ひとりぼっち(?)の鬼
春星高校、2年5組。
放課後の教室にはほとんど誰もおらず、窓の向こうからは運動部の掛け声が聞こえていた。
残っているのは、最後列窓側の席に男子二人だけであった。
「それで目撃例をまとめてみたんだけどさ、これが結構な数なんだよ」
一つ前の席に逆向きに座った茶髪の男子が、手帳をめくった。
「子どもの幽霊、美少女幽霊、巨大な犬のバケモノ、ポルターガイスト。どう思う?」
最後尾窓側の席に座っているのは、座っていても背の高いことが分かる男子だった。
前髪が長く、目元まで隠れている。
しかも肉体も鍛えられていて、自然と威圧感が放たれている。
その目、鬼の目ともいわれる四白眼がギョロリと茶髪男子を見下ろした。
「ポルターガイストは昼間だけだな?」
「お、分かるのか」
「心当たりがある。子どもと女の子の幽霊は問題ない。安心しろ。基本的には無害だ」
「お、マジかよ。さすが霊能力者。やるねー。犬は?」
「気にはなるが、俺がどうこうするものでもないだろう」
ふん、と巨漢男子は鼻を鳴らした。
茶髪男子は席を立った。
「確かになー。んじゃ、サンキュ。今度、ジュースでもおごるよ」
「好きにしろ、物好きめ」
茶髪男子は巨漢男子に笑って、教室を出て行った。
茶髪男子は、待っていた帰宅部の友人二人と夕暮れの廊下を歩く。
「タックさー、よくアイツと話できるよな? 怖くねーの?」
「あー、いや、普通の奴だよ。ちょっと雰囲気おっかなくて、ぶっきらぼうだから勘違いされてるけど」
友人の問いに、茶髪男子、宅間竜造ことタックはヘラッと笑った。
もう一人の友人も、不安そうにしていた。
「でも、よくブツブツ言ってるし、目ぇ、隠れて見えねーし、やっぱ怖くね?」
「うーん、それはなー……色々あるんだよ。とにかくオカルト関係なら、話できるし……」
タックは少し考え、天井を見上げた。
「……他の話題、そういやねーな」
「「そこはフォローしといてやれよ!!」」
友人二人が揃って突っ込んだ。
タックは、幼馴染み――田中喜一が一人ポツンと残っている教室をソッと振り返った。
自分の性格がチャラい自覚はあるが、さすがに人の死が絡んでいる話題は軽はずみに出せないタックであった。
田中喜一は、タックの幼馴染みである。
とはいっても、小学校の時はクラスも違い、同じクラスになったのは中学校に入ってからだった。
ただ小学校の頃から喜一の背は高く、目立っていた。
白目の部分が大きく黒目の小さい、四白眼は見る者を自然と怯えさせ、そういう意味でも有名だった。
だが、喜一の周りには常に一人の女の子がまとわりついていた。
鈴木環。
喜一の、隣の家に住んでいた子である。
見た目は清楚な美少女、中身は色々残念な彼女もまた、目立つ女の子だった。
仲はよかったのだろう。
彼女のおかげでか、喜一の威圧的な雰囲気はあっても、今よりは控えめだったし、それなりに友人もいた。
けれど、環はもうこの世にはいない。
小学校三年生の時、あっけなく事故で死んでしまったのだ。
それから、喜一は奇行が目につくようになった。
一人でブツブツ独り言が増え、時折フラッと消えたりするようになった。
元々、環の縁でできていた友人達も次第に離れていき、今の喜一となったのだ。
……まあ、今のクラスは変わり者が多いので、完全に孤立しているということはないのだが、遠目からはやはり「怖い」「ヤバい」という印象が拭えないのだろう。
彼女の一人でもできれば変わるのかもしれないが、一番仲のよかった幼馴染みのことを知っているタックとしては、それを口にできるほど無神経ではなかった。
2年5組の教室。
周りに人気はない。
田中喜一は天井を見上げ、呟いた。
「……噂になってるってさ」
すると、空中を泳いでいた少女が太陽のような笑顔を浮かべた。
「聞いた? 美少女! 美少女幽霊だって!」
春星高校のセーラー服に身を包んでいるが、籍は置いていない。
そもそも、もはや籍がない。
身体は半透明だし、足下はうっすらと消えかかっている。
「ゆうれい。そこ。そこに注意しような。ポルターガイストの噂も、環、お前の仕業だろ」
「ぶぶー、まるで私が元凶みたいに言うのやめてくれます?」
頬を膨らませる田中環。
旧姓、鈴木環であった。
もっとも死んでいるので、あくまで自称である。
「違うのか?」
「ちょっとピアノ弾いてみたり、シンバル叩いてみたりしただけじゃん」
「普通に元凶じゃねーか。お義母さんに言いつけてやる」
「ひぃん、ちーちゃん、キー君がいじめるよう」
ふわりと出現した、三歳の幼女を抱きしめる環。
田中千聖。
喜一と環の間にできた子どもである。
当時、喜一はまだ中学生。
喜一を通じて既に幽霊となった環のことも受け入れていた田中、鈴木の両家を巻き込んでの大問題となったが、別の意味でも大問題である。
人間と幽霊の間の子どもなのだ。
そりゃあもう、大問題である。
「三歳児を盾に取るなよ」
嘘泣きをする環を庇うように、千聖は喜一の目の前で両腕を広げた。
「パパ、ママいじめちゃめっ」
「いじめてません。悪いのはママの方です。学校じゃ騒いじゃダメって、俺言っただろ。ちーは守ったけどママは破った。ママが悪い」
キョトンとした千聖は、すぐに環を振り返り、指を突きつけた。
「ママ、めっ!」
「ひぃん!」
環、娘に叱られガチの涙目であった。
「ざまぁ」
喜一はせせら笑った。
喜一は、夕日のオレンジ色が強まってきた廊下を歩いていた。
一人に見えるが、正確には三人いる。
「とりあえずウサギのバケモノが気になるな。怨霊の類だったら何とかしないと」
「うさちゃん、タイジするの?」
「場合によってはね」
眉を下げる千聖の頭を、喜一は撫でた。
宙に浮かんでいるので、わざわざ喜一がかがみ込む必要がないのだ。
「……仲良くできるなら、その方がいいんだが」
「うん!」
喜一の言葉に、千聖は目を輝かせた。
その喜一の視界を覆うように、環が浮遊してきた。
「はいはいはい! キー君、わたしワンちゃん飼いたい! ウォンバットでもいいです!」
「……さらっと、輸入禁止の動物を入れるなよ」
「テレビで見て可愛かったの! ちーちゃんも一緒に見てたよね?」
「うぉんばっと、かあいかった!」
「……ウォンバットの幽霊がいるなら、話は別だが、そうでなきゃ普通に却下な」
苦笑いしながら、喜一は環を見た。
「キー君、何ー?」
「……ペットもいいけど、ちーちゃんの友達も欲しいなと思った。何しろ、法的には認められない存在だからな」
近づいてきた環に、喜一は小声で言った。
すると、環はコテンと首を傾けた。
「ちーちゃんの友達、結構いるよ?」
「そうなのか?」
「そうだよー。誰の子だと思ってんの?」
「俺」
「……それは、不安要素の方だね」
「フォローしろよ」
「無理。どっちかっていうと、キー君が友達を作るべきだね。タッ君は話しかけてくれるけど、ほとんどボッチじゃん!」
「そうはいうけどなあ……言うほどボッチじゃないだろ」
「友達いないでしょ?」
「……でも、家族はいるだろ」
「ああ! 今ちょっといいこと言った風な顔した! それとこれとは別なんだかね」
「パパ、ママ内緒話はだめー!」
そんなことを笑い合いながら、田中家の三人は笑うのだった。
分かる人には分かる、昔の某作品のセルフパロディです。
あと、数時間後、ペットが手に入ります。
一応今月、原稿用紙五枚以上のラブコメを書くように、と色々あってそういうことになったので、書き上げました。
……ラブコメか、これ?
ノリ的にはツイッターで時々流れるマンガみたいな感じを目指しました。
また書くかどうかは不明です。