色々起きたっぽいサイバーパンクファンタジージャパンっぽい街で起きた吸血鬼とそれを狩る人達の決戦。
◇
──── フォーティス・ジョア・ワイルドハントは貴種……、吸血鬼である。戦力評価はA++、化け物と呼ばれるにふさわしい存在である。
彼が吸血鬼となったのは四百と数十年前、人が神を御旗に争っていた時代だった。
当時の彼は弱い神を崇める小国の王だった。王たる彼は幾度も戦い、勝ち、領土を広げ、やがて国は滅ぼされた。
それは当時ならばよくある話。彼の崇める神は殺され、彼もまた処刑される。歴史書の隅に小さく書かれるような、実にありふれた終わり方の一つ。……そうなるはずだった。
「あら? あんさんとーっても強いんやねぇ、どうや、吸血鬼なってみん? 今仲間募集しとるんよー」
男は吸血鬼となり、一夜で国を滅ぼした。同胞を、崇めた神を、全てを奪った国を滅ぼして一人生き残ってしまった。
それがフォーティス・ジョア・ワイルドハント、百鬼夜行の王と呼ばれる吸血鬼の始まりだった。
◇
深夜も深夜、草木も眠る丑三つ時。喧騒に溢れるニューヤオヨロズシティ、通称NYCの歓楽街のスクランブル交差点、その中心に白髪の豪奢な格好をした男が一人。
ヤクザか何らかの企業の重役、もしくは社長もかくやという格好のその男、フォーティスは徒手のまま、無言で立っている。立ち続ける。
信号が変わってなお動かない彼に痺れを切らした停車中の車の運転手が男に掴みかかりに行き、肉塊へと変わる。……否、怪物へと変わる。
「凡人にしては中々好い形に変わったではないか。ほれ、往け、一番槍は貴様にやろう」
悲鳴、慟哭、怨嗟、絶叫、断末魔。それらが街に響き、男は高らかに笑う。
「ははは、さて、それでは楽しい狩りの時間だ。思う存分暴れたまえよ」
──── 彼が手を広げるや否や獣と鬼の濁流が顕現し……、百鬼夜行が始まった。
◇
──── ヒムロ・イナビカリは執行者、NYCの治安を守る三人の最高戦力の一角である。
物心付いた頃からヒムロは他者と比べられてきた。それは彼に何か劣っている部分があったからでは無い。寧ろ、優れていたためだった。
本来数十年に一人産まれるような天賦の才を持って産まれてしまったが故に、千年に一人の天才と比較されてしまった。それが彼の悲劇だった。
……だが、彼はその状況でも常に気丈に振る舞い続けた。と、言うよりもそんなことは一切気にしていなかった。
「だってそんなこと気にしたって俺は俺じゃないですか。だったら俺ができることを精一杯やるだけっすよ」
そんなことを気楽に言って、彼は弱冠十六歳にして戦力評価A+、化け物さえ倒せる強さを手に入れ、NYCの人間では十指に入るレベルの力を手に入れて執行者に就職までしてのけた。
それでも尚、ヒムロ・イナビカリは未だ成長中である。
◇
「百鬼夜行ねぇ、そんな渾名を誰が付けたんだか。どう考えてもこれ百体じゃ済まないでしょ。万鬼夜行とかに改名すべきだろこりゃあ。……いつもの事だけど誰も反応してくれる人がいないってのは寂しいなぁ」
百鬼夜行が発生して一時間、人で溢れていた歓楽街は短時間で獣と吸血鬼の蔓延る死の街へと変わっていた。
「……うーん、まぁ全部殺せば解決なのか? そうだと信じよう。……まぁ広域殲滅は得意分野ではあるし頑張ろう。今日は二人もいるし負担は三分の一、程々に仕事してそんでもって元凶の百鬼夜行の王は使徒さん方に倒してもらえばオールオッケー花丸満点だ。気合い入れていくぞ! 」
人っ子一人もいない街に降り立ったのは年若い一人の青年。二刀を腰に差し、ファー付きの灰色のコートで身を包んだ姿はいくら秋の夜とはいえ少しばかり季節を間違っているような様相。
そんな彼、ヒムロは当然生きた人間であり、今の死の街にあっては異物。故に、万の鬼達は彼に一切の容赦をせずに命を刈り取りに向かう。
そうして、先んじて疾走する獣達が彼の首に牙を突き立てんと飛びかかった刹那、青年は刀を抜き放つ。
「おっと、もう始まるわけか。それじゃ氷結界展開!」
獣も、鬼も、ヒムロ以外の全ての動きが止まる。否、凍りつく。
疾駆する獣は落ちて割れ、鬼もまた動きを鈍らせ青年に首を刈られ砕かれる。死の街の一角はその瞬間文字通り沈黙した。
「さっみー! もっと暖かいコートが欲しいよ俺!!」
◇
──── ニルマータ・プレイ・ドラウンドは貴種であり使徒、吸血鬼という異端の中の存在のさらに異端。吸血鬼を狩る吸血鬼である。
彼の過去の多くは秘匿されているが、一つ分かっていることは彼が血を吸わないという制約を自らに課しているということ。
その代償を基に奇跡を身に宿し、彼は人に在らざるモノでありながら同族を狩り続けている。
◇
「これはひどいね。おじさんグロいの苦手だから困っちゃう。まぁこのサングラス自動的にモザイク補正かけてくれるんだけどさ」
「ニル、うるさい。斬るよ」
「ちょっと、やめてよ! おじさん貴種ではあるけど吸血鬼だからレギナちゃんに斬られたら死んじゃうんだから! いや、普通の人も死ぬか。ははは。痛っ! グーはダメだってグーは!」
執行者達が百鬼夜行を街の外に広めまいと戦っている最中、静まり返った……、いや、正確に言えば殲滅が済んだ街を歩く二人の男女。男は徒手で、女は帯剣をしている。
二人は使徒と呼ばれる存在であり、教会の最高戦力である。話す内容はとてもそのような肩書きに見合ったものとは言えないが。
「……それで、今回は超大物の百鬼夜行の王、フォーティスが相手ってことか。あの吸血鬼おじさんより年上だしこれってオヤジ狩りとかになるのかな? そう考えるとちょっと気が乗らないなぁって痛ぁ!」
「口を回す暇があったらさっさと足を動かす。本当に斬るよ」
「またまたー、おじさんこれでも教会の最高戦力だからね。いくらレギナちゃんでもこんなところで戦力を減らすような真似は……、って嘘!? なんで剣抜いてるの? おじさん本当に斬られる? 儚い命だったなぁ……」
ふと、二人の足が止まり、レギナと呼ばれた女が抜剣する。
「ニル、ふざけないで。わかってるでしょ」
「まったく、冗談通じないんだからさ。噂の本人と早速エンカウントしちゃったね。幸先は上々って訳だ。えーっと、そこの人、お名前フォーティスさんであってる?」
二人の近くに歩いてきたのは豪奢な服装をした白髪の男。一般人であるとは口が裂けても言えないような威圧感を放ち、片手で大剣を構えている。
「いかにも。余がフォーティス・ジョア・ワイルドハントである。余の部下が殺されているのを感知して来たが、貴様らは協会の人間……、それと吸血鬼、いや貴種か? 随分と珍しい組み合わせがあったものだな」
「まぁね、おじさん悪い吸血鬼じゃないんだ。でも僕のお仕事は悪い吸血鬼をやっつけることだからさ、……抵抗せずにおじさん達に殺されてくれない?」
「ははは……、不敬だぞ。そこな女共々、死ぬまで殺してやろう」
「いいねぇ、話が早い! レギナちゃん、行っくぞー!」
「……話してる最中に不意打ちすべきだったのに」
◇
──── レギナは使徒である。
彼女は聖女候補として産まれ、その中でも際立って高い素質故に聖女に待ち受ける筈の死の未来を回避し、使徒となった。
それを喜ぶには彼女は優しすぎて、それを悲しむには彼女は賢すぎた。
彼女は使徒となるにあたり、奇跡を手に入れるために肺機能の一部と腎臓機能の一部を捧げた。その影響で彼女は息切れを起こしやすく、週に三回の人工透析を行わなければ血が濁ってしまうような状況、本来戦いなどしては行けない肉体となった。
それでも尚、使徒となってからの彼女は吸血鬼を狩り続けた。それが人の為になるから。彼女が身に宿した奇跡が彼らに対する最強の矛であったから。
彼女は使徒レギナ、その異名は『吸血鬼の天敵』、或いは『失血死』である。
◇
剣と剣、そして拳が交わってフォーティスの身体に幾つか傷が刻まれていく。豪奢な衣装が破け、斬られた肉体からは血が流れ、されどその傷は直ぐにふさがっていく。
「ふむ、やはり中々強いな。流石教会の人間だ。余も決して弱い部類では無いと自負しているが貴様らのような一流と比べれば流石に劣るか。……、……?」
フォーティスが後ろに跳び、大きく離れ距離を取り……、そして膝から崩れ落ちる。
「エネルギーが少なく? 再生に使ったにしては……。そうか、貴様、『失血死』か」
「……」
問いかけに対し、レギナは無言を貫く。
「沈黙は肯定と看做すぞ?」
「私、失血死? なんて知らないよ」
「レギナちゃん、嘘はやめよう。バレてるからね。意味ないからね」
「……。そうよ、私がレギナ。失血死の奇跡を見に宿した使徒。貴方たちの天敵よ」
レギナが問いかけに対して肯定をすると、フォーティスもまた、大きく頷く。
「……やはりか。まさか我らの最大の障害にこのような時に見えることができようとは。僥倖よ。では、切り札の一つを出すとしよう」
「少し? おじいちゃん戦力の逐次投入は下策だってご存知ない感じ? 」
「ニル、うるさい」
ニルマータに対応しながら不意打ち気味にレギナが振るった刃を躱し、フォーティスは懐から一本の槍を取り出す。
──── それは、貧相な槍だった。
白木で作られた棒と、その先に小さな刃が付いた、旧時代の槍と言わざるを得ないモノ。それがフォーティスの出した切り札だった。
「それは……?」
「始槍、アメノヌボコ。かつて王位の二が世界を拌ぜた槍だ。こいつの力は……、見た方が早いだろうよ」
フォーティスが槍の穂先を天に向けたかと思うと、周囲に轟音が響く。それは下からでも横からでも来たものではなく、上から来たもので。
「防いでみたまえ、使徒諸君」
「……なんてこった、空が堕ちてきやがった」
まさに超常と言わざるを得ない攻撃が使徒達に降り注がんとしていた。
◇
──── ハルコ・ジンバはサムライであり、執行者である。
今年で九十八歳、もうじき年齢が三桁の大台に乗り、曾孫さえも何人かいる彼女はその歳でありながら、『刀王』とも呼ばれ、NYCでも十指に入る実力者だ。
最近は寄る年波には勝てない、常に体調がちょっと悪いとあまり前線に出ることは無いが、その技には未だ翳りは無く……。
彼女は目に見える物ならば総てを斬ることができる。
◇
「すまんね。お前さんたちはもう変えられちゃったんだ。斬ることでしか救えないよ」
桜色の着物を羽織った老婆の刀身が閃き、その軌跡、そしてその先にあったものまでが両断される。
死の街の一角。そこでは輪切りになった獣と鬼の屍山血河が形成されていた。
「しっかしこんな重労働、老骨が折れちまうよ。年寄りはさっさと引退すべきなんだ。そうは思わないかい、シューちゃん」
そんな惨状を作り出した老婆は、息も切らさずに呵々々と笑い、傍らに立つメガネをした金髪の女性に語り掛ける。
「コハルさんが引退したらヒムロがいよいよ過労死するので死ぬまで働いてください。シューちゃんじゃなくてシュテルンです。ちゃんと名前で呼んでくださいね」
「わーってるよ別に。呼びやすいからそう呼んでるだけさね。しっかし執行者が珍しく三人集まってやることが雑魚散らしたぁ悲しいよ。昔は執行者と言えばねぇ……」
「その話千回は聞きましたからね。もう暗誦できますよ」
「おおそうかい! なら言ってみんさい、採点してあげるからさ。満点なら飴ちゃんあげるよ」
「ほう、飴ちゃん……。それじゃあやりますか」
金髪メガネの女性、シュテルンが目を閉じ口を開こうとしたその時、空から音が響く。
「一応言っておきますけど私これに関しては何もしてませんよ。使ってません、星杖」
「わーってるわーってる。単純に空が堕ちてきただけだよ。ってことは吸血鬼の奴さんかなり追い詰められてるらしい。シューちゃん、あっちはどんな状況だと思う?」
空が堕ちる。正確に言うならば、この死の街を覆う空の一部が質量へと変換され、加速して落ちてくると言った方が正しいだろう。真下に人間がいるならば確実に死は免れない。
「今回あっちで戦っている使徒は『失血死』、命そのものを削る吸血鬼の天敵です。フォーティスに際立った個の武勇の逸話は無いですし……、追い詰められていると見るのが妥当でしょう。となるとこの仮称空堕としは攻撃ではなく自爆覚悟の逃走の手段。……蘇生には時間がかかりますからね」
「そうさね。死なないための自爆は協会の十八番だけどまさか吸血鬼側がやるとは思わなんだ。どうせ使徒共は逃げずに最大限奴さんを削ろうとするだろうし、少し手助けしてやるとしよう」
──── ハルコは空を見て笑い、助走をつけて跳ぶ。
「シューちゃん、余りは任せたよ。上手くできたら飴ちゃんあげるからね」
ハルコ・ジンバは空を飛ぶ、否、空を跳ぶことができる。
彼女が斬ることができるのは目に映るもの総て。それは空気すらも例外ではなく、大気そのものに断面を形成することで足場とし、それを踏むことができる。
それは彼女にのみ許された絶技であり、その姿を見た都市の住民に彼女は畏敬の念を込めてこう呼ばれることもある。『空を駆けるババア』と。半ば妖怪扱いである。
「誰がババアだ。……私さね。昔は空を駆ける美少女侍って呼ばれてたのにねぇ」
そうぼやきながら老婆は天高くまで駆け上がり、──── 一太刀で天を割った。
「さて、後はシューちゃんと使徒の御二方に任せちゃおうか。流石にちょっと疲れちゃうさね」
老婆は割れた天をさらに細かく切り刻み、その破片達が天からの幾本もの光に焼き払われたのを見て、呵々々と笑ってみせた。
◇
「……馬鹿な、天が……、割れた……っ!? これは始槍の権能だぞ!!」
「お爺ちゃん知ってる? 最新のものが常に最高で最強なんだぜ。俺らみたいな老人も価値観アップデートしてかなきゃいけないとは思わない?」
「でもニル何もしてないよね?」
舞台は戻りフォーティスと使徒との戦いへと。ハルコの読み通り、使徒二人は空が堕ちるまでに吸血鬼の命を可能な限り削ろうと戦闘を継続していた。
「それは言わないお約束! まー、執行者の人が何とかしてくれたんでしょ。あの空を駆ける美少女侍って言われてる人がさ」
「なるほど。ん、死亡回数が一回減ったから後でその人に感謝しとく」
「そうそう、それでいいのよ! まぁ、それじゃあ第二ラウンドと行こうか。お爺ちゃんもそろそろここが今際のキワッキワだと自覚しときな」
大剣と槍、便宜上二刀流と呼ぶべきであろう武技も二人の使徒の前では力不足と言わざるを得ず、フォーティスの身体には多くの傷が残っているような状況である。
敗色濃厚。それが彼の出した結論であり、それは個人の戦力のみならばA+が妥当とされる彼の評価をA++まで引き上げた彼の固有因子の力を、狩りではなく戦闘のために使うことを決意させた。
「……ならば仕方ない。遊びは終いだ、百鬼夜行の真髄を見せてやろう。来い、同胞よ」
フォーティス・ジョア・ワイルドハントの固有因子、名を『百鬼夜紅』と言うそれの力は大きくわけて二つある。
一つ目は彼や彼の直系の吸血鬼が作り出した血なしを獣の形に改造するというもの。そして、もう一つは彼の血の中に圧縮した吸血鬼や血なしを収納出来る、というもの。
この戦いで彼が流した血は相当量に及び、その血の中から目覚める彼の同胞の数は、……数万体に及ぶ。
◇
「ははは……。んだよこれ。大人気ミュージシャンのライブ会場かっての。百鬼夜行ってやっぱ過小評価だろ絶対」
「ニル、苦しい。離して」
フォーティスの言葉の直後、ニルマータはレギナを抱えて高い建物の上に飛び乗りなんとか難を逃れることが出来た。もしも逃げるのが遅れていたらニルマータはともかくレギナは数の暴力をマトモにくらい死んでいたに違いない。彼の手に力が入る。
「苦しい、離せ。斬るよエロ吸血鬼」
「おーっと、済まない。レギナちゃん羽のように軽かったからさ。ご飯食べてる?」
「今朝もしっかり栄養食食べてきた。めちゃくちゃ不味いよあれ」
「そっかぁ、反応に困るからこの話もうやめようか。おじさんもよく考えたら食事殆どしないから何が美味しいかとかわかんないし」
建物の上から街を見下ろせば鬼、獣、鬼、鬼、獣。街の外に出してしまえば先程まで以上の大災害間違いなしの惨状が拡がっている。しかもその全てが自分たちに殺意を向けているのだからまぁ大変だ。B級の人間だろうがそれらと戦えば百回は死ぬに違いない。
「失血死、貴様は確かに吸血鬼の天敵だ。だが、それはあくまで一人の吸血鬼を相手にする前提のものだろう。貴様にはこの万軍を超えることはできまい? 数の力で散るがよい」
万軍の中心、そこにフォーティスは獣を椅子として寛いでいる。その姿はまさに百鬼を率いる王そのものといった具合。
「うわー、あのお爺ちゃんすっごいやられ役っぽいこと言ってる。オマケにおじさんのこと無視してる。悲しい。まぁ確かにおじさん一人があの数の血なし軍団with吸血鬼を全員ぶちのめすってのも難しいけどさ」
「ニル、やれる?」
「話聞いてた? おじさん貴種の中ではそれほど強くないのよ。固有因子も使えないからあの量を素手でぶちのめすとか一苦労だって」
「冗談言いすぎ。今がチャンスなんだから、……奇跡を使っていいよ」
「よしきた! その言葉を待っていた! それじゃちょっとレギナちゃん離れててね。おじさんが狼さんになっちゃうから。……もちろん比喩ね」
「さっさとやれ」
「ちょっ……!」
ニルマータが意気込むや否や、レギナは彼を建物の上から蹴って落とし、……吸血鬼は落ちながら彼が見に宿した奇跡を発動させた。
◇
万軍が一瞬にして壊滅する。フォーティス・ジョア・ワイルドハントの長い吸血鬼生の中でそのようなことが起きることは決して無かったわけでは無い。
例えば全てが陽に焼かれる、全てが凍りつく、全てが極光で消滅する。そのように力によって正面から捩じ伏せられることは幾度かあった。
─── だが、此度のそれは明らかに異常だった。
「……全ての同胞が無傷のまま死んでいる、だと? 貴様、何をした」
「簡単な話だよ。俺らみたいな終わってる生き物は陸で溺れて死んでしまえばいい。それだけだ」
「余が思うにそれは説明になってないぞ」
「…………。ちょっとカッコつけさせてよお爺ちゃん〜。じゃ、後はレギナちゃんシクヨロ。おじさん疲れちゃった。お爺ちゃんもそうでしょ?」
失血死が明確な殺意を持ち、刃を手に飛んでくる。
迎撃を……、血が足りない。いや、逃走すべきか? いや、血が足りない。天を堕とすのは体力消費が多すぎる。喉が渇いた。それに再度使ったところで天を割られたならば意味は無い。血が欲しい。呼吸が苦しい。失血死は人間、奴から血を……。吸えば……。
……レギナの刃が、フォーティスの身体に届く。
「血が……足り……。……っ!」
衝動に侵蝕され鈍くなった肉体に喝を入れ、二撃目はどうにか防ぎ、出血死を弾き飛ばすことに成功する。血が足りない。
「そこの貴種の使徒、これが貴様の奇跡か」
「そうだね。おじさんの奇跡は『溺死』、吸血鬼の衝動を暴走させてそれ以外考えられなくするっていうものさ。血を流しちゃった身体には効くよね、それ。それこそ呼吸さえも忘れちゃうほどにさ」
「……ふむ。教会は余をそれほどまでに殺したかったか。いや、当たり前か」
「一応言っておくけどおじさんは別に教会の隠し球とかじゃないからね。ただ奇跡の致死性が高すぎて名前を知られる前にみんな死んじゃうだけなんだ。……おかげでお爺ちゃんみたいに侮ってくれるから助かるのだけどもね」
「ははは、そうか。ちなみにこの奇跡、貴様も影響の範囲内にいるのだろう、溺死よ」
「ご明察。まぁおじさんは慣れてるからね。こういうの。……じゃあ後は緩やかに死んでくれ」
そうニルマータが高らかに勝利宣言をした瞬間に一発の銃声が鳴り響き、彼の肉体に弾丸が突き刺さった。
「……銃弾? おじさんも貴種だからこの程度は効か……ってうわあああああ!!?」
「ニル!?」
弾丸を受けたニルマータ、平然としていた彼の肉体から、鉄杭が何本も生え、一瞬にして彼の姿が人型から不気味なオブジェクトへと変わり、やがて一本の鉄塔となる。
「やはり、奴がダメージを受ければ奇跡は弱まる、か」
「……それ、何?」
「娘の固有因子の産物だよ。人に使うには些か火力が高すぎるが吸血鬼には効く。それでは余は失血死、貴様を倒してここから去ることにしよう」
「できると思うの? お前単体でも今の私よりは弱い。お前が仮にさっきのように配下を出してもニルの溺死が適応されてる今ならソイツらは木偶の坊だよ」
「……できるとも。余はフォーティス・ジョア・ワイルドハント、百鬼夜行の王にして都市を滅ぼす吸血鬼! 」
フォーティスが大剣で手首を切り、地面に血を垂らす。
「何を……?」
「簡単な話だ。お前の刃が届かなければ余は死なん。それだけだ」
流れ出る血にフォーティスはアメノヌボコを突き刺して、混ぜ、それを身体に纏わせる。
「あの小娘のようで気に食わんが……、大きさは強さだ。踏み潰されろ、失血死」
──── 獣、鬼をかき集め一つのカタチに纏め、形成し、天を衝く異様の巨人が死の街に顕現した。
◇
「さて、これならば失血死も効果はあるまい、死んだ百鬼から切り捨てていけば、それだけでお前は無力だ。勿論、逃げてもいいぞ」
──── 不味い。これはどうしようもない。
顕現した巨人の頭の部分から響く声。目の前に立つ、フォーティスの意のままに動く万の鬼の集合体。目算標高百メートル。
足元から崩して言ったとしても頭までいくにはどれくらい殺せばいいのか。この弱い肉体がそれに耐え切れる筈がない。
「……詰み、か。」
巨大な足がこちらに迫る。避けて足を切り付ける。全く効いた感覚がない。ケバブでも切っているような感覚だ。……お腹すいてきた。
……正直なことを言うと、先程は余裕があるように振舞ったが、私の肉体はもうここまでの戦闘で限界に達しようとしている。これは誇れることでは無いが、肺機能が弱いせいで体力が無いのだ。ほら、視界が明滅し始めた。
立ちくらみ、どうやら血も濁り始めた。剣を支えに立つ。……正直、こんな体調で戦うなんておかしいんじゃないだろうか。気が狂ってる。
「……諦めたか? まぁいい。潰れろ」
天から足が迫る、痛いのは好きじゃないけど、避けなくてもいいか。避け続けてこの体調がバレてアイツに手ずから吸血鬼にでもされてしまったらちょっと困る。
……ごめんね、ニル。あとは頑張って。先にちょっと死んでる。
圧倒的質量がそのまま私を押し潰す……、その寸前で、その質量は凍り、砕けた。
「おっと! 大丈夫っすか使徒の人!! 大怪獣が見えたので一応助けに来ました! 執行者のヒムロです!!」
「執行者……、手数が増えた。……、ヒムロ、アレ倒せる?」
「なんかこの使徒無茶言ってくる!!!」
◇
砕けた足はすぐに再生し、既に巨人は五体満足へと戻っている。
振り下ろされる腕と足をどうにか避け、使徒と執行者は巨人をどう倒せばいいのか思案する。
「あの凍らせるやつ、あれの全身にできる?」
「無理っすね。さっきまでの雑魚散らしでこの刀のエネルギーはだいぶ使っちゃいましたから。一応もう一方はエネルギー残ってますけどこういう相手と戦うには不向きっすね」
「そっちは、どんなことできるの?」
「電気っす。基本的には無理やり体を動かす用っすね。あとほうに持ってる武器はレールガンくらいです。変形させれば鉄骨くらいならとばせますけど……、流石にきついっすねこれだと。一時引きましょ。他の執行者も来てるんでそこで何とかできるはずです」
「いいや、ヒムロの武装を聞いて決めた。今、ここでアイツを倒す。きっと倒せる。他の執行者には私の補助をするよう言っておいて」
◇
執行者と名乗った青年がなにやら武装を展開する。簡易的ではあるが、それはまるで大砲のような武装。
……砲門を向けられた経験など幾度もある。本来なら無駄な足掻きと一蹴するところだが、この状況下で執行者がやっていることなのだ。無視すべきでは無い。
故に、直ぐに叩き潰す。
そうして拳を振り下ろして……。
◇
「そのレールガン、それで私を射出して」
「はぁ!? これがどんだけ早いか知ってるんすか? 空中でバラバラになりますよ! というか仮に届いたとしても防がれて終わりです!」
「執行者の強さは信頼してる。できる、でしょ?」
「はーーー、わかりましたよ。やればいいんすよね、やれば! もしダメでも責任は取りませんからね!」
「ありがと」
かくして役者は揃い……、最後の激突が始まる。
◇
──── 一手。
「この仕事量はお菓子詰め合わせセット、ですからね」
砲門へと向けられた拳。それが彼方からの光により軌道を変える。
──── 二手。
「ったく、老骨に一日何回無茶させるんだい」
危機を感じ、一歩引こうとする巨人の胴体を空を跳ぶ老婆が両断する。
──── 三手。
「グッドラック! 使徒さん!」
若き執行者の手によって、光の矢が極超音速、マッハ6で逃げ場を失った巨人の頭に向けて放たれる。
──── 三.九手。
吸血鬼は防御のために巨人を構成していた百鬼の形を変えようとし、
「……、おじさんのこと、忘れてたでしょ」
その全てが異端の吸血鬼により無為に帰した。
──── 死手。
「枯ね! フォーティス・ジョア・ワイルドハントッ!!」
その刃は音よりも早く吸血鬼の心臓へと届き、音と共に、その命の終わりを告げた。
◇
「──── 見事だ。よもや、余が敗れるとはな」
日が昇るのが見える。夜明け、か。俺はあれが大好きだった。だって、彼女がそばに居る気がしたから。
あれが嫌いになった。彼女を思い出してしまうから。
「あぁ、長い夜だった、本当に。……すまない、ラフィ」
──── すまない、サン。俺は、お前のことを……。
最期の呟きは誰に聞かれることも無く、百鬼夜行の王は暁と共に塵となって、消えていった。
◇
──── フィフティナ・ジョア・スカイスクレイパーは上級吸血鬼であり、敗残兵である。否、正確に言えば戦いに参加すらできなかった銃後の存在である。
彼女はフォーティスの数いる直径の吸血鬼、『子』と呼ばれる存在の一人であった。そう、これは過去形である。
使徒と執行者にフォーティスが討たれてから彼女は一人きりとなった。
他の『子』は皆あの時の狩りに参加していたというのに、彼女だけは他の街に居たがために、死の機会を逃してしまった。
故に、彼女は死に場所を求め、人を殺す。
◇
「ま、まさか吸血鬼……!」
「そのまさか、よ。死になさい。人間」
都市の路地裏、治安がお世辞にも良いとは言えない地域に少女が一人。それと、奇怪なオブジェが複数体。
そのオブジェ……、鉄杭の刺さった人間は体の中で肥大化する質量に耐えきれず、血を流し爆ぜ、その血を吸い、結合し、杭は大きくなっていく。……それはまるで天を裂く摩天楼のように。
「待っていなさい使徒共。絶対に私が血無しにして殺してやる」
──── 彼女の顛末については、ここで語るのは無粋というものだろう。
……マジで内容わかんなかったと思います。