第22話 二度目の人生・ありがとう
「ずるいわウィスティリアお姉様! リボンくらいリリーがもらってもいいじゃないっ!」
銀糸で刺繍が施されている紫色のリボンを手に、甲高い声で叫ぶリリーシア。
聞き覚えのあるセリフ、見覚えのある光景。
過去に戻ったのだな……と、ウィスティリアは思った。
「……リリーシア」
「欲しいのっ! ねえ、いいでしょうっ⁉」
薄桃色の髪を振り乱して、床をだんだんと踏み鳴らす。
そんなリリーシアの姿も記憶の通りだ。
ここからやり直す。
二度目の人生を。
使用人のみんなを、絶対に不幸にはさせない。
そして……。
ウィスティリアは、ぱらりと額に落ちてきた前髪を掻きあげた。
「ええ、もちろん。いいわよ。素敵ですものね、そのリボン」
一度目のときとは違い、あっさりとウィスティリアは承諾した。
「えっ! いいのぉ?」
これまでは、渋るウィスティリアから、無理矢理にモノを奪ってきたリリーシア。
けれど、今日はあっさりと承諾された上に、笑顔まで向けられている。
「もちろんよ。だけど、リリーシア。一つだけ『お願い』があるの」
「リリーにお願いってなあに……?」
「リリーシアが欲しいものはなんでもあげる。だけど、あげたときにはちゃんと『ありがとう』を言ってほしいの」
「ありがとう……?」
リリーシアはきょとんとした顔になった。
ウィスティリアは心の中で「まずは一回」と唱える。
「あのね、リリーシア。無理矢理に奪われたら気分が悪いのよ。でも、あげた後にちゃんと『ありがとう』って言ってもらえたら。あなたにあげてよかったってわたしも思うの」
「えーとお?」
リリーシアはウィスティリアの言った言葉が理解できないようで、首を傾げた。
当たり前のことが理解できないのだ、リリーシアは。
欲しいと言って、奪って。また欲しいと言って、奪う。
奪えなければ泣き叫び、奪えればご機嫌になる。
その繰り返し。
だけど、今度の人生ではただ奪われるつもりはない。
(奪われた分の『対価』を支払ってもらう。その支払いの時までは身勝手に楽しく生きるといいわ)
何をどうするのかは、すでにガードルフに告げた。
そして、ガードルフは面白いなら力を貸すと言ってくれた。
まずはそのための下準備。もしくは布石を行う。
「難しいことは、良いのよ。リリーシア、わたしのモノはあなたにあげるから、『ありがとう』だけ、言ってくれる?」
「えっと? もらったら、ありがとうって言えばいいのね?」
「そう、『ありがとう』それだけでいいの」
ウィスティリアは、心の中で「これで二回目」と数えながら、もらった誕生日のプレゼントが並べてあるテーブルのほうへ、リリーシアの手を引いて連れて行った。
「ここに並んでいるわたし宛のプレゼント。リリーシア、他にも欲しいものはある?」
「じゃ、じゃあ、この指輪っ!」
リリーシアは言うや否や、指輪をがっと掴んで取った。
「いいわ、あげる」
「やったあっ!」
「リリーシア。やったあ、じゃなくて。モノを貰ったらなんていうのかしら?」
「あ、そうだった。お姉様、ありがとう」
「はい、よく言えました。えらいわ、リリーシア。ちゃんと『ありがとう』が言えたわね」
「えへへへへへ」
「上手に言えたから、もう一つ、欲しいものを選んでいいわよ」
「えっ! ほんとう?」
「一つではなくて、二つでも、三つでもいいわ。ちゃんと『ありがとう』が言えるのならね」
リリーシアは、ウィスティリア宛の誕生日プレゼントを、そこに並んでいるだけ全て欲しいと言った。
ウィスティリアはわざと一つ一つ、リリーシアにそれらを渡して。そして、渡すたびに一回一回『ありがとう』とリリーシアに言わせた。
「今日のお姉様ってば、優しい~。リリー、嬉しい~」
ご機嫌なリリーシアに、ウィスティリアも笑顔を返す。
「喜んでもらえて嬉しいわ。ねえ、リリーシア」
「なあに、お姉さま」
「忘れないでね。『ありがとう』を言ってもらえれば、いつだって、わたしは、あなたにいろんなモノを喜んで渡せるの」
「うんっ! リリー、ちゃーんと『ありがとう』を言うわっ! たくさんたくさん言うからね!」
笑顔を向けはするが、瞳の奥は笑っていないウィスティリア。
けれど、リリーシアはそんなことには気が付きもしない。
「ねえ、リリーシア。そろそろグレッグ様やルーナンド伯爵家の皆様が到着するころだと思うの。玄関ホールのほうに行って、一緒にお出迎えしましょう」
たくさんのモノを貰ったばかりのリリーシアはご機嫌で「うんっ!」と返事をした。
まるで仲良しの姉妹のように、手を繋いで玄関ホールに向かうウィスティリアとリリーシア。
タイミングよく、グレッグとルーナンド伯爵夫妻、それにグレッグの二人の兄も到着した。
グレッグは、一度目のときと同じように、その手に白薔薇の花束を抱えていた。
ウィスティリアを見るや否や、大きな声を出す。婚約者同士の仲は良好だということのアピールなのだろう。
「やあ、ウィスティリア。我が婚約者よ。十五歳の誕生日おめで……」
「うわあああああ、素敵っ! 白い薔薇の花束ってっ! なんて大人っぽいのかしら、グレッグ様はっ!」
薄桃色の瞳をキラキラと輝かせて、グレッグに向かい、小走りに走っていく。まるで、妖精のように軽やかに。
「すっごいっ! こーんな大きな薔薇の花束、リリー初めて見たわっ! ねえねえグレッグ様、それ、ウィスティリアお姉さま宛のプレゼントよね」
「ああ。そうだよリリーシア」
「さすが伯爵家のお花は違うわぁっ! 花びらなんて艶々して、うちの子爵家の貧相な花とは全然違うっ! お姉様にお渡しする前に、リリーが持ってみたいっ! あ、ちゃんとリリーからウィスティリアお姉様に、後で返すから」
ウィスティリアが返事をする前に、グレッグが笑顔で答える。
「あはは、かわいいね、リリーシア。持ってみたいんだね」
「うんっ!」
右手はドレスのスカートを摘まむ。そうして、スカートの裾を翻しながら、くるりくるりと何度もその場で踊った。
「素敵な男の人からの素敵な花束っ! リリー、夢を見ているようだわっ!」
ウィスティリアは、ちらとグレッグの様子を窺う。
(恋する男の瞳ね。踊るリリーシアしか目に入っていないみたい。いえ、みたい、ではないはね)
ウィスティリアは、笑みが冷笑に変わらないようにと、注意して笑顔を保った。
「ああっ!」
踊っていたリリーシアが体勢を崩す。
「危ないっ!」
倒れかけたリリーシアの体を、グレッグが支える。
そのグレッグに、ぎゅっとしがみつくリリーシア。
二人の体に挟まれた白薔薇の花束が、ぐしゃりと潰れた。
「あ、危ないなあ、リリーシア。大丈夫かい?」
「え、ええ……。でも、足をひねったかもしれない……。
すごく痛いわ……」
潤んだ瞳。見つめ合う二人。
一度目と全く変わらない光景。
この後の展開も、きっと一度目と同じだろう。
ウィスティリアは、二人の様子をじっと見る。
(さあ、あなたたちに『対価』を払ってもらいましょう。『復讐』の始まりよ)