第24話 二度目の人生・提示した三つ
「だからね、わたし、リリーシアとグレッグ様が結婚できるように、グレッグ様のお父様……ルーナンド伯爵に協力をしてもらおうと思っているの。お父様には秘密のままにね」
十日後に、ウィスティリアはグレッグの家に行くと、リリーシアに言った。
「えっ! リリーも行きたい!」
「もちろんいいわよ。ほら、あの花束の白薔薇のお庭。グレッグ様に見せてもらうといいわね」
「嬉しい! お姉様、ありがとう!」
グレッグに、リリーシアを預けて。その間にルーナンド伯爵との密談を行う。父親を排除するために。
話す内容、順番。気を付けること。
ウィスティリアは頭の中で、その立てた計画を何度も確認していった。
興奮するリリーシアに、再度「秘密だ」と言い聞かせて。ウィスティリアは自室に向かった。ドレスのまま、着替えもせずに、書き物机の中からペンとノートを取り出す。
「まだ、みんな起きているわよね……」
ウィスティリアは足早に厨房へと向かった。
一回目の人生と同じに、厨房は光があふれていた。
「休んでいるところをごめんなさいね。みんな、ちょっと時間をくれるかしら?」
突然厨房に現れたウィスティリアに、それまでリラックスして休んでいた使用人たちが慌てて立ち上がった。
「ああ、いいのよ。座って。わたしも座って話をさせて貰うから」
アンソニーが引いてくれた椅子に座ってから、ウィスティリアはぐるりと皆を見回した。
使用人たちは一体何の話だと少々訝しげだ。
(ああ、みんな。一度目のときは、みんなで一緒に果物を食べて、ハンドオイルを作って……)
湧き上がってくる、一回目のしあわせな記憶。
(でもあのしあわせを繰り返すつもりはない。親しくなれば、一回目の人生の時のように、わたしのせいでみんなの人生を不幸にしてしまうかもしれない。だから雇い主の娘とその使用人。その距離を縮めない。距離を置いて接するのよ……)
泣きたくなるのを抑えて、ウィスティリアは「今日はご苦労さま」と笑顔を作った。
「ここからの話はお父様にもお母様にも秘密。絶対に知られないようにしてちょうだい」
そんな前置きを聞かされた使用人たちは、一体何の話が始まるのかと緊張し、背筋を伸ばした。
「時間もないから端的に言うわ。わたしの婚約者であるグレッグ様とリリーシアは、互いに恋に落ちました」
予想もしない発言。いきなり、ウィスティリアは何を言い出したのだろう……と、訝しむ使用人たち。
「近い将来二人は結婚し、このリード子爵家を継ぐことになります」
執事のアンソニーが「お待ちください」と言って立ち上がった。
「そのようなこと、旦那様から聞かされてはおりません」
ウィスティリアは慌てることなく落ち着いて、ゆっくりとした口調で言った。
「お父様はわたしとグレッグ様を婚姻させて、リリーシアをグレッグ様の愛人にするつもりなの。リリーシアとグレッグ様の間に子ができれば、それをわたしの子として育てるんですって」
「は?」
さすがのアンソニーも、口を開けて固まった。
「一人の男を姉妹で共有させるおつもりなのよ。気持ち悪いわよね」
「お、お待ちくださいウィスティリアお嬢様、そ、それは本当に旦那様のご意向なのですか」
「そうよ。わたしに領地経営をさせ、グレッグ様にはリリーシアの面倒をみさせればいいって。そうすればわたしの負担も減るからって。何が負担が減るなのよ。冗談じゃあないわ」
ウィスティリアの父親がそれを言ったのは一回目の人生でだったが、同じ状況になれば、どうせ同じことを言うのだ。
「お父様のおっしゃる通りに、グレッグ様を、わたしとリリーシアの共有の夫にする気は無いわ。抵抗する。だけど、どうしようもなくなったら、わたしはさっさと……逃げるつもりよ」
実際は逃げるのではなく死ぬのだが。
「ウィスティリアお嬢様……」
「だけど、わたしが逃げればあなたたちに負担がかかる」
ウィスティリアはアンソニーを見た。テレンス、エド、ナジーム……メアリーにモーリンも。この場にいる全員を。
一度目の人生でしてもらったこと。
一緒に楽しんで、しあわせだったこと。
受けた親切、あたたかい厚意。
自分が死んだあとの彼らの人生。
負担、などという言葉では表せない不幸。
「……だから、ね。わたし、ギリギリまで踏みとどまるつもりではいるわ。だけど、耐えられなくなる日がいつか来る。その時のために、あなたたちには保険をかけておきたいの」
「保険ですか?」
「そう。わたしだけではなく、あなたたちがこの子爵家から逃げたいと思うときが来るかもしれない。その時のために、わたしはあなたたちに三つのものを用意します。もちろんお父様には内緒にです」
この屋敷での勤務状況を記したもの。
次の職場への紹介状。
それから退職金。
ウィスティリアが提示したのはその三つだった。
誤字報告ありがとうございますm(__)m
感謝です!