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第四十二話 みんなの幸せ

 教室では何人もの生徒がバットを持ち、そして別の生徒に殴り掛かっている。

 みんな……何をしているんだ!?

 僕の頭の中で機械的な声が聞こえてきた。

『目標を捕捉……殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガー発動』

 パァン、パァン――。

 僕は、手にしていたけん銃で生徒の頭を撃ち抜いた。

 そして、ルカにも銃口を向ける。

 パァン――。

「うわぁぁぁぁぁぁっ」

 僕は、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 なんでこんなことに……どうして!?

「ビリー……ビリー……」

 声がする。

「ビリー……しっかりして」

 ルカの声だ……。

 そんな……ルカは、死んだはず……僕が殺した。

 目を開けると、そこにはルカがいた。

 なんで……生きているんだ!?

「ここは元の世界じゃない……」

 ルカは僕の肩を揺さぶる。

 僕は、我に返った。

 そうだ……思いだした……僕は異世界にいたんだ。

 たしか、機械に取り込まれたハイジを助けようと……ビルから落ちて……。

 ハイジは!?

 僕は辺りを見回した。

「ビリーさん……」

 後ろから声を掛けられた。

 振り返ると……。

 そこに、ハイジが立っていた。

「ハイジ……無事で……よかった……」

「ありがとうございます」

 久しぶりの再会だけど、ここで抱き合えるなんて仲でもないし……そんなことはずかしくて僕にはできやしない。

 僕たちは、笑顔で笑い合うのが精一杯だった。

 あの頃のハイジのままだった。

 優しくて、素直で……なにも変わっていない。

 変わってしまったのは、僕だろう。

「そうだ……シモンがひどい怪我を……」

「大丈夫だ……この子に手当てしてもらった」

 シモンは壁に凭れ腰を下ろしていた。

 その隣には、女性が付き添っている。

「よかった……」

「ほかの方の傷も癒やしました」

 アーラとジャマールは、歩けるほどに回復している。

 ヤコブも無事のようだ。

 彼も壁を背に腰を下ろしている。

「肋骨をやってしまったみたいでね……動くと痛むので少し休ませて貰うよ」

「本当にごめんなさい……」

 ハイジは頭を下げた。

「キミのせいじゃない……」

 ヤコブは手を振った。

 あの戦闘兵器はなんだったのだろうか?

「ハイジ、いったい何があったの?」

 ハイジは俯いて首を横に振る。

 スーツ姿の男は、ハイジに何かさせようとしていた……。

 それと関係があるのだろうか?

「見たまえ……融合が始まったようだ」

 ハクが言う。

 見ると、今まであったビルは無く、学校がうっすらと見え隠れしている。

 空はまるでひび割れたように二つに裂け、夜空と青空が混合する。

 地響きが鳴り、大地は揺れていた。

 このままだと、さっきの光景が現実に……。

「ハクさん、融合を止める方法は?」

 ハクは黙ってハイジを見つめている。

「わたしが説明するわ……」

 アリスが、僕たちの前に歩み出た。

 そして、ハイジに顔を向ける。

「あなたはこの世界の創造主……あなたしか、止められない」

 ハイジは困惑した表情を浮かべる。

「あなたは? ……わたし?」

 ハイジとアリスは服装こそ違うが、顔はうり二つだった。

 ゴゴゴゴゴゴ――。

 大地が強く揺れ、崩れ始めた。

「もう……時間がない……付いてきて」

 アリスは、歩き始めた。

 僕とハイジは目を合わせ、その後に続いた。

 崖の上に巨大な青い石がある。

 アリスは、その前で足を止め振り返った。

「この世界を封印するの……そうすれば、融合は止められるわ」

「どうやって?」

 僕はアリスに問い掛ける。

 アリスはハイジを見つめた。

「この石は、あなたの力を解放するもの……手を触れてみてごらんなさい」

 ハイジが恐る恐る手を伸ばす。

 そして指が触れた瞬間――。

 まばゆい光が、指先から溢れ出た。

 そして、ハイジの周りだけ、ひび割れていた大地が元に戻っていく。

 ハイジは、指を放した。

「吸い込まれそう……」

 そう言葉にする。

「ここは、あなたの心の世界……」

「心の?」

「遮断するのよ……これまで殻に閉じこもっていたのと同じように……そうすれば、もう誰も邪魔しにこないわ」

 ハイジは俯いた。

「あなたの心の弱さが人を呼んだの……誰かに救って欲しい……慰めて欲しい……哀れんで欲しい……そんな思いが、ここにいる人たちを呼んだのよ」

 ハイジは、僕に目を向けた。

 そして、すぐに目を逸らす。

「憎しみが生まれることも、殺し合うこともない……誰かが悲しむこともない平和な世界……あなただけの世界よ」

 ゴゴゴゴゴゴ――。

 再び地響きが鳴る。

 地面が大きく揺れた。

「うわあぁぁぁぁっ」

 ルカが叫んだ。

 僕の後ろで地面が崩れる。

 ルカもアーラもシモンも……みんな、崖の下に落ちていく。

「ルカーッ!」

 手を伸ばしたが、間に合わなかった。

「時間が無いわ! さぁ、石に触れてこの世界を封じ込めるのよ」

「これでみんな……幸せになれますね」

 ハイジは、そう言って僕に笑顔を向ける。

「ハイジ……待って……」

 しかしハイジは、僕の言葉を聞かずに背を向ける。

 ハイジの手が石に触れると、そこから青白い光が溢れ出す。

「誰もいない、あなただけの世界を造るの」

 アリスは言った。

 石から溢れ出す青白い光は、ドーム状に広がり僕の体に触れた。

 すると、僕は押し出されるように、宙に舞い上がる。

 まるで巨大な風船が膨らんでいくように――。

「誰にもじゃまされない……素敵な世界」

 アリスは、僕を見上げていた。

「ハイジ! 僕を追い出さないで!」

 僕のその言葉に、ハイジは振り返る。

 しかし、僕の体はハイジから遠ざかっていく。

「ハイジィィィィッ――!」


「ビリー……」

 僕の名を呼ぶ声が聞こえる。

「気が付いた?」

 目を覚ますと、ルカの顔がある。

 僕は眠っていた。

 青空が広がる。

 涼しい風に乗って、雲が流れていく。

 起き上がると、周りには自然が広がっていた。

 鳥がさえずり、小川が流れる。

「ここがあの子が望んでいた世界」

 アリスの声がする。

 ハクに、アーラ、ジャマール、ヤコブの姿も見える。

 そして、シモンと彼の恋人も。

 よかった……みんな無事だ。

「ハイジは?」

 ルカが遠くを見つめる。

 その先には青い石があった。

 僕はすぐに駆け寄った。

 青い石の中には、少女が祈るように胸の前で手を合わせている。

 ハイジ――。

 まるで、氷付けにされた人形のように。

 目を閉じて、安らかに眠っているようだ。

 その傍らにアリスがいた。

 切り株に腰掛け、リスに木の実をあげている。

「あなたたちだけ、取り残されたみたいね」

「融合は解除されたのか?」

 ハクが言った。

「えぇ……この世界は封印されたの……ハイジの心の中奥底に」

「俺たちは元の世界に戻れるのか?

 ジャマールが、アリスに問い掛ける。

「みんな元に戻るわ」

「死んでいった人も?」

 アーラも口を開いた。

「そうよ 元通り」

「そう……か……コレル」

 アーラの表情はどこか冴えない。

「あそこに光が見えるでしょう?」

 アリスが指差した。

 その方向には、天まで伸びる光の柱がある。

「あそこから帰れるわ……そして、もう二度とこの世界に足を踏み入れることはない……そして」

 アリスは僕に目を向けた。

「ここでの記憶は失われるの……永遠に」

 ここでの記憶……。

「そうか、じゃーな」

 ジャマールは駆けだして行く。

 戦いの記憶……。

 僕は、この世界が嫌いだった……。

「俺もこの辺でおいとまするよ」

 ヤコブも後に続く。

 二人は光の柱に重なると、その姿を消した。

 人を殺したくなかった……。

 早く元の世界に戻りたかった……。

「私も、コレルが心配だから……世話になったね……」

 そう言って、アーラも光の中へ消えて行く。

 でも、たくさんの仲間と共に戦って、乗り越えて……。

 笑って……励まし合って……時には喧嘩した……。

「何もかも……終わったな……元通り……今まで通りの生活が始まる……」

 ハクは煙草に火を付ける。

 僕は、きっと今まで通り毎日学校に通って。

 勉強して……。

 でも……。

 僕は……それが嫌だった。

 僕はアリスに問い掛ける。

「ハイジは……どうなるの?」

 アリスは、青い石に目を向ける。

「このままよ……」

 このまま……?

「これで……みんな……幸せになれるって……言ってたよね?」

「そうね……」

 違う――!

 僕は、石に閉じ込められたハイジに向かって言った。

「幸せになれる……そう言ってキミは笑顔を作ったけど……心は悲しんでいた」

 ダン――。

 僕は青い石を叩いた。

「キミは、独りぼっちじゃないか!」

「あの子はそれを望んだのよ」

 アリスが答えた。

「そんなの……寂しいよ……僕はハイジと一緒にいたい……」

 僕の頬に涙が伝わる。

「だから、ここを開けてくれよ!」

 ダン――。

 ダン――。

 石を強く叩いた。

 しかし、ハイジは瞳を閉じたまま。

 優しい顔で眠っている。

「どうしてキミは……いつも、自分を犠牲にしようとするんだ? それでみんなが幸せになるとでも思っているのか?」

 声を枯らし、僕はまるで子供のように泣きだした。

「僕は幸せじゃ無い! 僕は、キミと一緒にいたいから! だから幸せじゃ無い!」

 僕は両手を石につけたまま、地面に膝をついた。

 涙が、まるで雨のように地面に落ちていく。

「シモン……」

 シモンの傍らに寄り添う女性が、シモンに言葉を掛けている。

「青い石はあの子の力を開放するものだとすれば……」

 シモンは、アリスに問い掛けた。

「赤い石は?」

 アリスは、黙っていた。

 そして、ゆっくり口を開く。

「……その力を、かき消すもの」

「下がっていろ」

 シモンは僕の肩に手を乗せた。

 そして、青い石の前に立つ。

 チャキーン――。

 双剣を抜いた。

 真っ赤に光輝く双剣。

 クリムゾンネイル――その名の所以である。

「やめなさい! 危険よ」

 アリスは叫んだ。

 シモンは、構わず双剣を石に突き刺した。

 ガキン――。

 石に傷がつく。

「よせ! それを壊したら、現実世界と融合するぞ!」

 ハクが言う。

「元の世界もこの世界も……何も変わり映えはしない」

 シモンは、そう言って剣を突き刺す。

 ガキン――。

 石の傷は少し大きくなった。

 シューッ――。

 突然、石から棒状のものが複数飛び出した。

 それは、まるで巨大な虫の足のようだった。

 六本の足は、シモン目がけて襲い掛かる。

 グシャッ――。

「ぐわぁっ」

 足はシモンの体を貫いた。

 血が滴り落ちる。

「シモンさん!」

「大丈夫だ……」

「このまま続ければ、排除……されるわよ?」

 アリスは言う。

 ガキン――。

 シモンは、それでも尚剣を突き刺した。

 ピシッ――。

 青い石に、ひびが入る。

 それと同時だった。

 パリン――。

 双剣の一つが砕け散った。

「くそっ」

 シューッ――。

 再び虫の足が動きだす。

 グシャッ――。

 そして、シモンの体を突き刺した。

「ぐっ」

 シモンは、その場に片膝を突く。

「シモンさん、もう……やめてください!」

 僕は、シモンの元に駆け寄った。

「つくづく似ているよ……貴様は俺とな」

 ガキン、ガキン――。

 シモンは膝を突いたまま、剣を刺し続けた。

 パリン――。

 そして、もう一つの剣も砕け散った。

 部分的にひびが入ったが、青い石は壊れるようなことはなかった。

「くそっ……赤い剣をもってしても砕けないとは……」

 シモンは、その場に腰を落とした。

「シモン!」

 シモンの恋人が駆け寄ってくる。

「それほどまでに……あの子は」

 アリスは言う。

「赤い石……砕けちまったな……」

 そう言って、砕け散った剣の欠片を拾い上げる者がいた。

 ブロックだ――。

 エイトリの姿も見える。

「こいつ……少し借りるぜ?」

 ブロックは、遠くに止まるフォージトレインに向かって駆けだして行った。

 カーン、カーン――。

 甲高い音が鳴り響く。

「あの子は戦争のある世界から逃げ出してきたの……そして、この世界を作り出した」

 アリスは、僕たちに向かって話し始めた。

「最初は草原しかない世界だった……そこに次々と人がやってきたわ……ハイジと同じように逃げ出した人々が」

 僕に顔を向ける。

「それぞれの思いと理想がぶつかり合い……やがて、争い合う世界になった」

 アリスが目を向けた先には、けん銃が落ちている。

「そう……現実と同じように」

「おまたせっ!」

 ブロックが戻ってくる。

「手を出しな!」

 僕は、言われるままに手を広げた。

 カラン――。

 ブロックは、僕の手の上に弾丸を乗せる。

「これは――!?」

 その弾丸は、真っ赤に光輝いていた。

「双剣の破片?」

「おぅ、50口径のマグナム弾だ! イーグル50AE、持ってるだろ?」

 ヤコブさんから受け取った銃……。

 地面に落ちている。

 僕はその銃を拾い上げた。

「それで、ぶち抜きな!」

 これで……ハイジを救える!

「ありがとう!」

 僕は、マガジンを取り出し、弾丸を込める。

「もう止めても無駄だろうね……」

 ハクは言った。

「僕は……決めたんです……」

 フーッ――。

 ハクは吸った煙を吹き出した。

「所長から大目玉だよ……始末書で済めば良いけど……」

 カチッ――。

 僕は、マガジンを装填した。

 弾丸は7発――。

 目標は青い石――。

「亀裂の入った所を狙え」

 シモンが腰を下ろしたまま言った。

「はい――」

 青い石から伸びる足が、うねうねと動いている。

 石に近づき過ぎると、攻撃されてしまう。

 僕は距離を取った。

 殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガーは発動しない。

 僕が狙うんだ――。

 僕の、この目で――。

 照準を、青い石の亀裂に合わせる。

 そして、トリガーを引いた。

 ズドーン――。

 銃口から真っ赤な光が迸る。

 弾丸は空気の渦を作り、レーザービームのような軌跡を作った。

 反動が強い!

 僕は後ろに倒れてしまう。

 ガキン――。

 弾丸は、青い石に命中した。

 亀裂は大きくなっている。

 このまま撃てば……行ける!

 衝撃で手が痛い――。

 反動が肩まで伝わってくる。

 ルカが僕の後ろに回り込んだ。

 両手で僕の肩を掴む。

「こうしてれば、倒れないでしょう?」

「助かるよ」

 ズドーン、ズドーン――。

 僕は撃ち続けた。

 一発一発の衝撃がものすごい。

 衝撃で体が後ろに持って行かれる。

 ルカが支えてくれていなきゃバランスを崩してしまう。

 ガキン、ガキン――。

 まだ割れないのか?

 次が最後の一発――。

 僕の手は震えていた。

 これで、壊れなければ……。

 僕は、トリガーを引いた。

 届け僕の思い……。

 ハイジまで――。

 ズドーン――。

 銃口から放たれた真っ赤な光は、青い石に向かって飛んで行く。

「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 パリーン――。

 青い石は、粉々に砕け散った。

「ハイジーッ!」

 僕は駆け寄った。

 前のめりに倒れそうになるハイジを受け止める。

「ハイジ、ハイジ!」

 僕は呼びかける。

 ハイジは目を開けた。

「ビリー……さん」

 僕は、ハイジをきつく抱きしめた。

 もう……離さない――。

 どこにも行かないでくれ――。

 ハイジは笑顔で答えてくれた。

「はい――」

⇒ 次話につづく!


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