第23話 二度目の人生・秘密の話
一度目と同じに、足をひねったリリーシアを、グレッグが抱き上げて部屋に運んだ。そのままグレッグは、誕生パーティが終わるころになるまで、リリーシアの部屋から出てはこなかった。
ウィスティリアは敢えて二人をそのままにして、誕生パーティに来た他の招待客との歓談を続けた。
グレッグの家族であるルーナンド伯爵夫妻やグレッグの兄たちは、会場にグレッグが戻ってこないことには気が付かないようだ。
「すっかり長居をしてしまったな。そろそろ帰ろうか。……おや、グレッグはどこだ?」
帰宅の際になってようやく、ルーナンド伯爵夫妻もグレッグの兄たちも、きょろきょろと会場内を見回す。
そのときバタバタと足音を立てて、グレッグが階段を下りてきた。
「グレッグ、どこにいたんだ? もう帰るぞ」
「ご、ごめん。えーと、その……」
口ごもるグレッグ。ウィスティリアはすっと息を吸って、わざとらしい大声を出した。
「まあ、グレッグ様。もしかして、ずっとリリーシアについていてくださったのですか! ありがとうございます!」
「あー、うん。そ、そう、なんだ……」
「申し訳ありませんでした。グレッグ様がわたしの婚約者だということに甘えて、リリーシアの面倒まで見させてしまって」
「そ、そんなこと、ないよ。だって、リリーシアは……、将来、義妹に、なるのだし……」
グレッグの言葉の歯切れが悪い。
(この様子だと……、義兄と義妹ではない関係に発展したのかしらね)
冷めた目でグレッグを見ないようにと気を付けながら、ウィスティリアはわざとらしく笑みを作る。
「グレッグ様の広いお心に感謝します。ああ、そうですわ、甘えついでに……、近々ルーナンド伯爵家にお邪魔させていただいてもよろしいですか? 今日はわたし、グレッグ様とまったくお話もできなかったですし。それに、あの、リリーシアが先ほどの薔薇を気に入ったようなので、あの子にルーナンド伯爵家のお庭を見せていただきたくて……」
「リリーに? もちろんいいよ」
ぱあああっと、顔を明るくしたグレッグ。
(リリー……ね。いつの間に愛称で呼ぶようになったの?)
ウィスティリアは冷笑しそうになった顔を引き締めた。
「できれば……グレッグ様のお父様にも少々お時間をいただきたいのです。あの、少々ご相談が……」
グレッグと話したいことなど全くない。そんなものは建前に過ぎない。
グレッグの父親であるルーナンド伯爵。彼に対して提案があり、それを承諾して欲しいだけなのだ。
「ああ、そうだな。グレッグもウィスティリア嬢もまだ学園に通っているとはいえ、結婚式まではあっという間だろう。いろいろと話し合っておかねばならないことも、そろそろ出てくるか」
「ありがとうございます、ルーナンド伯爵」
ウィスティリアは笑顔でルーナンド伯爵に近づいて、そして小声で言った。
「あの、実は、父と母にプレゼント……ようなものを考えておりまして。その、ちょっと内密に……」
ルーナンド伯爵は「なるほど。あなたはご両親思いなのだな」とウィスティリアを感心したように褒めた。
「い、いえ……、あの、その……」
内緒のプレゼント。それが相手にとって喜ばしいとは限らないのだけれど。
そう思いながら、敢えて照れたように、ウィスティリアは顔を赤らめてみせた。
グレッグの父親が時間が取れるのは、一番早くて十日後だということだった。
訪問の約束をして、グレッグたちの帰宅を見送って。
それからウィスティリアは、リリーシアの部屋にやって来た。
コンコンコンとノックをする。すると、「はぁい」という間延びした返事が返ってくる。
ドアを開けて、中に入る。
「リリーシア、足の具合はどう?」
「んー、痛いけど、大丈夫。グレッグ様がずっと冷やしてくれていたから。靴や靴下を脱がしてくれたり、何度も手ぬぐいを冷やして足首に置いてくれたのよ」
「そう……。足を……ね」
ウィスティリアの国の貴族の令嬢は「足を見せるのは、はしたないこと」だと母親やマナーの教師たちから教え込まれる。だから、普通の令嬢にとって、足を見られるというのは、自分の裸を見られるのと同義だ。
「ねえ、お姉様。グレッグ様ってすっごくお優しいのねえ」
リリーシアに「貴族の娘が足を見せるのは、はしたないこと」だという常識が備わっていなくても、グレッグがそのことを知らないわけはない。
(女性の使用人に、指示してさせるのではなく自分でやったなんて。気持ち悪いわね)
自分が同じ目に遭わされたらと思うとぞっとする。
けれど、リリーシアは、グレッグに親切にしてもらったと思っているのだ。
「いいなー。リリーもあんな優しい婚約者が欲しいなー」
ちらちらと思わせぶりに、ウィスティリアを見てくるリリーシア。
(気持ち悪いけど……、わたしにとっては好都合)
ウィスティリアは、そっとリリーシアの手を取って、そうして小声で告げた。
「……ねえ、リリーシア。もしも、もしもよ? リリーシアの婚約者がグレッグ様になったら……嬉しい?」
リリーシアは即答だった。
「ウィスティリアお姉様、グレッグ様をリリーにくれるの⁉」
「しーっ! リリーシア、声を落として」
掴んだ手を、ぎゅっと握る。
「お父様に知られたら大変だわ。これからは、わたしとリリーシアの秘密のお話よ。いい? 大きな声を出したらダメ」
「う、うん」
ウィスティリアは言い聞かせるように、ゆっくりと話す。
「リリーシアは、グレッグ様が好きなのね?」
「うん!」
「グレッグ様も、きっとリリーシアが好きよ」
「ほ、本当⁉ ねえ、ウィスティリアお姉様、それ、本当……?」
「ええ、絶対よ」
ぱあああああっと、リリーシアの顔が輝いた。
「グレッグ様はリード子爵家に婿入りするの。だからリリーシアと結婚したってかまわないはずでしょ」
「そ、そうよね! リリーがグレッグ様と結婚したっていいんだわ……」
リリーシアの頬が薔薇色に染まった。グレッグと結婚式や未来を夢想したのかもしれない。
「だけど、一つ問題があるの」
「問題?」
「そう、お父様よ。お父様はわたしとグレッグ様が結婚すればいいって、思い込んでいるのよ」
「ええーっ! そんなぁっ!」
「だから、リリーシア。ここからは本当に秘密の話よ。誰にも言わないって、約束して。お母様にも言っちゃダメよ。お母様からお父様に伝わってしまうからね」
できるかしら、と聞いたウィスティリアに、リリーシアは力強く頷いた。
「秘密にできる。だってリリー、グレッグ様と結婚したいもの」