第1話 一度目の人生・欲しがりの妹
新連載です。よろしくお願いしますm(__)m
欲しがりの妹、婚約者も奪われる姉。
死んで、やり直しの人生……という、王道路線(?)を突き進みたいと思います!
「ずるいわウィスティリアお姉様! リボンくらいリリーがもらってもいいじゃないっ!」
銀糸で刺繍が施されている紫色のリボンを手に、甲高い声で叫ぶリリーシア。
(うるさい……)
ウィスティリアは奥歯をぎりっと噛む。怒りを、無理矢理押し込んで、ため息として吐き出す。
「……リリーシア」
「欲しいのっ! ねえ、いいでしょうっ⁉」
薄桃色の髪を振り乱して、床をだんだんと踏み鳴らすリリーシア。
ウィスティリアは額を抑え、ぱらりと額に落ちてきた前髪を掻きあげる。
薄紫色の長いウィスティリアの髪。
リリーシアが今、握りしめているリボンを使って、同系色のウィスティリアの髪を結ってみれば、似合いそうだ。そう思っていた。
だが、リボンはリリーシアに強く握りしめられて、ぐしゃぐしゃになってしまった。
(せっかくの誕生日の贈り物なのに……)
正直なところ、リリーシアが「欲しい」と言い出すのは予測がついていたのではあるのだが。
ウィスティリアは、もう一度深く息を吐きだすと、リリーシアに告げた。
「……昨日、そのドレスを譲ってあげたじゃない。それだけじゃあまだ足りないというの?」
リリーシアが今着ているのは、青色のドレス。
ウィスティリアの十五歳の誕生パーティ用に、ウィスティリアが着るようにと仕立てられたものだったので、リリーシアにはずいぶんと大き目だ。
ぶかっとしてしまっているのを、太めのベルトで無理矢理に腰で止めている。ドレスに皺も寄っているし、リリーシアにはまったく似合っていない。
田舎の小娘が、女主人のドレスを借りて着ている感が否めない。
貴族とはいえ、ウィステリアとリリーシアの姉妹は子爵家の娘だ。
王族や高位貴族の令嬢のように何百着もドレスを用意できるわけはない。
だから、ウィスティリアにとっては一年ぶりに仕立ててもらった自分のドレス……のはずだった。
それを、妹のリリーシアは「欲しい」と言ってウィスティリアから奪い、このウィスティリアの誕生パーティに着て出席している。
似合う似合わないではなく、一番新しいドレスを着たいだけ、なのだろう。
ウィスティリアは、しかたなく、去年の誕生会に仕立ててもらったドレスを着ようとして……、それも去年、リリーシアに奪われていたことを思い出した。
去年までに奪われた幾枚かのドレスは、ウィスティリアにはもう小さく、着られない。それに返せと言っても聞くようなリリーシアではない。
「一度もらったものなのに、返せなんて。ウィスティリアお姉様は強欲ねっ!」
リリーシアはそう言うのだ。
(どっちが強欲よ。わたしのモノを、ほとんど全部、奪っていくのはリリーシアなのに)
仕方がなく、祖母が生前着ていたドレスを手直しして、なんとか着られるようにした。
古くて、やぼったくて、重たい生地のドレス。
それでも、着られるドレスがあるだけマシだと思うようにして、ウィスティリアは耐えた。
「今日はなにももらってないっ! それにウィスティリアお姉様は、こんなにも大勢の人からたくさんのプレゼントをもらっているじゃないっ! リリーはなんにももらえないのにっ!」
「……皆様、わたしの誕生日のパーティに来てくださった方たちなのよ。これは誕生日のプレゼント」
誕生パーティに招待しているのは、ウィスティリア自身の友人や知人というわけではない。父であるリード子爵と交友関係のある者たちがほとんどだ。
だから、楽しいものではない。
祝いの言葉を述べてもらい、礼を言って。そして、歓談をする。つまり、これは貴族として必要な社交なのだ。
そんな場所で、リリーシアに、プレゼントを寄越せなどと、泣きわめかせるわけにはいかない。
だが、リリーシアは場の空気など読むことなく、欲しい欲しいと繰り返す。
「誕生日だからってずるいっ! 全部お姉さま宛てっ! リリーのものは何一つないじゃないっ!」
「……来月のあなたの誕生日には、あなた宛てのプレゼントがたくさん贈られるわよ」
「来月っ! そんな先のこと、待てるわけないわっ!」
足で床を踏み鳴らしただけでなく、その床に寝転がって喚くリリーシア。
もうすぐ、あと一か月も経たずに十四歳になる娘には思えない。
ウィステリアは頭を掻きむしって怒鳴りつけたくなる。
だけど、怒鳴って叱ったところで無意味だ。
こうなったリリーシアは、欲しいと言ったものを与えるまでずっと泣き叫び続ける。ウィスティリアの言うことなど聞きもしない。
(お父様かお母様は……)
見回せば、父親も母親も、招待客の対応に追われて、リリーシアには気がついていないようだった。
いや、気が付いたとしても、ウィスティリアになんとかしろと言ってくるだけだろう。リリーシアが欲しいモノくらい、さっさと渡せばいいじゃないか。渡せばリリーシアは大人しくなるのだから……と。
「……わかったわ、リリーシア。そのリボンはあげる」
「本当っ⁉」
「ええ、だから、床に寝転がるのはやめて、立ち上がってちょうだい。お父様やお母様と一緒に、招待した皆様にご挨拶に向かわないと。ちゃんとしてね」
「えー、ご挨拶ぅ? じゃあ、あと、その指輪と~、金貨と……。うん、ここにあるプレゼント、ぜーんぶリリーにくれたら、ウィスティリアお姉様の言う通りちゃんとしてあげてもいいよ」
「なっ!」
ウィステリアはぐっとこぶしを握ってから、苛立ちを抑えつつ、言った。
「……去年もそうやって、わたしが頂いたものを全部奪ったのに。今年もまた、奪おうというの……っ⁉」
モノが欲しいわけではない。
しかし、自分の誕生日のプレゼントとして贈られたものが、また、過去に続いて今年も奪われるのは悔しい。
「だって、欲しいんだもん」
どうせ奪っても、リリーシアはすぐに飽きる。部屋のどこかに転がしておいているだけなのに。
「それにぃ、くれないって言うんなら、ここで泣き叫んでやるけど? 『お姉様がリリーに意地悪するのっ!』ってね」
勝ち誇ったように笑うリリーシア。
誕生パーティを無事に終えるには、リリーシアが欲しいというものは全て差し出さねばならないのか。
ウィスティリアは、奥歯を強く噛みしめながら「……わかったから、大人しくして」と告げるしかなかった。
猫カフェ話や別の話の準備もしつつの連載なので、基本的に2から3日ごとの更新となると思います。
のんびりお付き合いいただければ幸いです。