし、わたしではなくリリーシアの婿となってほしいのです。わたしはリード子爵家を出奔し、跡継ぎはリリーシアに任せますので」
婚約破棄、もしくは解消。婚約者の入れ替え。そのあたりまではルーナンド伯爵も想定していたのかもしれない。
「それは、リード子爵の意向かね?」
冷静な口調でウィスティリアに確認をしてきた。
ウィスティリアは首を横に振る。
「いいえ。わたしの独断です。父の思惑は別です」
「ほう。ではそれも聞かせてもらおうか」
「父はわたしに言いました。 『グレッグ殿がリリーシアに恋愛感情を抱いているのならば、寧ろ好都合だ。ウィスティリア、お前がグレッグ殿と婚姻を結んだあと、この屋敷でグレッグ殿と二人でリリーシアの面倒を見続ければいいだろう』と」
「は?」
一度目のときのウィスティリアと同じ、ルーナンド伯爵も理解不能だとばかりに目を丸くした。
ウィスティリアは立て続けに、一度目の人生のときに、父親から言われた言葉をルーナンド伯爵に告げていった。
「『たとえグレッグ殿とリリーシアが男女の関係になろうと問題はない』『黙っていればいいだけの話だ。仮に将来、リリーシアがグレッグ殿の子を孕んだとしても、その子はウィスティリアが産んだ子として育てればいい』だそうですわ。つまり、私の夫となるグレッグ様を、妹と私で共有せよということですね」
そこまで告げて、ウィスティリアはいったん口を閉じた。
あまりにも予想外だったのか、あんぐりと口を開けているルーナンド伯爵。ウィスティリアはゆっくりと紅茶に手を伸ばした。
曲がりなりにも一夫一婦制の国。国王でさえ、正妃一人しか持たず、側室はいない。
そんな国で、婿入りする男が、その婿入り先の姉と妹を共に抱く。
貴族や豊かな商人の男で、愛人を抱える者も確かに居る。だがさすがに姉妹を共に……などということは、まともな感性を持つものなら顔をしかめる。
「そ、それは……」
さすがのルーナンド伯爵も出る言葉がなかったようだ。
そんなルーナンド伯爵の様子を冷静に見て、ウィスティリアはルーナンド伯爵の貞操観念や物事に対する感覚は、自分と同じで真っ当なのだなと安心をした。
「気持ちの悪い話でございますわよね」
敢えてにっこりと笑う。ただし、不機嫌さを前面に出した笑みだ。
ルーナンド伯爵は、自分が咎められているような気持ちになって、背中にじんわりと汗をかいた。
「わたしは別に、グレッグ様とリリーシアが恋仲になることを反対はしておりません。グレッグ様はもともと我がリード子爵家に婿入りする、そういうお話でした。結婚相手が姉から妹に変更になる程度、よくあることですわ」
「まあ、そうだな……」
「父は、リリーシアが我が子爵家当主となることは無理だと言うのです。グレッグ様を婿にしたところで……」
「……グレッグも当主となれるほどの力量はないからな……」
自分の息子のことだ。ルーナンド伯爵はグレッグが子爵家程度の規模であろうとも、領地の経営などできないのはわかっていた。
グレッグは学園での成績も下から数えたほうが早い。
文官にすることも、商人にすることも、無理だとわかっていた。
だから、昔からそれなりに付き合いのあるリード子爵家に、グレッグを婿入りさせようと思ったのだ。
「そんなもの、どうとでもなります。例えば女当主となったリリーシアとグレッグ様が婚姻をする。そして、当主としての力量のない二人の助けとなるために、ルーナンド伯爵の次男の方……、つまり、グレッグ様のお兄様に補佐を依頼する……という案はいかがでしょうか」
ルーナンド伯爵が目を見開いた。そして、右手を顎に当てる。少し何かを考えているようだ。
「次男のカイトは学園の成績は良かったのだが……、試験などの本番に弱くてな」
「ええ。学園の成績はトップクラス。ですが、王城の文官試験には緊張のあまり落ちてしまったと聞き及んでおります」
「来年また受験をすると気負ってはいるが……、どうかな。かといって、次男ではルーナンド伯爵家を継ぐことができん。長男が健在だからな。カイトの婚約者も三女だ。婿入りなども不可能だし。商人としてやっていけるだけの力量もない。とすれば、ウィスティリア嬢。あなたからの話はグレッグにとってもカイトにとっても良い……か」
ルーナンド伯爵は頭の中でいろいろと計算をし始めたようだった。
ブツブツと小声でなにかを唱えだした。
それが落ち着くのを待って、ウィスティリアは更に言葉を付け加える。
「お飾りの子爵であるリリーシア。その夫となるのは無能とまでは言いませんが、経営の何たるかなどは全く理解していないグレッグ様。領地内のトラブルを収めたり、税に関する書類を精査したり……。社交も無理でしょうね。代わりにご次男のカイト様ご夫妻に頑張っていただき……。まあ、その後、カイト様にリード子爵家を乗っ取っていただいてもわたしは構いません。ただ、その辺りは合法的にお願いしたいところですが。まあ、やりようはいくらでもあるでしょう。例えば、リリーシアが子を生せなかった。だから、グレッグ様のお兄様であるカイト様とその奥様との間の子を、リリーシアの養子にする……とかね」
「なるほど。カイトの子をグレッグの養子にでもすれば……」
「法的にも問題なく、カイト様のお子が、リード子爵家を継ぐことができますね。ああ、そうそう。リリーシアの妊娠に関しても、世の中には不妊薬というモノもございますし。作らなくすることはさほど難しいことでもないでしょう」
リード子爵家の血など残さない。リリーシアだって生むまではできても子育てなど不可能だろう。むしろあれが母親では生まれてくる子がかわいそうというものだ。
「お手数ですが、リリーシアが天寿を全うするまでは、屋敷で飼っていただいて……、失礼、言葉が悪かったですね。面倒を見ていただきたいのですが」
「リリーシア嬢がいれば、儂たちがリード子爵家を乗っ取ったのではないという証明にもなるな」
「ええ。子爵としての能力のないリリーシアを、夫の一族が支えるという美しい形が取れますわ」
ルーナンド伯爵は、ウィスティリアの話に乗せられて、そのままウィスティリアの案に乗ろうとした。
が……。
「待て、ウィスティリア嬢。あなたの提案は実に魅力的だが……。実現は難しいのではないのか?」
ルーナンド伯爵は眉根を寄せた。