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春を待つ虫─1

またも間が開いてしまって、大変申し訳ありません。

待っててくださった方、本当にありがとうございます。m(_ _)m

 




 サウズリンド王国王宮内は、新年早々、あわただしい気配で活気付いています。


 王宮内の一画でクセのある香草茶をいただいていたわたし、エリアーナ・ベルンシュタインは、問われた言葉に、目をしばたたきました。


 場所は王宮内の外れ。慣れぬ者には少しばかり独特のにおいが鼻につく、薬学研究室です。

 そこで振る舞われる香草茶は二口目をためらう風味があることと、研究員たちが効能をうかがうようにジッと見つめてくる視線のために、被験者ならぬ試薬茶、などと噂されていますが、これまでのところ、彼らの満足がいく効果は得られていないようです。


 そのお茶をいただきながら、わたしは問われた言葉を復唱しました。


「──わたしがこの世で、もっとも読みたい書物、ですか」


 それは、あまり考えたことがなかったように思います。物心ついた頃から書物は身近にあふれていましたし、読みたいと思った大抵の本は、伝手を使うなりして手に入れていました。

 この世でもっとも、と限定されると、なんだろうと、考え込んでしまいます。



 そのわたしの前で、同席していた王宮の三賢者と呼ばれる老人の一人が、ふむ、と面白そうに先んじました。


「私だったらやはり、医学の神であるアスクレイアが記した、『蛇の輪』と呼ばれる医学書かな。そこには、神の御業(みわざ)にも等しい医術の秘が収められているという──。医学を志す者にとっては、見果てぬ叡智を秘めた書物だな」


 そう口にされるのは、宮廷侍医筆頭のハーヴェイ医師です。銀髪をきれいになでつけ、涼しげな目元とお年を召しても口ひげをたくわえない整った口元には、往年の色香がただよいます。

 それに、ホッホッホ、と梟のように笑う声が返りました。


「ハーヴェイ。お主が真に読みたい書物は、昔から探し求めていた、ルーナ花街の『名娼妓十選集限定版』じゃないのかね」


 揶揄する口調にも、ハーヴェイ医師はにやりと笑って返します。


「それもまた、甲乙つけがたい。特に、ルドルフ王が統治していたルーナ花街の全盛期に出た、『花蜜の舘・十夜秘話』という本は、娼妓の手練手管を収めた幻の一品とされている。……うむ。『蛇の輪』とどちらを選ぶと言われたら、たしかに迷うところだ」


 ……それは、迷うところなのでしょうか。

 銀髪のハーヴェイ医師は真剣に口にしながら、眸だけは面白そうに隣の老人に向けます。


「オーフェン。人のことはよく見えると言うが。そう言うおまえさんこそ、(いにしえ)の大賢者が書き残したとされる『千里の書』と、幻の大陸と言われるアトラスの実在を示した碑文と、どちらを選ぶと言われたらどうする」


 ホッホッホ、とやはり愉快そうな笑い声で、こちらは真っ白い髯を伸ばした老人が、好々爺の顔でほがらかに答えます。


「たしかにのう。──古の大賢者が残した書も、幻の大陸を証し立てる碑文も、どちらも実在を怪しまれながら、学問を極めんとする者の間ではまことしやかにささやかれるものじゃ。どちらを選ぶと言われたら迷うのう」


 そう言いながら、オーフェン老は子どものように輝く眸でわたしのほうに身を乗りだしてきます。そもそも──、といやに熱く語りだしました。


 大陸の名が出たプーラーヤーの碑文とされるものは、旅をしていた僧侶が廃れた神殿跡で発見した石板を書き写したと言われているのだが、これがまた信憑性の怪しいもので、わしとしては、(そら)の彼方からの伝達を受け取った説を推したいのじゃが……、まずは古代の碑文についてエリアーナ嬢の見解を聞いてみたいのう──と、ここぞとばかりに議論を持ち掛けられます。



 この方がサウズリンド王国、王太子殿下の筆頭教育係の一人だと信じる者は、もしかしたら少ないかも知れません。

 大きく瞬くわたしの前で、ハーヴェイ医師からなれきったため息がもれました。


「その古代文明妄想癖もたいがいにせんと、ボケ老人の呼称がつくぞ」

「ホッホッホ。色ボケ老人に言われても猿の尻笑いじゃ」


「なんだと? オーフェン。おまえ自分が主催している古代文明研究会の評判を知っているのか? 新興宗教の集まり、とか言われてるんだぞ。気象官の者が先日も、『天体観測は宙からのお告げを聞くためのものじゃないんです』と嘆いていたんだからな」


「遥かなる天空の神秘を信じないとは、嘆かわしい世の中じゃ。しかし、ハーヴェイ。お主の弟子の医官たちこそ、侍女たちに避けられているそうじゃのう。なんでも、診察される患者側の気持ちを理解するのが目的、と称して侍女服を求め、皆にいっせいに逃げられたとか」


「あれは、新年の宴会芸のひとつだったんだ。まったく、自力で脱がせる手腕も持たない未熟者めらが。鍛えなおしが必要だ」

「…………」


 会話から置いてけぼりにされたわたしは、とりあえず瞬いていました。


 もっぱら書庫室にこもりきりのわたしですが、サウズリンド王宮内はわたしの知らない世界にあふれているようです。……いえ、正直に申し上げると、二老人のご趣味と性質は以前から存じ上げていたのですが。


 なおも言い合うお二人をながめて、わたしの対角から我関せず、といった声が出ました。


「ヒッヒッヒ。で、嬢ちゃん。この世で一番読みたい書物は思い付いたかね?」


 一番はじめにわたしに問いを投げてきた、三賢者の最後の一人、薬学研究室長のナイジェル老でした。


 実験が爆発したような蓬髪(ほうはつ)に、育ち過ぎた子どものようにギョロギョロとした眸。一見、怪異な風貌のためにおそれられてしまう方ですが、薬学研究の第一人者であり、四年前からわたしの薬草学の師でもありました。



 しばし考え込みましたが、やはり迷い過ぎて困惑の目を上げてしまいます。


「すぐには、思い付きません……」


 人が悪そうに笑う老人は、『虫かぶり姫』のわたしが? とからかうようでもありました。


 たしかにわたしは、本好きが高じて本の虫ならぬ『虫かぶり姫』と呼ばれていますが、世の中に未知なる本は数多あります。

 神話に語られる本、伝説や幻と称される実在を疑われる本、未来の出来事をつづったとされる予言書、戦時中に失われてしまった先人たちの書。そしてきっと、これから生まれてくるであろう未知なる書物の数々。


 想像すれば、きりがありません。そういった本以外にも、まだ十八年しか生きていないわたしには、未読の書物が世にあふれています。


 その中でもっとも、と限定されても、きっと叶ったその端から、次の書物を求めるのだろうと想像がつきます。本好きの人間には、至難の問いではないかと思われました。


 すると、ハーヴェイ医師がからかう色を浮かべてわたしを見てきます。


「エリアーナ嬢が今もっとも読みたい書物は、『花嫁の心得』ではないのか?」


 とたんに頬に血が上るわたしの前で、いやいや、とオーフェン老まで軽口に乗って来ます。


「『夫を転がす新妻の心得』のほうがよいのではないかのう。もうすでに転がされている気もするが」

「うむ。閨事に関する書物を先に渡して知識を与えたら、殿下が怒りそうだしな。ああ。『夫の浮気を見破る十の方法』という本は、母親が嫁ぐ娘へ用意する花嫁支度と聞く。私が代わりに用意するのはやぶさかではないぞ」


 二老人の勢いに押されて、わたしはたじたじとなってしまいました。



 新年を迎えたサウズリンド国内は、春に迫った王太子殿下の成婚の儀へ向けて、いよいよ準備が本格的になってきました。

 冬の間は休止期間であるはずの社交界も、新年早々、あちらこちらでにぎわっている話を聞きます。聖夜の祝宴後から婚約を発表される貴族の方々も多く、王宮内にも浮き足立った気配があります。

 王都では、祭りの際に集まった大陸商人たちが早くも成婚の儀に関連した縁起物を売り出しはじめ、それもまた話題になっていると聞きます。


 それらのすべてが、春の成婚の儀への期待度から来るものなのは、当事者であるわたしにも察することができました。


 王太子殿下の婚約者であるわたしも、変わらず準備にふりまわされる日々なのですが、今は差し迫った公務と、もう一件──大きな気懸りがあるために、思考がそこから外れがちでした。


 その点を指摘されて気恥ずかしさと共に小さくなっていると、やれやれ、とナイジェル薬室長が口を挟みます。


「お主らがいると、話が脱線してちっとも進まんわ」


 ふん、とハーヴェイ医師が鼻を鳴らして返します。


「お主がエリアーナ嬢の希望の本を聞きだそうとしているのは、婚礼祝いに一人先んじる表れではないのか? 現に、薬学研究室は婚礼祝いの品として、男の機能を低下させる薬を研究中というではないか。なんともおそろしい話だ」


 さもおそろしげな言葉に、近くで研究員から香草茶を頂戴していた我が家の従僕ジャンが、お茶を噴きだしてむせ込みました。

 ほほう、とオーフェン老が興味深そうに話に乗ってきます。


「反対の薬は海馬や鹿(ろく)(じょう)など、古来より伝わっているものがあるが……そのまた反対となると、禁忌に触れそうじゃのう。ナイジェル」


 言葉とは裏腹に、オーフェン老の眸は未知なる探求に好奇心が隠せていません。ナイジェル老が再びため息をつくのかと思いましたが、独特の笑いで返していました。


「その禁忌じゃよ。オーフェン」


 ナイジェル薬室長は瞬くわたしに、四年前から変わらない呼びかけで問いかけてきます。


「嬢ちゃん。薬草学の禁忌の書物は、なんだか知っておるかの?」


 ドキリと、個人的に胸を突かれる思いでした。それを押し込めて、わたしは口にします。


「……『ヒューリアの壺』、でしょうか」



 医学の神アスクレイアの娘、ヒューリアが描かれる際、その象徴として肩に担ぐ壺があります。そこには、この世のありとあらゆる病と怪我を癒す万能薬が秘められており、また──権力者がはるか昔から夢見て止まない、不老不死の秘薬が収められているのだと。


 それゆえ、医学界や薬草学の分野では崇められる女神でありながら、禁忌に触れる存在として扱われる神でもあります。

 その秘薬を記したとされるのが、『蛇の輪』と同じく伝説上の書物、『ヒューリアの壺』でした。


 わたしがその書物の存在を知ったのは、十年以上も昔──“灰色の悪夢”がサウズリンド国内を席巻していた時です。治療薬の見つからない病を治す薬が、どこかにあるはずだと。そしてそれは、『ヒューリアの壺』にこそ記されているのではないかと。


 ベルンシュタイン家は本好きの一族として知られているのに──現に、家にはあふれるほどの書物が揃えられているのに、なぜ『ヒューリアの壺』がないのかと、幼いわたしは父に問い詰めたことがありました。


 父は苦しいものをこらえる顔で、わたしの頭をなで、静かに諭しましたが……。


 あの時の思いは、今でも鮮明によみがえらせることができます。同じくらい、成長した今のわたしは、父の言葉の意味も理解することができたのですが。


 今でも、幼いあの頃のようにわたしは『ヒューリアの壺』を求めるのだろうかと、心の内で自問自答していました。

 そのわたしの内を見透かしたように、ナイジェル薬室長の言葉が続きます。


「その『ヒューリアの壺』が実在する可能性があるとしたら、嬢ちゃんはどうする?」


 息を呑むのと同時に、深く、真摯なところを見つめてくる眼差しに、わたしは知らず緊張を覚えました。


 あの頃のわたしがその話を聞いたのなら、迷うことなく飛び付いていたでしょう。苦しむ人々が外にはあふれていて、悲しむ声は日々止むことがなく、そして、なにより大切な人がすぐそばで苦しんでいる。


 迷うことがあるでしょうか。


 大切な人をたすける術があるのなら、一も二もなく、飛び付いたはず。──でも。

 きゅっと、わたしが膝上の手をにぎりしめるのと、オーフェン老の軽快な梟のような笑いが同時でした。


「お主もなかなか、意地が悪いのう。ナイジェル」


 まったく、とハーヴェイ医師も同意します。


「エリアーナ嬢でなくとも、『ヒューリアの壺』が実在するのなら、私だって読んでみたいと思うぞ。なにか、確たるものをつかんだのか?」


 二老人の好奇な視線にも、ナイジェル薬室長は口角を笑みの形にしたまま、わたしから視線を外しません。

 四年前から変わらぬ講義の姿勢に、わたしも少し息をついてから、挑むように答えました。



「読みたいです。もし──生涯で最後の書物になる、と言われても目の前に差し出されたら、読みたいと答えるかも知れません」


 迷いなく口にしたわたしに、目前のハーヴェイ医師とオーフェン老が、わずかにおどろいたように表情を動かしました。

 しかし、それらに揺らぐことなく、わたしは続けました。でも、と。


「古い医学書に、『ライザの(しるべ)』という本があります。昔、わたしがなぜ、我が家に『ヒューリアの壺』がないのかとたずねた時、父に渡された本です。帝国時代の医師が書き残した医学書で、今は最新の医学書が出回っているために、需要がないと忘れ去られてしまったものですが……」


 医学の基本も世の中も知らないあの頃、手近にある理解できる本を、与えられた書物を、無心に読みあさっていました。

 その中に、母の病を治す手掛りがきっとあるはずだと、信じて疑わずに。それなのに。


「父に渡された本が、理解できませんでした。わたしが読みたいのは万能薬の書であって、廃れてしまった医学書ではない。なぜ、古くなった知識の本を読ませるのかと、まったく理解できませんでした。けれど──最新の医学書と比べると、気付かされることがあります」


 それはごく当たり前で、単純なこと。


「『ライザの導』を書き記した医師は、一神教の教えの中でも、教義に触れないギリギリのところで他国の医術や民間療法など、当時の知り得る医術のすべてを記そうとしていました。それは、この先の医学の発展を願う思いからだと思います。今は見つからない病を治す術も、この先の未来で見つかることを祈って。──その一助となることを願う思いが、あの医学書から読み取れました」


 医学書の話にハーヴェイ医師がふだんの色香ただよう様子を潜めて、静かにわたしを見つめていました。

 わたしはナイジェル薬室長に相反する思いを抱えたまま、それでも迷うことなく答えました。


「薬草学や、他の分野に関しても同様のことが言えます。万能の書や知恵は、人の夢です。それを追い求める気持ちは、わたしの中にもあります。その書物が実在するのなら、読んでみたい。──けれど、今ある医術や薬学の歴史が、それに劣るものだとは思いません。万能の書に追い付くことを目指して、研鑽を積むのが、その道を目指した人の生き方だと思いますから」


 わたしは少し息を継いで、自身が心にとどめている思いとともに口にしました。


「『ヒューリアの壺』は、伝説のものであってほしいと思います。父は……それが禁忌とされる理由を考えなさいと言いました。万能薬の書は──武器と同義です。それを手にした権力者の意志ひとつで、世界がぬり変わる──。わたしは、完璧にすべてが記された書物と、人の努力と失敗と願いが込められた書物と、どちらを選ぶと言われたら、後者を選びます。……これで答えになるでしょうか」



 息詰まる緊迫がナイジェル薬室長とわたしの間にただよいました。

 それは知らぬ間に研究室全体に浸透していたようで、薬草を煮詰める静かな音が、いやに響いて聞こえました。


 ナイジェル薬室長が小さく笑います。いつもの笑い方ではなく、低くこもった声で。


「及第点な答えじゃな」


 わたしはそっと、苦笑を吐息に込めます。“及第点”はナイジェル老が教えを乞う者に等しく与える評価で、それ以上のものを受けた弟子はいないというのが、薬学研究室の通例でした。

 ホッホッホ、とオーフェン老が友人の心情を追加してきます。


「お主がいつもの笑いを出さない時は、花丸をつけている時じゃな。そうか……ナイジェル。お主の弟子にかつて、『ヒューリアの壺』にとり憑かれて禁忌に触れかけた者がいたのう。エリアーナ嬢が同じ轍を踏まないか、案じたわけじゃな」


 納得したように、ハーヴェイ医師が嘆息とともにうなずきます。


「妃殿下になられるエリアーナ嬢の立場で『ヒューリアの壺』を求めたら、国が混乱する元だ。しかし……やはり、惜しいな。エリアーナ嬢。今からでも遅くはない。妃殿下の道よりも、医学界に燦然と輝く、女性医師を目指すのも悪くはないと思うぞ」


 ハーヴェイ医師の口元には誘いかけるような微笑が浮かんでいますが、眸と声には真剣な色があります。突然新たな道を示されて、わたしは目をしばたたいてしまいました。


 オーフェン老とナイジェル薬室長のとどめるような、その実、面白がる声が続きます。


「やめとくんじゃな、ハーヴェイ。サウズリンドの王太子は女医師が好みだと、妙な噂が立つわい」

「まったく。医学室もこの薬学室のように、独占欲の強い方の目の敵にされて、精神的嫌がらせをされるのがオチじゃ」


 ……嫌がらせ? と、わたしがたずねるよりも早く、ハーヴェイ医師がわかっていたように、あきらめの息をつくのが先でした。


「あの方の囲い込みも執念に近いものがあるからな。エリアーナ嬢の勧誘には心残りがあるが……しかし、ナイジェル。お主の教えもまわりくどいものがあるぞ。はじめから、禁忌の書物にとり憑かれて身を滅ぼした者がいると話せばいいではないか。よけいな期待をさせおって」


 憤慨した様子を見せられるハーヴェイ医師は、やはり医学に携わる者らしく、『ヒューリアの壺』が読めない事実に残念がっているようでした。

 ナイジェル薬室長はぎょろぎょろとした目を返して答えています。


「お主らに問いかけた覚えは、とんとないのだがのう」

「おまえは昔から、なんでも秘密に事を進めがちだ。期待させて空ぶった詫びとして、おまえが今研究を進めているあの粉末の謎を教えろ。東の航路を通じてわざわざ取り寄せたと聞くが?」


 ヒッヒッヒ、と薬室長はいつもの笑いで返します。


「エリアーナ嬢のおかげで四年前から東洋の薬草に興味が広がったのでのう。あれは東洋の草木を粉末化したものじゃ。苗木を手に入れるのは、どうあっても難しいからのう。……それは、足の病に効くという。水の虫という名称があるので、とりあえず水に溶かして様子を見ているのじゃよ」


 すると、近くで「水、水」と研究室内の水瓶を物色して水を口に含んだジャンが、ぴゅーっと勢いよく水を吹きだしました。


 まるで、異国の書物で読んだ海の獅子という彫像にそっくりです。

 先から落ち着きのない従僕……と言いますか、行儀のなっていない家人に、わたしはお詫びをしなければならないかも知れません。



 しかし、目の前では「それはどんな病だ」と身を乗り出すハーヴェイ医師と、「ナイジェルが依頼してきた東洋語の翻訳か。あれは今、ようやく系統が立てられたところで……」と真剣に答えるオーフェン老。「水の虫は一国の王を眠れぬほど悩ませた病と書かれていたのじゃ。一刻も早い翻訳を望むぞ」と口にするナイジェル薬室長は、どこか答えがわかった口調です。


 真剣に語り合うサウズリンド王宮の三賢者を見て、わたしは心があたたかくなる思いでしぜんとほほ笑んでいました。


 背後で激しく咳き込む従僕の、声ならぬ抗議もあったようですが。





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