三幕─2
「───我が婚約者殿の功績と影響力は皆も十分理解してくれているようだが」
あざやかな眼差しと絶対の王者のお声が響き渡りました。階下の敬服が込められた視線は、一心に殿下とわたしに(まで…)集まります。
その中で唯一、呆然としたアイリーンさまへ殿下は視線を落とされました。
「中にはまったく知ろうともしなかった者もいたようだね。それこそ、分をわきまえよと言いたいところだが───。それがかろうじて、あなたの罪状を一つ減らしたようだ、アイリーン嬢」
「なんのことですの………」
もはや毒気を抜かれた態でつぶやかれていました。殿下の眼差しは鋭くその背後の男性へ向けられます。
ヒッと息をのむ声がここまで聞こえました。
「一月前、王家の秘宝と認定されている英雄王時代の陶磁器、ツェルガが発見されたとカスール伯爵より王家へ献上があった。鑑定士も本物だと鑑定したものだったが………エリィが贋物だと見破った。───では、カスール伯や鑑定士が王家を騙そうとしたのか?鑑定士はともかく、代々忠義の家系として有名なカスール伯爵が?」
問い掛けるというよりも、皆に言い聞かせているような口調でした。視線はパルカス子爵に据えられたまま動きません。
「それで詳しく調べて行くと、最近王都内でも貴族や商人の間で美術品収集や展覧が流行っているが、贋物騒ぎも頻発している。黒幕は一つのようだがなかなか尻尾を出さない。そんな時、泳がせていた鑑定士が不審死を遂げ、エリィの周辺に不穏な影が出た。
───ツェルガの贋物でカスール伯爵を貶めるはずが、見破ったエリィに対する逆恨みか、それとも、彼女がいなければ己の娘がその地位に就けるとでも思ったのか。どちらかな、パルカス子爵」
呼びかけられた男性は兵士に拘束されたまま、器用に飛び上がりました。
「わ、私はなにも知りません!いったい、なんの証拠があってそのようなことを………!」
「確かに。それには本当に私も手を焼かされたよ。きみの娘が私に近付いてきた時も、きみの差し金かとも思ったが、さすがに娘に悪事のすべてを知らせてはいなかったようだね。まあ……、薔薇園の侵入者の件や毒物の関与等は父娘の共犯と見なすが。
───アイリーン嬢は色々と語ってくれたよ。カスール伯爵本家との確執を訴えて私に恩情を求めたり、パルカス子爵家は分家に組み込まれるよりも昔、元は西方諸島の出だったとか、そこから伝わった技法で木彫り細工を得意とする職人を、いまでも召し抱えているのだとか───」
ふるえ上がった子爵の顔色は、いまや紙のように真っ白でした。
殿下は人が悪そうに思い出し笑いをされていらっしゃいます。
「聞いた時には、私も思わず声を上げて笑ってしまったよ。いくら子爵家の領地や関係のある商家を調べても見つからないはずだ。まさか林業に隠れて───ネヴィル河畔に浮かんだ材木の中に、贋物が隠されているなんてね」
殿下が上げられた視線の先には、タイミングよく、グレンさまと人品卑しからぬ風貌の男性が現れたところでした。
老年の実直そうな──どこか融通の利かなさをただよわせた男性は、階下で膝を折りました。代わって足早に階上へかけ上がってこられたグレンさまが、殿下の腕の荷物と引き換えに別の
ザッとそれに目を通した殿下は、晴れ渡った青の双眸を鋭く階下へ向けられました。
「証拠は押さえた。パルカス子爵所有の材木物資から、贋物と見られる美術工芸品多数、そしてツェルガの複製品と見られる品も押収した。ツェルガの複製行為は王家への反逆と同等の罪であることは、この国の貴族なら重々承知のはず。
加えて、子爵と懇意の商家からベルンシュタイン侯爵令嬢を害すために使用された毒物と同種のものが押収されている。王宮侵入者とその方の繋がりも裏を取ってある。
───以上、申し開きはあるか。パルカス子爵」
ガックリと、子爵の膝が折れました。これまで殿下はさりげに子爵を問い詰められていましたが、どうやら言い逃れのしようがない証拠が届くのを待たれていたようです。
子爵の様子にはもはやどんな言い訳も口にする気力がない、抜け殻が残っているだけでした。
殿下は次に膝を折った老貴族に視線をやりました。
「カスール伯爵。この度の贋物騒動、そなたも被害者の一人ではあるが、分家の暗躍を未然に防げなかったこと、本家としての責は重いと言わざるを得ない」
ハッ、と低い律儀な声が頭を下げた先から返されました。
「此度の一件、我がカスール家一同、責任の重大さを痛感しております。如何様にもご処分下さい」
重ねて、と老貴族の声に感情がこもりました。
「王家の秘宝、ツェルガの贋物を見抜けなかったこと、カスール家末代までの恥。それを見破り、王家への汚点を未然に防いでいただいたベルンシュタイン侯爵令嬢に、心より御礼申し上げる!───僭越ながら我がカスール家、エリアーナ・ベルンシュタイン侯爵令嬢の妃殿下への後押しをさせていただきたく存じます!」
……………はい?
わたしは思わず、ちょっとよろけそうになってしまいました。そんな話はまったくしていなかったと思うのですが。
ザワザワと、階下に集まっていた人々からも、カスール伯爵の言葉に興奮気味の気色が広がっています。
クリストファー殿下は紙束をグレンさまに預けるとわたしの手から残りの本を取り上げ、そして再度、しっかりとわたしの腰を自身へ引き寄せられました。
裁定者から打って変わってにこやかな笑みは、それはきらきらしく輝いておられます。
わたしがなにを言う間もなく、その笑顔を階下へふりまかれました。
「感謝する、カスール伯爵。貴殿の申し入れ、ありがたく受けよう」
いえ、殿下。それ、わたしのセリフでは。
「私もこのような場で公にするのは自重すべきとは思うが、此度の一件で皆のエリアーナへ対する忌憚のない評価も聞かせてもらった。ゆえに問おう。───エリアーナ・ベルンシュタイン嬢が我が妃として立つことに、否やのある者は今この場で名乗り出よ」
反する者がいようはずもありません。
アイリーンさまでさえ、呆然自失状態で言葉がないようです。様々な立場の人からわたしの評価が上げられ、自身の偏った思い込みを突き付けられた格好になってしまいました。
さらに父親の悪事までもが暴かれてしまったのですから。
わたしの頭の中も負けじと大混乱でしたが、この時ようやく、殿下のきらきらしい微笑みには裏の意味があったのではないかと、四年かけて今頃、その事実に気付かされました。
一人、二人から拍手が起こると、それは見る間に満場一致の総意となって拍手と大歓声に包まれました。
まるで、劇場の大団円の中にいるようです。
殿下はにこやかに片手を上げてそれを受けられると、追って公式発表を行う、と解散(閉幕)を告げられました。
わたしは突然引き出された舞台の上で、まがりなりにも主要な役どころの一人であったにも関わらず、セリフのひとつもなく退場したことに遅蒔きながら気付かされたのでした。