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春を待つ虫─3





 刃をつぶした剣が打ち合う音が、この歓声の中でも聞こえてくるような激しさでした。

 一撃一撃の鋭さに、わたしの胸もその都度ヒヤリと跳ね上がります。


 鼓動が落ち着かないのは、ふだんの近衛兵らと汗を流す訓練の域ではなく、模擬試合とはいえ負けを譲らない気迫がうかがえる真剣試合だったからでしょうか。


 ハラハラと、いつしか両手をにぎり合わせるわたしの近くでは、二老人とザック副隊長の冷静な実況が聞こえます。


「……うむ。殿下のふだんのクセが出ているようだな」

「まったくじゃ。先読みで毎度先手を取れるとは限らぬと、盤上遊戯でも教えたはずなんじゃがの。相手を侮りすぎじゃ」


「いえ……。お言葉を返すようですが、殿下はグレン隊長のような直感型が相手ならともかく、先読みで読み負けたことはほとんどありません。殿下の動きに対応してくる、あの者のほうがめずらしい……」


 感心が込められたザック副隊長の声の先で、一撃を受け流そうとした殿下の先を遮るような回り込みに、青い眸と表情にも苛立たしげなものが走ります。


 わたしは思わず、両手をぎゅうっとにぎりしめていました。


 剣技にも武芸にも素人のわたしですが、相対する方が油断のならない方であり、余裕を持って受け流そうとする殿下の動きを封じているようなのはわかりました。


 さらには、勝ち抜け戦らしく、立て続けに四人を相手にされている殿下の息が上がり、徐々にですが動きが鈍りつつあるのもわかります。刃がつぶれた剣とはいえ、まったくの無傷で済むという保証もありません。


 ……もうやめてほしいと、にぎりしめる両手に力が入った時、殿下の踏み込んだ一撃が返され、一瞬、その胸元ががら空きになる光景に、わたしの息も止まりました。


 そして、その数瞬でなにが起こったのか、さっぱりわかりませんでした。


 ただ、踏み込もうとした騎士の方が一転──、姿を消したように見え、瞬いた後には殿下の剣がはじき飛ばされて、その喉元に剣先が据えられています。

 二人の立ち位置もいつの間にか、殿下がこちらに背を向ける形で入れ変わっていました。



 審判役の「一本、それまで!」という声に、再度声が上がりましたが、それは殿下が負けてしまったことへの落胆が含まれたものでした。

 なにが起こったのか、瞬くわたしに二老人の解説が入ります。


「ホッホッホ。あの騎士は、殿下の裏を読んだのう」

「うむ。殿下が隙を見せたそこに踏み込むと見せかけて、回り込んで死角を狙った。胸元が空くように見せたのは、殿下の罠だと見抜いたのだろう。誘い込んだつもりが裏をかかれて、殿下も打つ手なし、といったところか」

「…………」


 ほう、とわたしはようやく全身から力を抜きました。

 模擬試合とはいえ、こんなにも心臓に悪いものはありません。にぎりしめた手が強張って、痛いくらいでした。


 すると、隣ではしゃいでいたはずのリリアが、はい、とわたしに大きめの手布を渡してきます。気が気でないわたしの様子に、いつの間にか侍女らしい気遣いがそなわっていたようでした。


 大勢の人が見守る中に踏み込むのは勇気がいります。

 けれど、今は殿下の無事を間近に確認したくて、その思いに突き動かされて小さく笑み返すと、手布を受け取ってわたしは衆人環視の中へかけ込んでいました。




 自分を打ち負かした騎士の方と言葉を交わしているその背に近付くと、騎士の方が先にわたしに気付きます。

 金色の髪が光をはじいてふり返るよりも早く、わたしは声をかけました。


「……殿下」


 あざやかな青い眸がわたしを認めて、少し驚いたような色を浮かべます。


「エリィ──」


 見ていたの、と言外な声がそこにはあり、演習場という場所にわたしがいるとは思っていなかった様子でした。


 その眸に見つめられると、いつもどうしようもなく鼓動が高鳴ります。しかし、今のわたしは胸の高鳴りよりも大切なことがありました。


「殿下……お怪我は」


 それこそ、にわか医師のような真剣さで一歩詰め寄ります。

 端正なお顔立ちに、着崩れた襟元からのぞく首筋、鍛えられた線を描く肩幅と腕へと続く筋──。

 服の上からではわからない打ち身などを負った様子がないか、透視能力者もかくやの真剣さだったと思います。

 すると、ふしぎな言葉がかけられました。


「……エリィ。積極的なのはうれしいけれど、できればそういう熱い目は二人きりの時にしてもらえると……」


 はい?

 詰め寄って検分していた目をしばたたき、笑顔の殿下を見返して、ハッと自分の行為をあらためました。


 淑女としてあるまじき不躾さに、一気に首筋まで赤くなる気分です。思わず足を引きかけて、素早く踏み込んだ殿下に捉えられました。


 背にまわされた腕が、わたしをこの場から逃がさない意志をうかがわせます。なにより、いつものきらきらしい微笑がわたしを捕らえて離しませんでした。


「エリィが見ていたのなら、なんとしてでも勝ったのに。正攻法にこだわるんじゃなかったな」

「で、殿下……」


 衆人環視の中であることも思いだして腰が引けがちなわたしに、殿下は笑みを深めると、ん、と無防備に頭を差しだしてきます。

 甘えるような声がわたしをうながしました。


「久しぶりに身体を動かしたら、汗かいたな。ちょっと気持ち悪い」


 それは……もしかしなくても、わたしにこの布で殿下の汗を拭ってほしいと、そういうことでしょうか。

 ……今日はいったい、なんの日でしょう。この短時間で、今までにない至難の問いや課題にこうまで直面するとは。


「…………」


 ふれるのもおそれ多いような金色の髪を間近に、目まぐるしい逡巡の後、わたしは意を決して手を伸ばしました。

 手布越しにそっと殿下の頬にふれ、生まれたての雛鳥にふれる慎重さで額の汗も拭います。殿下のお顔がくすぐったそうにくずれました。


「もっとちゃんとふいて、エリィ」


 ……殿下。これはいったい、どんな罰則なのですか。

 アワアワと、しまいには泣きだしそうな気分になったわたしに、救いの笑い声が殿下の背中から上がりました。


「──クリス。きみ、好きな子を困らせて喜ぶ性悪男になってるよ」


 ピクリ、と眉を上げた殿下の反応よりはやく、明るい声がくったくなくわたしの知らない事柄を告げてきます。


「しかもきみ、なにその甘々な顔。それが十五で、ルアック街の女主を顔と口先で相手取った人と同一人物? 別人じゃないよね」


 声の途中で、わたしは殿下に勢いよく両耳をふさがれていました。

 先のリリアと同じくらいの素早さでしたが、手はやさしかったので痛くはありません。しかし、周囲の喧騒が一瞬で遮断された勢いでした。


 瞬いた先で、姿勢を正した殿下がスッと、鋭利にした眸を背後へ走らせています。二言三言、なにかを話して、やっとわたしの聴覚は戻されました。


 そうして引き合わされた方と、ようやく対面します。

 春の日だまりのような明るい茶色の髪に、やさしげな面立ち。殿下より少し上背のある背丈と、人懐っこそうな琥珀色の眸をした青年でした。

 殿下の声が不本意さを隠すこともなく、大雑把に青年を紹介します。


「イアン・ブレナン。見ての通り黒翼騎士団の人間だけど、覚えなくていいよ。エリィに関わることはないから」


 人前での砕けた口調にめずらしさも覚えて殿下を見返すと、明るい笑い声がもう一度わたしを引き付けました。


「昔馴染みに対して、心暖まるご紹介をどうも──」


 視線を戻したわたしにやさしくほほ笑みかけると、片手を胸に当てた騎士の略式の礼を取ります。


「お初にお目にかかります。東の武神、黒の鷲が率いるサウズリンド国軍、黒翼騎士団所属、イアン・ブレナンと申します」


 琥珀色の眸が非礼にならない程度の好奇心をのぞかせて、わたしを見つめてきます。面白そうに笑みが深まりました。


「この裏表の激しい王子に執着されるのは、どんな突飛なお方なのかと思っていましたが……エリアーナ・ベルンシュタイン侯爵令嬢。話に聞いていたより、ずっと純心で可愛らしい方のようですね。クリスにはもったいないな」


 隣の殿下が少し強張ったように反応しましたが、わたしは社交辞令の域で淑女の礼を返しました。

 そして、内輪の中でしか見せられない殿下が素の態度を表わす相手に興味を覚え、イアンさまを見返しました。


「殿下のご友人の方でしょうか?」

 ええ、とくったくなくイアンさまが答えかけて、新たな声が割って入りました。



「──勝敗がついたらさっさと移動せんか。次の試合の妨げになるだろうが」


 厳しく重たい声にイアンさまが姿勢を正して声の主へ向き直ります。声は続けてわたしを叱責してきました。


「それに、兵士の訓練の場へ女性が踏み込むものではない。淑女としてはしたないふるまいだと、教わらなかったのか」


 手厳しい口調に殿下が反論しかけたのを察して、わたしはそっと手を添えてとどめました。


 叱責の声の主に向き合うと、まず飛び込んでくるのは、強い印象で焼き付く隻眼です。覇気を秘めた焦げ茶色のそれが、歴戦の武人たる傷跡を残した風貌とともに相対する者に凄味を与え、全身からにじみ出る、圧倒的な力とでも言うべきものが力量の差をしぜんと教えてきます。


 (よわい)、七十を越えた老齢の身であるにも関わらず、現役の猛者と変わらぬ精気。


 短く刈り込んだ白髪に、わたしよりわずかに高いぐらいの身長。その体格は、武人と称するには頼りないほど小柄です。

 しかし、サウズリンドにこの方を侮る者は、生まれたての赤子ぐらいだと言われる方でした。


 強くわたしを見据えた眸が息をひそめる沈黙をその場に横たわらせ、──そして、くずれました。


「少なくとも、私はそうお教えしたはずだがな。──エリィ嬢や」

 とたんに、わたしも相好をくずしてその方へかけよっていました。


「セディおじいさま……!」


 なつかしさのあまり、淑女らしさをたしなめられたにも関わらず、老齢の武人に抱き付いていました。

 明るい笑い声を上げたその方が、老人とは思えない力強さでわたしを子どものように抱き上げます。


「おお……! 少し重たくなったな、エリィ嬢や。さすがに、最後に逢った四年前からは成長したと見える。中身もそれに伴っているとよいのだがな」

「セディおじいさま……!」


 さすがに公衆の面前であることを踏まえてわたしが羞恥に抗議すると、やはり明るく朗らかな笑い声が上がります。


 セオデン・バクラ将軍。

 現在は第一線から退いた身であるため、黒翼騎士団筆頭顧問と、公的に記される職は歳相応のものですが、この方を知らない人は他国にもいないはずです。


 先代国王、クラウス二世陛下に仕え、その当時勢い盛んだった東北のノルン国が旧カイ・アーグ帝国の勢力と手を組んで東側から攻め入った際、その侵攻をとどめ、さらには圧倒的な大勝利とともにその名を一躍大陸中に知らしめた、現代の英雄とも称される方です。


 この方の功績は他にも様々あるのですが、その戦いぶりが武神の呼び声高く、神話の戦いの神アレッガの化身である黒の鷲になぞらえて、彼が率いる騎士団はいつしか、黒翼騎士団の名称で呼ばれるようになりました。


 サウズリンドの東の国境を守備する国軍です。

 辺境伯を西の守護神、バクラ将軍を東の武神と並び称する、サウズリンドの二大軍力でした。


 この方の英雄譚に憧れた若者が毎年黒翼騎士団を目指すそうですが、生半可な腕前では入団試験前の予備試験さえ受けさせてもらえないという、狭き門としても有名です。そのため、黒翼騎士団は精鋭揃いという認識がサウズリンドにはありました。

 そんな伝説にも等しい方と、なぜわたしが知り合いなのかと言えば……。



「エリィ嬢やが出迎えてくれるのだと、楽しみに王都まで遥々やってきおったのに、到着早々、見慣れた訓練場に引っ張って来られたわ。まったく煩雑なことよ」

「申し訳ありません……ご到着は夕刻だとばかり」


 下ろしてもらった先で謝ると、老将軍はくったくなく笑っています。雪がひどくなりそうな案配だったので、途中で行程を急いだのだと。

 そして隻眼をわたしと同じ、なつかしむ色でにじませました。


「エドゥアルトが嘆いておったぞ。エリィ嬢やが王都に行ったまま、ちっとも領地に寄り付かなくなったとな」

「お祖父さまが……」


 四年前に別れたきりの年老いた祖父の顔が思い起こされ、わたしも胸を締め付けられました。


 特に公にされてはいないのですが、わたしの祖父とバクラ将軍は旧知の間柄です。幼い頃から、ふらりと不定期に一人ベルンシュタイン領を訪れるこの方を、わたしは実の祖父同様に慕っていました。


 遠方の土地土地の話や、他国の変わった風習、一昔前ではまかり通った常識など、実体験を元にしたお話がとても興味深く、遺跡の話をしてくれる叔父と同じくらい、訪れを心待ちにしていた方です。


 しかし、その時読んだ軍記物の感想を話したとうの相手が、そのお話の主人公だとは、当時思いもよりませんでした。わたしは史実に記された戦略の穴や、攻略の別の方策をとうとうとこの方に語っていたのです。


 幼い子どもの浅知恵とはいえ、現代の英雄とも称される方に対して、今思いだしても顔から火の出る思いです。

 しかし、この方はこだわりなく幼い子どもの戦略に耳を傾けてくれ、面白そうにうなずいてくれました。『さすがベルンシュタインの娘だな』と、軍人らしい関心を示して。


 あの時と同じように、老将軍は孫に対するそれで、やさしくわたしの頭をなでてくれます。


「年寄りには、可愛がった者が息災でいることが一番の喜びだがな。今度の任務が終わったら、私と一緒に帰るか、エリィ嬢や」


 え? と瞬いた瞬間、後ろから腰を引き寄せられて、わたしはセオデンおじいさまから離されていました。

 見知った気配と、少しぞくりとするような声音がわたしの背後から紡がれます。


「──バクラ将軍。前言通り、私は黒翼騎士団相手に三勝を上げてみせました。この先、公務以外のことをエリィにそそのかすのは、ご遠慮願いたい」


 セオデンおじいさまの隻眼と、わたしの背後の方の青い眸が鋭く合わさった音を聞いたような気がします。

 ふん、とセオデンおじいさまから、忌々しそうな息がつかれました。


「私は元々、エリィ嬢やには我が騎士団から伴侶を見繕う予定だったのだ。それを邪魔してくれおった上に……まったく、小賢しい」


 王太子殿下に対して明け透けな物言いに、さすがに緊張を覚えてわたしは固まります。すると、「なんだ」と緊張を意にも介さない軽い声がかかりました。



 場内の只中で話しはじめたわたしたちのもとへ二老人が加わって来、近くではセオデンおじいさまと黒翼騎士団を演習場へ連れ込んだ張本人と思しき近衛大将軍のアイゼナッハ伯爵が、グレンさまたち殿下付きの近衛隊を集合させている様子がありました。

 軽い声の主はハーヴェイ医師です。


「その(ほう)がエリアーナ嬢の後見についていたから、あの当時、殿下の婚約者として承認されたのだと私は聞いたんだが……実は違ったのか?」


 え? と新たな話にわたしが驚くと、オーフェン老がホッホッホと笑いながら言葉を足しました。


「根回しの上手い方が状況を整えてはいたがの。決定打になったのは、確かにセオデンがエリアーナ嬢の身元を保証したからじゃの」


 わたしはさらにビックリします。王都に上がって社交界デビューをしてから、わたしの背後にセオデンおじいさまを見られたことは、一度としてなかったはずです。


 しかし、同時にどこかで納得もしていました。

 ベルンシュタイン家は貴族社会の中では本好きという特徴以外、力のない弱小貴族です。あの時殿下が説明してくれた、昨今の宮廷内の権力闘争を改める一手──という思惑は決して建前ではなかったのでしょうが、それでも、アルス大陸の中では比較的安定した大国のひとつに数えられるサウズリンド王国──その王太子殿下の婚約者として重臣たちを納得させるには、それなりの口添えが必要だったのではないかと、あらためて思い至りました。


 瞬くわたしの前で、セオデンおじいさまがこれまでに見せたことのない苦々しさを込めた顔で憤然と吐き捨てました。


「私は当時、王都からやって来た新興貴族が明らかにベルンシュタイン家を軽んじた風情で、『エリアーナ・ベルンシュタインを知っているか』と居丈高に訊ねて来たから、答えてやっただけだ。セオデン・バクラがエリィ嬢やの身を保証するとな。それが──王太子婚約者候補の、身辺調査をしていた者だとだれが思うか」


 ……あらまあ、とわたしは驚きの連続で目をしばたたくばかりでした。


 王都に上がって社交界デビューをするわたしを、あの当時、セオデンおじいさまはとても心配していたようでした。

 世情や貴族社会に疎いわたしが、なにか厄介事に巻き込まれやしないかと。ただでさえ、ベルンシュタイン家は権力欲がなく、それを欲する者から見たら忌々しく思われ、目を付けられやすい存在なのだからと。


「セディおじいさま……」


 それで、ベルンシュタイン家の娘を調べに来た新興貴族の問いに、老将軍は感情のままに答えてしまったのでしょうか。

 ……わたしを守ろうとして?


 胸にこみ上げる思いのまま、祖父同然の人に再度かけ寄りかけて、わたしを留める腰の腕が動きませんでした。

 社交の時に見せられるにこやかで、笑っていない声が背中から伝わってきます。


「……年長者はいつまでも執念深いのが特徴なのかな。若者は潔く条件を受け容れて、偉大なる年長者の名や隠し名を使うようなこともせず、二人で力を合わせて、エリアーナを王太子婚約者として世間に浸透させたのに。……でもまあ、多少の障害はあったほうが愛は深まるってものだよね。エリィ」


 背後から抱きしめられたまま顔をのぞき込まれ、その近い距離にわたしはあわてました。

「で、殿下……」

 目前では障害呼ばわりされた往年の老将軍が、腹立たしそうに言葉を投げています。


「オーフェン! おまえは自分の教え子にいったいどんな教育をほどこしたんだ」

「ホッホッホ。元からの性質をわしのせいにされてもな」

「いやあ……底に潜む、えげつないところがけっこう似ているんじゃないか」


 えげつないとはなんじゃ、と旧知の間柄らしい三人の老人の気が置けない会話がはじまり、それに火をつけるように殿下の邪気ない声がわたしに話しかけてきました。


 こういう人たちのことをなんて言うか、知ってる? エリィ、と。

 瞬くわたしに、殿下のきらきらしい微笑が映りました。


「憎まれっ子世にはばかる、って言うんだよね」


 三老人の目が再度殿下に集まる近くでは、近衛騎士団を統括するアイゼナッハ伯爵の叱責が響いています。

 二勝以上を上げた者が、グレン以外は殿下お一人だけとは何事だ、と。


「近衛騎士団は王都を守り、王族を守護する要たる存在だぞ。こんな調子で長年の宿敵、マルドゥラからの使節団を迎えられると思うか! 気合が足らん!」


 わたしの鼓動が別の意味で跳ね上がりました。

 今この時、黒翼騎士団が王都へ上がって来られたわけ。ふだん、武力を示されない殿下が、率先して剣技を見せられたわけ──。


 忍び寄る不安の足音を聞くわたしの前で、それを吹き飛ばすような、アイゼナッハ伯爵の熱い指示が下ります。


「殿下付きの第二師団は特に、マルドゥラの使節団と接する機会が多いのだぞ。おまえたちに足りないのは根性だ。気合いだ! 第二師団は直ちに野外走り込みをはじめよ!」


 それにあせった叫びを上げたのは、赤髪の近衛騎士、グレンさまでした。


「親父! ……じゃない、将軍! いくらなんでも無茶が過ぎる。外は吹雪いてんだぞ。王宮の野外演習場とは言え、遭難者を出す気か!?」

「ええい、そんな甘えたことを言っているから、おまえたちは雪中行軍をして来られた黒翼騎士団に負け越すのだ。吹雪ごときにひるんでどうする! 気合だ、根性だ!」

「いつから根性論に傾倒し出したんだよ……!」


 半ば親子喧嘩の様相を呈した近衛騎士団の中で、わたしを呼びに来たザック副隊長が嘆きの声を紡いでいました。


「……なにをしても無駄だった……」と。


 三老人と軽口を叩き合う殿下の様子を間近に、わたしは自分を抱えた腕にそっと手を添えていました。

 まるで、無意識に、その揺るぎなさにしがみつくかのように──。







老人祭りになってきた気がしないでもない、今日この頃……。

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