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三幕─1



 そう告げると、わたしもはじめて聞くような冷ややかな声で罪状を言い渡しました。


「アイリーン・パルカス。並びに父親のパルカス子爵。エリアーナ・ベルンシュタイン侯爵令嬢への傷害容疑、及び暗殺未遂容疑で逮捕する。───衛兵!」


 アイリーンさまの悲鳴が上がりました。子爵はすでに拘束されていたため、彼女に捕縛の手がかけられたのです。


「そんな、殿下!なにかの間違いです。私こそがエリアーナさまから嫌がらせを受けた被害者です。目を覚まされて下さい。お願いです………!私と一緒におられた殿下が、本来の貴方さまです。もとの聡明な殿下に戻られて下さい!」



 わたしの心は苦しく沈みましたが、真に迫った訴えを殿下はいつもの通り、晴れ渡った双眸で律儀に受け留められました。


「本来なら不敬罪に値する言葉だが、誤解を与えているのなら、それを正すのも私の役目だろう。───アイリーン嬢。あなたの言い分に公明正大に、説明させてもらおう」



 それはまるで、周囲の者へも聞かせるように曇りのないお声でした。


「まずは後宮の件。───今現在、公的にもエリアーナに後宮での権限はない。取り仕切っているのは現王妃である母上であり、行儀見習いに上がる令嬢の管轄も責任も母上にある。きみが本当に先のような嫌がらせを受けていたのであれば、それは王妃陛下の管理責任に帰する問題であり、私が王太子の名にかけてきっと責任を追及しよう。

 ただし───。それが虚偽の申告であった場合、王族に対する不敬罪───反逆罪ともなり得ることを踏まえるように。

 アイリーン嬢。きみが後宮で嫌がらせを受けたというのは、事実か?」


「なっ!そ、それは………」

 先までの勢いはどこへか、とたんにうろたえて、アイリーンさまの眸が泳ぎます。


 わたしに罪を着せるはずが、王妃さまへの責任問題───果ては反逆罪にまで発展するとは、夢にも思わなかったのでしょう。



「も、目撃者が」

 すがるようにアランに上げた眸は、もう答えが彼女にもわかっているように望み薄でした。場違いのような甘い微笑が返されます。


「うん。ごめんね?ボクはきみが自作自演した被害のすべてを証言できる。あ、ちなみに買収した侍女や兵士はすべて把握済みだから、他に期待はできないよ」


「アラン、裏切ったのね………!」


「んーと、誤解のないように言っておくと。───ボクはこういう時のための、殿下の隠し駒なんだ。茶会や夜会でエリアーナさまに危害を加える者がいないか見張るためにね。で、今回はきみの動きがなにかと怪しくて、見張っていたというわけ」


 そんな、とつぶやかれる声は絶望色でした。わたしも少し眉を寄せます。


 断罪するならもう少し場所を選ぶべきでは、とアイリーンさまに複雑な感情を抱いたからでもありますし、隠し駒が堂々と人前でそれを口にされては今後の動きに触りがあるのでは、と疑問を覚えたからでもありました。


 殿下もそれを思ったのか、かるく嘆息されています。

「次に。アイリーン嬢、あなたが証言された先の発言についてだが」


 ハッと、アイリーンさまは眸に力をもどして気強く殿下とわたしを見上げられました。



「殿下………!私の発言はエリアーナさまへの誤解だったようです。でも信じて下さいませ!私はエリアーナさまの暗殺など、たくらんだことはございません!」


 謝罪は後回しに、身の潔白を主張する姿勢は、見事な立ち直りの早さです。

 か弱い令嬢の姿はそこにはありません。こちらが彼女の本質でしょう。わたしの同情など、鼻先で笑われるに違いありません。


 殿下は淡々と返されました。

「確かに、その点が今回の決め手に欠ける所だった。だが、きみは先に自分で言ったね。薔薇園での放水の件。書庫室での梯子の細工の件。差し入れに異物が混入されていた件」


 ビクリと身をふるわせたのは、アイリーンさまの近くにいる子爵でした。蒼白な顔色でふるえだされています。


「先日、薔薇園の配管が故障し放水騒ぎがあった。その際、身元不明の侵入者が王宮内へ入り込むという不祥事が起こった。───この件に関して、なにかご存知だろうか。パルカス子爵」


「わ、私はなにも!なにも」


「そうか。侵入者は幸いにもグレン含む近衛らが捕らえた。侵入者の目的はエリアーナの暗殺だったことが判明している」


 ザワリ───、と周囲から驚きの声が起こります。わたしも瞬いてビックリし、そう言えばと思い出しました。


 先日、グレンさまがずぶぬれになってわたしの安否を確かめに来られたことがありました。放水のための配管に故障があったと聞いていましたが。


「加えて、書庫室の梯子の器物破損、書物への塗布性による毒物の発見。茶葉への異物混入。───いずれもエリアーナを狙ったものであり、アイリーン嬢が出入りした直後の出来事であると、テオドール叔父上から報告が上がっている」


 そう言えば、わたしも書庫室への出入りが制限されていました。最近、いやに梯子の傷みが激しいとは思っていたのですが、てっきり老朽化が進んでいるのだとばかり。


「………そんな、言い掛りですわ!状況証拠ばかりではありませんか!だれかが………怪しい、魔女のような者がすべて仕組んだのですわ。私はそのようなことはしておりません!」


 ギラギラと、はじめて憎しみと嫌悪を込めた目つきで、アイリーンさまがわたしを睨み付けられました。


「そもそも、虫かぶり姫が分不相応な地位に居座り続けるのがおかしなことではありませんか!殿下方に怪しげな薬物を使われているという話すらあります。

 そのような方がこの国の王妃にふさわしいと思われますか!クリスさまは虫かぶり姫に騙されているのですわ………!」



 周囲の人々にも訴えかけられる、アイリーンさまの告発でした。

 サワサワと周囲の者は困惑の気色をただよわせています。それが彼女の望んだ類のものでなかったのは、少ししてわたしにもわかりました。




「───なるほど」


 わたしの背筋にゾクリと悪寒が走りました。とっさに殿下から距離を取りたくなりましたが、失礼にあたると考えてどうにかこらえました。


 クリストファー殿下は微笑を浮かべておられるのに、それはそれは凍える怒りの波動をただよわせていました。


「あなたの動機と、父親のそれが異なるものであることはわかった」


「なにを………」

 困惑するアイリーンさまにはかまわず、クリストファー殿下は晴れ渡った青空色の眸を階下の人々へ投げられました。


「私が自ら、我が婚約者殿の功績と評価を上げることほど口幅ったいものはない。発言を許す。承知の者は答えよ」


 集まっていた者たちは皆顔を見合わせながら戸惑う様子でした。


 わたしもアイリーンさまに劣らず困惑が勝ります。殿下のお立場に影が差してしまうやも知れない状況です。

 わたしは「虫かぶり姫」。アイリーンさまの発言すべてが誤りであるわけではないのですから。



「あの………」


 一人の文官風の男性がおそるおそる、発言を求められました。視線でうなずかれる殿下に力を得てアイリーンさまに向き合われます。


「女性はあまりご存知ではないのだと思いますが………。四年前のワイマール地方の領主と執政官の癒着と汚職、横領事件が発覚したのは、エリアーナ嬢が見抜かれたのです。おかげであれ以降、ワイマール漁港から運ばれる海産物が市場を活気づかせています」



「ワイマール地方と言えば」


 とっさに口にした人物は厨房の下働きらしい男性でした。自身の発言にハッと怖れおののいた様子で、殿下の視線にうながされて話します。


「あの地方から出た、魚介類を使った料理本はとても画期的で………えと、ボクら料理人もすごく勉強させられています」


 同意を示したのは別の女官でした。

「同時期に出版された、ワイマール地方の主婦の日常が描かれた本が大流行しましたわね。彼女は今では人気作家の一人だとか。あれらはエリアーナさまがお身内の、出版関連を手掛けられる商会を介されたと聞き及んでおりますわ」



 本と言えば、とはじめに呼ばれて駆けつけた、宮廷医師の一人である老人が愉快そうに髯をなぞっていました。


「エリアーナさまが取り寄せられた東方見聞書から、新種の薬草と効能が発見されましたな。あれは婦人病に効くものであって、殿下方、男性に効くものではないはずじゃが………。はて。どこでどう話が歪んだのですかな」



 発言をお許し下さい、と律儀に申し出たのは近衛の分隊長らしき中年の男性でした。


「昨年のマルドゥラ国の大寒波被害をいち早く予期し、前以て備蓄を例年の倍加算するよう進言されたのも、エリアーナ嬢だと聞き及んでいます。おかげで好戦国マルドゥラに、食糧援助や支援物資の恩義を売ることができました。今後、我が国に戦を仕掛けようとすれば、まず自国の民がそれを許さないでしょう」

「あら───」


 と声を上げられたのは数人の貴婦人方です。ご夫君に付いて来られたのでしょうか。


「マルドゥラと国境を接している辺境伯領で織られたスイラン織。廃れてしまっていた特殊な技巧で織られた織物を蘇らせて、いま社交界で流行らせているのも、エリアーナさまですわ」


「ええ。とても人気で、なかなか手に入らなくて私も困っていますの。半年先まで予約待ちだとか」

「でもおかげで、目立った特産品のなかった辺境伯領が、いま機織り職人でにぎわっているという話ですわ」


「あら、そう言えば四年前から殿方への贈り物で人気の東方渡りの筆を流行らせたのも、エリアーナさまですわ」

 あれは女性の間でも人気ですわ、羽ペンほど力がいらないんですもの、と婦人方はコロコロ笑い合っておられます。




 話は様々に飛び火していきました。あれ以降、気象学の分野が注目されはじめているのだとか、機織りの発明品にエリアーナ嬢の口添えがあったとか、古代史解読の研究者、または薬室学長が熱心にエリアーナ嬢を追いかけ回している話、特産品のない地方領主が彼女の助言を欲しがっている等───。




 わたしはだんだん、空恐ろしくなってまいりました。

 覚えのあるような話よりも、皆さまの話されているエリアーナは「虫かぶり姫」ではない、別の人間にしか思えません。

 何かの間違いではないでしょうか………。



 いたたまれない思いを抱いたとき、ふいにわたしの腰がグイと力強い手で引かれました。見上げると、クリストファー殿下の吸い込まれそうな青の双眸がありました。


 ………なぜでしょう。微笑まれているのに、逃がさない、と言われているような気がするのは。





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