湖底の虫─3
彼女が不在の王宮は彩りに欠けている。
薄暗い冬の色彩が重苦しい。この閉塞した空気も、通常ならばその先に待つ、香り満ちた春への期待が普通はあるものだが。
今現在、自分の周囲にそういったものはない。むしろ、寒々しく凍える冷気が増すばかりだ。
「──西国と諸島への運航に滞りが出てきている、との報告だが、この程度の件数なら例年の許容範囲内だ。取り立てて騒ぐほどのことでもないと思うが?」
王太子の執務室へ直接乗り込んできたブラント伯爵に返答すると、彼はにこやかな笑みのまま得々と報告書にある通りの陳情を述べてきた。
マルドゥラ国の使節団の訪問で、内海の運航に停滞が起こっていること。情勢を見るために海運商会が航行を渋っている旨。西国との取引にも支障が出ている等々──。
合間合間に西の玄関口の重要性を解き、彼の背後にいる人物の圧力をかけてくるところがいやらしい。まるで、彼ら側の主張は通って当然なのだというその態度。
一通り聞いてやってから、表面的な微笑で返した。留意しておく、と。
ブラント伯爵はわずかに不服そうな表情を見せ、なおも言いつのろうとしかけたが、ふと笑顔で返してきた。
「まあ、殿下もまだお若いですからな。今は夢を追っていらっしゃるのでしょうが、現実に何が必要か、お分かりになる時が来ますよ」
暗に含んだものをにおわせて退出したが、いささか早足なところに彼の心情がうかがえる。一瞥して再度書類に目を落とした。
普段なら、アレクセイがあの手の輩は報告書が上がってきた時点で処理しているため、ここまでやって来ることはない。わずらわしさと不便を覚えながら胸中で息をつく。
彼女の守りを固めるためなら、たいしたことではない、と。
自身を納得させているその横で、それを台無しにさせるような呑気な声がもれる。
「いやー、ああいう奴は久々に見たな。俺がクリスの元に戻って来た頃はけっこういたもんだけど」
やっぱ、アレクの影響ってでかいんだなあ、と他人事のようにつぶやく赤髪の側近に、人知れず息をついた。
たしかに、王家の血を引くサウズリンド国内でも有数の公爵家嫡男、権力や袖の下にも変わらぬ冷ややかさを見せるアレクセイが、王太子の執務室に群がる小物を排除してきた面はある。
しかし、同じように近衛大将軍の父を持つ、国内有数の伯爵家の子息であるグレンの存在も、権力に群がる者を威圧してきた例もある。……本人が気付いているかどうかはともかく。
そこへもう一人、明るく朗らかな声がかかった。
「クリス、きみホントに王子なんだね。昔逢った時は、どこかの金持ちの、オレサマボンボンにしか見えなかったんだけどな」
口にした青年に、赤髪の側近が返す。
「俺はその頃のクリスを知らないんだよな。地方の兵部隊で下積み時代だったし。……まあ、オレサマなのは昔からだったが」
「え? この性格昔から? それは、付き合いの長い人に同情するな。というか、よくそれでエリアーナ嬢をつかまえられたね。あ、まさか彼女、だまされてる?」
「だまされてるのは間違いないと思うが……あちらはあちらで天然が入っているからな。クリスが主導権をにぎられなくて、それはそれで見ていて面白い……」
ゆるやかに上げた視線の先で、グレンがハッとしたように軽口を止めた。
フッと笑いで返しながら、アレクセイが自分の代わりに付けていった文官に処理済みの書類と関連する指示を与える。アレクセイの部下はさすがに場の空気を読むのに長けており、最低限の応答で下がっていく。
侍従から次の書類を受け取りながら、イアン、と声をかけた。
「わざとらしく私の指摘を待つのはやめろ。黒翼騎士団のおまえが一人戻ってきたのなら、さっさとその報告をしろ」
現在、バクラ将軍が率いてきた黒翼騎士団の少数精鋭は、二手に分かれている。王太子婚約者、エリアーナの公務に同行するバクラ将軍一行。そして。
数日前にサウズリンド入りをしたマルドゥラ使節団を出迎え、王都まで警護していく任を負った一行。この男はそちらへ割り振られていたはずなのだが、三日で王宮へ戻って来たのは、その先触れにほかならないだろう。
黒翼騎士団の特徴である黒い隊服を脱いで一兵士の身であるため、気付く者は少ないが。
手の込んだことだと思いながらうながすと、明るい日だまりのような髪を揺らして、隅に控えた青年がクスクスと笑いをこぼした。
「報告に来たところで、なんか権力を笠にきた人がやって来ちゃったから、どうしようかなって様子見してたんだよ。うん、クリス。きみ、ちゃんと王子だね」
それ以外のなんだと言うんだ。
軽い苛立ちを込めて
「──マルドゥラ国使節団一行の入国を確認しました。人員は十八名。内、護衛が十二、侍女二、侍従一、貴人三名です」
「事前の申告通りだな。行程も予定通りか。……で、明確にされていなかった貴人の名は」
イアンが堅苦しく告げてくる名を聞いて、腹の底から込み上げてくる感情があった。クッと、喉が鳴るのが自分でもわかる。
それは笑いなのか怒りなのか、自分でもわからないまま、言葉がこぼれた。
「……あの、クソ異邦人」
ん? と表情を戻したイアンが顔をのぞき込んでくる。今ちょっと、昔に戻った? と。
折よく侍従が時間を告げてきたために、指の間で折れ曲がった羽ペンを屑籠へ放り、書類の束を目前のイアンへ持たせた。再度、この後の会議の場で報告してもらわなければならない。
向かうために立ち上がると、護衛のために付いてくるグレンがおそるおそるといったように声をかけてきた。
「……ク、クリス君。なにも言われないと、あの、かえって怖いというか……」
フッと、もう一度口元だけの微笑で返した。グレン、と憐れみのこもった眼差しも添えてやる。
「おまえがアレクの冷たい視線がなくて物足りない思いをしているのはわかるが、私に替わりを求められても断固として拒否する。ルーナ花街にはそういった趣向の店もあると聞くが、くれぐれも鞭や
「え。王都の近衛兵って、そういう性癖の持ち主なの?」
ビックリしたようにイアンがグレンを見返し、彼の叫びがその場に響いた。
「断じて違う! クリス、俺への誤解を次から次に生みだすのはやめろ!」
「キーラ伯爵夫人あたりは同好の会を持っているらしいな。おまえ以前、親しくしていただろう」
うわ……、と再度イアンが距離を取り、さらにグレンのあせった叫びが響く。
「違う! あれは夫人が目を付けてた男を落とすために、俺は当て馬にされたんだ! そのせいで俺までお仲間認定されて、懇意にしてた夫人たちには誤解されるわ、ご令嬢たちは妙にはしゃいだ目で見てくるわ……俺はれっきとした被害者だ!」
悲痛な叫びで訴えるグレンがやかましいので、とりあえずとどめを刺しておく。慈悲深い聖職者の笑みを作って。
「グレン──。おまえには、女難の相が出ている」
ふらり、とよろめいたグレンが泣きそうな声でつぶやきだした。
俺の開運の相は……星の巡りは……、オーフェン老の会に参加して
この二人は黒翼騎士団が到着したその日に面識を済ませているので、すでに気安く言葉をかわす仲だ。しかし、やはり日数の浅さがそこに出た。
「グレン。やっぱり、複数の女性を渡り歩く男は不誠実だよ。ここはひとつ、身を固めるのを前提に一人の女性にしぼってね……」
云々、と説教混じりの言葉をかけながら、イアンの話は徐々に自身の彼女自慢になっていく。
ちなみに僕は昔から彼女一筋でね、……その点ではクリスと同類なのかな。でも、僕の彼女は幼馴染ですっごく可愛くてね、いつだったか差し入れに来てくれた彼女に団のやつらがそれはうらやましがってね……等々、惚気話になってきたものに、グレンがさらにフラフラしはじめた。
そう言えば、この男にも年下の恋人がいたな、とつい最近のように感じる昔を思いだす。
昔──。
まだ幼く、青い草を踏みつぶすようだった時。エリィとの思い出を抱えながら、彼女を連れだす力も、力づくで攫っていく術も持てずに、おのれの非力さとつのる想いに歯噛みし、ひたすら躍起になっていた頃。
その時に知り合ったのがイアンと、今直属の手駒として動いているアランだが、正直、自分でもあの頃の自分をふり返るには、もう少し時を重ねる必要があると感じている。
──有り体に言って、エリィには話したくない。だが、彼女は気にしていた。
……その気持ちはうれしい。本と、自分が興味を持ったことに関するもの以外、ほとんど視野に入っていない彼女が、私の過去のことにまで思いをはせてくれたのだ。
これを喜ばずに、なにに快哉を上げろというのか。
だが──、話したくない。
自身の黒い想い出に触れずに済ますことができるか思案を重ねながら、数日前に出立した彼女に想いをはせる。
先に待つ春をつかむために、今必要なことなのだと、どれだけ自分を納得させたかわからない。不安要素は数え上げればきりがない。これが最善の策だったのか、他に手段はなかったのか、何度も迷いは浮かび上がる。
それでも……。
エリアーナを、信じるしかない。
思いは結局、そこへ行き着く。かるく拳をにぎりしめたそこへ、後を追ってきたアレクの部下が新たな書類を渡してきた。
回廊を歩きながら目を通し、紛れ込まれた報告内容に、抑え込んでいた気配が一瞬もれ出たのを、自身でも自覚した。それに敏いグレンが瞬時に反応したことも。
マルドゥラ国の使節団を迎えるにあたって、王宮内には緊張が高まっている。王太子たる自分が人目につく場で険しい顔を浮かべることはできない。
ゆえに、表向きの表情は崩さず、目まぐるしく動く思考がひとつの答えを示し、それによって騒ぐ心を全力でとどめた。
昨年の件からこっち──。何度違う角度から見直してみても、やはり間違いはない。
知らず拳に力が込められ、表面的に保つ微笑にも引きつる力が入るのがわかる。自身のそんな機微に、グレンが本能的に察したのも。
互いに慣れた空気で黙しながら、もれる殺気をとどめることは難しかった。
情報は、ひとつの方向性を示していた。
──自分と、エリィの近くに、裏切り者がいる──。
~・~・~・~・~
凍り付いた沈黙から、ぎこちなく空気を動かしました。聞き間違い、と片付けることはできない、深刻な冬の湖色の眸を見つめ返して。
言葉を口にしかけたわたしに先んじて、ロザリアさまが小さく笑み返します。
「そう言ったら、驚くわよね」
口調は軽くとも、冗談には付されない雰囲気がわたしの口を閉ざしました。
静かに息をついたロザリアさまはまだ少しためらいを残したように眸を揺らがせ、小さくはない馬車の振動に姿勢をあらためて、意を決したようでした。
「あなたやクリスはテオドールと親しくしているから、このような話は不快でしょう。けれど、王家に関する秘事です。春に王家の一員となるあなたは、知っておかなければならないわ。そして……これから向かう先に関することでもあります。私から話しておくということで、陛下やアンリエッタさまから承諾は得ました。──エリアーナさんは、もちろん私たちの母をご存じね」
「はい……」
王太后、アマーリアさま。
国内の伯爵家の出自ですが、園遊会で先王陛下と出逢い、見初められ、妃にとのぞまれた方でした。
先王陛下との間に、ロザリアさま、ウィリアムさま、テオドールさまと三人の御子に恵まれ、とても仲睦まじい夫妻だったと一般的には知られています。ですが……。
貴族社会では、夫妻の仲は晩年には破綻していたとささやかれています。
なぜなら、アマーリアさまは亡くなられるまでの数年間は王都から離れた地方に一人ひっそりと暮らし、先王陛下も王座を陛下へ譲り渡した後は、王都に近い別の離宮で隠棲していました。──王太后さまとは、別の女性を伴って。
アマーリアさまは、とても聡明な方だったと伝え聞きます。
先王陛下の時代には二度起こった大きな戦も陛下と共に乗り越え、戦災孤児や遺族、戦の起こった地への慰労や復興等、戦後の処理に多大な貢献をした方としても知られています。
正直、そのような方が不義を働いたとは……わたしには、思えません。
その思いが顔に出たのでしょう。ロザリアさまの眸が静かに沈みました。
「母は──王太后アマーリアは、隠れライザ教信者だったのよ」
思わず小さく息を呑みました。
「王太后さまが……」
「ええ。元々母の──私たちの祖母が、ライザ教信者でその影響を受けていたそうよ。サウズリンドは、国の法として宗教の自由を認めています。ラルシェン地方の例のようにね。けれど、王家の人間にそれは許されません。母の信仰が発覚したのは、四十年ほど前の、大陸公路戦争の時です──」
アマーリアさまは戦が起こった当時、ノルン国との交渉を強く勧めたそうです。ノルン国が戦を仕掛けてきた大義の内の、ライザ教が迫害されているという一文をとって、公的に教義を認める声明を出せば、ノルン国との交渉材料になる、と言って。
しかし、先王陛下はそれを拒絶し、さらにはライザ教信者が多く存在したラルシェン地方を見捨てる戦略を容認しました。それが、二人の間に溝を生む切っ掛けになったのだと。
「……母は、ラルシェン地方の被害に心を痛め、慰労に力を尽くしたわ。そうしている間に父とはさらに距離が空き、そんな時に母の懐妊が発覚し──生まれたのが、テオドールよ」
「でも……そんな」
先王陛下夫妻の間に溝ができていたのだとしても、それだけでテオドールさまを不義の子と言ってしまうのは……、とわたしはどうしてもやるせない気持ちになりました。
ロザリアさまの眸が、ふと、なにかを断じるように冷たくなります。
「十七年前、先王陛下が身体の調子を崩し、ウィルの──陛下の即位が決まった際、陛下の暗殺未遂事件が起こりました。犯人は薬学研究室の一人。万能薬の証明をするために陛下に毒を盛り、自身が開発した薬で名声を得ようとした犯行だとされています」
ハッと、わたしも息が止まる思いでした。
王宮を出立する前に触りだけ聞いた、陛下の即位時にまつわる忌み事。王宮薬学室から出た不祥事。
言葉なくロザリアさまを見つめ返すわたしに、フッとアレクセイさまに似通った冷笑がロザリアさまに浮かびました。
「ウィルの即位の前には、幼少の身であるテオドールに縁談話が持ち上がったわ。当時、現王家と同じくらいの力を持ち、そして王家と対立する姿勢を見せていた、エイデル領のスレイド公爵家です」
ロザリアさまは淡々と、あくまでも事実のみを伝えようと感情を消されています。しかし、それがなおさらロザリアさまの心情を表わしているようでした。
「スレイド公爵家の謀反が発覚してテオドールの縁談話は消えました。けれど、ウィルが即位しても、クリスが生まれても、テオドールを推す派閥は消えない。それはすべて──テオドールを偏愛していた、母アマーリアが築いたものです」
「ロザリアさま……!」
それを認めてしまったら、陛下の即位時にまつわる暗殺未遂事件の真の首謀者が、産みの母であるアマーリアさまであると認めるも同然です。
思わず上げた声に、ロザリアさまの微笑が返されました。それは冬の湖のように、静かでさみしいものでした。
「母がテオドールを偏愛し、父寄りだった私やウィルを疎んじていたのは事実よ。そのせいで当時、ウィルの即位に反対し、テオドールを担ぐ勢力があったわ。王妃である母を筆頭にね。……ウィルの暗殺未遂事件は、そんな時に起こったのよ」
いつの時代でも、即位にまつわる忌み事は付き物です。それは、歴史が教えてくれています。
ですが……実の母を疑わなければならなかったロザリアさまや、ウィリアム陛下の心痛はいかばかりだったのだろうと、わたしも胸の痛む思いでした。
「テオドールに罪はないと、わかっているわ。あの子も、母にふりまわされた被害者なのだと。でも……あの子さえいなければ、と思ったことがあるのも、事実なのよ」
「…………」
人は変わる──。いつか、そう言ったことがあるのは、クリストファー殿下でした。
王太后、アマーリアさまも、どこかで変節してしまったのでしょうか。聡明な方だった、と話が伝わっているのは、テオドールさまを偏愛するまでは、ロザリアさまやウィリアム陛下を等しく愛し、二人にも慕われる、愛情深い母親だったからなのではないでしょうか。
ロザリアさまは静かに息をつくと、再び話しだしました。
「実際のところ、テオドールが不義の子なのかどうかは、父と母にしかわからないわ。ただ──テオドールが生まれる数年前から、二人の仲は冷え切っていた。だから、あの子が生まれた時にそういった話が出たことは、確かなのよ」
わたしはやはり返す言葉なく、沈黙でロザリアさまを見つめ返しました。そして、ふと思い付いた予想に、にわかに青ざめる思いでした。
ロザリアさまは、これから向かう先にも関わること、とおっしゃいました。そして、王太后、アマーリアさまはラルシェン地方の慰労に心を砕いていた。
当時、ラルシェン地方を治めていたのは……あの地の領民を、ライザ教信者であろうと守っていたのは……。
「…………」
息を呑んでただ見つめ返すしかできないわたしに、ロザリアさまの眸は、揺らぐことのない湖面のようでした。
「テオドールは、あの土地へは行けない。それが答えなのではないかと、私は思っているわ」
わたしの無言の疑惑に対して、返ってきたのがその言葉でした。
無意識に、膝上の手が膝掛けをにぎるのを感じます。何に対してやるせなさを感じているのか、自分でも判然としませんでした。
テオドールさまは、社交界に積極的な性質ではありません。ロザリアさまとも当たり触りなくお付き合いをされています。ウィリアム陛下とは仲のよいご兄弟なのは、幾度も目にしています。
「……っ」
なぜだか、ふいにこみ上げてくる感情に、わたしはひっしにそれを呑み込みました。当事者でないわたしが、ご兄弟の関係に口を挟むことはできません。
けれど……なぜだか今、無性にクリストファー殿下にお逢いしたくて仕方ありませんでした。
殿下と、テオドールさまのふだんの他愛無いやり取りが聞きたい、と。
交わされる応酬に呆気に取られたり、ほほ笑ましさを覚えたりしていたのですが、それが今ほどかけがえのないもののように感じられたのは、はじめてのことでした。
懸命にその感情をこらえていると、エリアーナさん、と静かな声がかけられました。目を上げたそこにあったのは、案じるような深い色の眸です。
「私や陛下がこの話をすることを決めたのは、あなたに同じ轍を踏んでほしくないからよ。あなたはクリスの婚約者に上がってから、様々な政策を提案してきたわ。……もちろん、それはクリスの根回しによって成ったものが大きいけれど」
フフ、とかすかな笑いでロザリアさまは言葉を紡ぎます。
「もしも──この先、クリスの考えと相容れない出来事が起こった場合。あなたの考えに、クリスが反対して拒否した場合。──あなたは、それでも、クリスのそばに変わらずにいることができる?」
胸を突かれる問いでした。
ロザリアさまが問いかけているのは、もしもこの先──政策に対する相違が起こった時、それでもクリストファー殿下への信頼を持ち続けることができるのか、と。
先王陛下とアマーリアさまは、それを発端に溝を深めていき、できてしまった溝を埋めることができずに、テオドールさまの出生の疑惑にまで繋がってしまいました。
同じ轍を踏むことがないように──。
でも、もしも。
もしも、この先。クリストファー殿下が、わたしが反対しても戦に踏み込む時が、もしもやって来たら。
王太子として、その決断を下さなければならない時がもしもやって来たら。
わたしはそれでも、変わらずに殿下のおそばにいると言葉にできるでしょうか。信頼を持ち続けることが、できるのでしょうか。
わたしの譲れないものを、もしも殿下が踏み越えたら……。
ロザリアさまの問いに、揺れ動くわたしの心は答えを返すことができずじまいでした。