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第27話 二度目の人生・お花畑の二人

 リード子爵家やルーナンド伯爵家一帯は、夏は暑いが冬は温暖だ。特に今日は晴れているためか、晩秋だというのに馬車の中は快適だった。小窓を開けて馬車を走らせても寒いというよりは涼しい程度。心地よい風が気持ちよい。その馬車の中ではリリーシアは大はしゃぎだった。


(正直、うっとうしい。静かにしてほしい)


 そう思うウィスティリアだったが、口には出さない。表情も笑みの形を作っておく。


(目的を果たすその時まで、優しい姉でいてあげるわよ、リリーシア)


 そうして、馬車がルーナンド伯爵家へ到着し、その馬車の扉が開けられたのとほぼ同時に、リリーシアは馬車の外に飛び出していった。


「わあああああっ! ここがグレッグ様のお家なのね……っ!」


 グレッグの婚約者とその妹だからと、わざわざ出迎えてくれたルーナンド伯爵にも挨拶すらしないで。リリーシアは目に付いた花壇に一直線に走っていった。

 秋薔薇、色とりどりのコスモス。庭木のキンレイジュには黄色の花が鮮やかに開いており、また、どこからかキンモクセイのような甘い香りも漂ってくる……。


「リリー、花もいいけどボクを置いて行かないでよねー」


 リリーシアの後を、グレッグが小走りに追いかける。


「ねえ、グレッグ様! リリー、このお花、両手いっぱい欲しいっ! ピンクに黄色に赤にオレンジっ! すっごく素敵なんだものっ!」

「ああ、いいよ。あとで庭師に言っておく。抱えきれないくらいに大きな花束をつくろうか」

「グレッグ様、大好きっ!」

「ありがとうリリー。ボクもだよ!」


 抱き着くリリーシアと、それを抱きとめるグレッグ。

 二人の様子を見たルーナンド伯爵が、唖然として声をなくす。

 ウィスティリアは深々と頭を下げた。


「……申し訳ございません、ルーナンド伯爵。実は……、ご相談したいのはあの二人のことに関してなのです」


 多少のやらかしは予測済みだった。が、姉の婚約者の家にやってきて、その家の当主がわざわざ出迎えてくれたというのに、まさか挨拶すらしないとは。

 あまりの無作法に、顔を赤らめて謝罪するウィスティリア。


 だが、無作法はグレッグも同じだ。

 婚約者であるウィスティリアに一言の声もかけないまま、その婚約者の妹を追いかけて、それを抱きしめる。


「……いや、こちらも同じだ。グレッグが申し訳ない。あれでは無作法どころか不貞だと言われても仕方がない」


 ルーナンド伯爵も奥歯を噛みしめながら、ウィスティリアに謝罪をした。


「……こうなることが分かっておりながら、妹をルーナンド伯爵家に連れてきたことをお詫びします。ですが、あの二人の様子を、実際に見ていただいたほうがご理解も早いと思いまして……」

「……そう、だな。今日の話し合いは、時間がかかりそうだな」


 ウィスティリアから申し出た今日の話が、婚姻に向けての明るいものではない、むしろ逆だということを早々に察したルーナンド伯爵。

 ウィスティリアはもう一度申し訳ないと頭を下げた。


「……ルーナンド伯爵、大変失礼を重ねますが、妹を叱らぬようお願いいたします。あれが癇癪を起すと面倒なので」


 前置きをしてから、リリーシアに向きなおり、わざとらしいほどの明るい顔を作る。


「まあ、まあ、リリーシア。まずはグレッグ様のお父様にご挨拶をしてちょうだい。グレッグ様にお庭を見せていただくのはその後よ」

「あー、そうだった。お姉様、ごめんなさい」


 えへへ……と、照れたように笑うリリーシア。

 ぱたぱたと小走りに戻ってきて、ちょこんと頭を下げる。


「リリーシアです。グレッグ様のお父様、こんにちはっ!」


 平民ならともかく、貴族の娘の儀礼としては全くなっていない。五歳の娘でも、もう少しまともな挨拶をするだろう。

 ルーナンド伯爵は、引きつりそうな頬をなんとか抑えて「ああ……」とだけ答えた。


「グレッグ様、リリーシアは先日の白薔薇がとても気に入っておりまして。薔薇園にご案内していただくことは可能でしょうか?」

「ああ、いいよ。じゃ、行こうか、リリーシア。薔薇園はあっちの奥の方なんだ」

「楽しみ! お姉様、行ってきます!」

「はい、行ってらっしゃい」


 グレッグとリリーシア、二人が手を繋いでその場から駆け出すのを見送った後、ウィスティリアは顔に張り付けた笑みを真顔に戻した。


「婚約者であるウィスティリア嬢に挨拶もせず、同行した妹の方ばかりに目を向ける……か。グレッグも何を考えているんだ」

「恋に落ちたばかりの二人には、周りの様子など目に入っていないのでしょうね」


 呆れかえり、怒ることすらできないルーナンド伯爵に、ウィスティリアは端的に言った。


「さてルーナンド伯爵。二人が戻ってくる前にあらかたのお話を終えておきたいのです」

「わかった……。サロンのほうに案内する。そこで話をしよう」


 グレッグはともかく父親のほうには話が通じそうだと、ウィスティリアは少しだけほっとした後、気を引き締めなおした。

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