第四十一話 閉ざされた心
シモンとアーラの協力もあって、僕はスーツ姿の男を倒すことができた。
しかし、シモンは赤い剣で刺されて倒れている。
「シモン!」
スーツ姿の男に捕まっていた女性が声を上げて駆け寄ってきた。
シモンの恋人だろうか?
シモンの傷は深かった。
赤い剣で殺された者は復活しない……。
このままでは……。
そうだ、ハイジならこの傷を回復できる。
辺りを見回すと、隣のビルの屋上に佇むハイジの姿が見えた。
僕はすぐに駆け寄った。
「ハイジー」
ハイジはうつろな目をして佇んでいる。
僕の呼びかけにも反応しない。
ハイジの近くまで近寄ると、彼女は僕に向けて手をかざした。
ドン――。
僕は突然、後方に吹っ飛ばされた。
とっさに受け身を取って、頭を打つのを逃れた。
爆発か?
いや、違う……。
ハイジだ――。
彼女の手から衝撃波が発生したんだ。
『敵対勢力……確認』
ハイジは、機械的な喋り方でそう言った。
カーッ――。
次に起きたのは閃光だった。
まるでフラッシュのような眩しい光が、ハイジの体から発せられた。
そして、地面から無数の機械の部品が浮かび上がる。
何が起きているんだ!?
ガチャン、ガチャン――。
機械の部品は、ハイジを包み込み、やがてメカのような形状を作り出す。
ヘリのような球体のボディに、歩行可能な二本の足が付いている。
ボディの両サイドに腕は無く、代わりに無数の重機関銃が装着されていた。
戦闘兵器!?
ハイジがその中に取り込まれた。
戦闘兵器に装着された無数の銃口が僕に向く。
まずい――。
僕は背を向け、一目散に走り出した。
ズダダダダダダダダダッ――。
後ろで凄まじい音の銃声が鳴り響く。
このままだと、体中に穴が空いてしまう!
急いで身を伏せた。
「ビリー!」
ルカが僕の元へと駆け寄ってきて、水を放った。
ルカの半透明防護壁が生成される。
「助かった」
バスッ、バスッ、バスッ、バスッ――。
戦闘兵器の放った弾丸は、水のバリアで威力を落とす。
ズダダダダダダダダダッ――。
しかし、それでも尚、戦闘兵器は執拗に撃ち続けてきた。
バリアは穴だらけになり、水となって崩れ落ちる。
「だめだ! バリアがすぐになくなってしまう」
ルカが声を上げた。
そして、もう一度半透明防護壁を生成する。
「ビリー、今のうちに」
僕とルカはバリアを背に、向かいのビルへと駆けだした。
戦闘兵器は、僕たちを追ってはこなかった。
「また殻に閉じこもって……」
誰かが口を開いた。
「すぐそうやって嫌なことから逃げる」
僕たちの横には、少女が立っていた。
「キミは確か……」
あの不思議な少女……アリスだ――。
「ねぇ……救ってあげて欲しいの……」
アリスは僕に向かって言った。
「教えてあげて欲しいのよ……心を許したあなたなら……できるわ」
この子はいったい……何者なのだろうか?
ハイジと何か繋がりがあるように感じる。
「もちろんだ――」
そう答えた。
僕は、ハイジを救うためにこの世界にきたんだ。
戦闘兵器は同じ場所をぐるぐると巡回している。
近づく者を迎撃するシステムだうか?
「なんだーありぁ?」
ジャマールが僕たちの前にやってきた。
「わからない……突然出現した」
「どうれ――」
ピン――。
ジャマールは、戦闘兵器目がけてグレネードを投げつけた。
ドーン――。
爆発が起きる。
しかし、戦闘兵器は怯む様子も無く、殆ど無傷だった。
『敵対勢力……確認』
ガシャン、ガシャン――。
戦闘兵器はこちらに移動してくる。
「あー……こちらの位置をさとられちゃったね」
ハクが言った。
「それなら、迎撃するまでよ」
ジャマールは、ライトマシンガンを戦闘兵器に向けた。
ダダダダダダダッ――。
アーラも、それに合わせてアサルトライフルを発砲した。
カンカンカンカンカンカン――。
しかし、いずれの弾丸も鋼鉄の装甲に弾かれる。
「だめだ……効いていない」
戦闘兵器の両サイドに装着した重機関銃から火花が飛び散った。
ズダダダダダダダダダッ――。
「みんな、危ない!」
ルカはジャマール、アーラの前に半透明防護壁を生成した。
しかし、戦闘兵器の火力の前に一瞬で消えてしまう。
「うわっ」
ジャマールは、叫び声をあげた。
そして、その場に倒れ込む。
血を流している……被弾したんだ。
アーラも蹲っていた。
戦闘兵器は、尚もこちらに向かってやってくる。
パァン、パァン――。
僕はダメ元で発砲した。
カカン――。
やはり、はじき返されてしまう。
くそっ……いっさいの銃が効かないなんて……。
スダン、スダン――。
僕の後方から発砲音がする。
ガーン!
戦闘兵器は、体勢を崩して倒れ込んだ。
何が起きたんだ!?
後ろを振り返ると、ヤコブがけん銃を構えていた。
「脚の関節部分を狙った――」
彼はそう言った。
「あれを止めないと元の世界に戻れないってーなら協力するぜ?」
「助かる!」
ルカは、ジャマールとアーラの容体をみていた。
命に別状はなさそうだけど、今は動けないだろう。
「所詮は機械だ……脆い箇所は存在する……」
ヤコブはそう言った。
簡単に言うけど……かなり精度の高い射撃ができないと不可能だ。
僕の腕では、接近しなければ難しいだろう。
しかし、近づく間に蜂の巣にされてしまう。
「エンジン部分を狙うぞ」
「待って下さい! 中にはハイジが……友達が……」
ヤコブの提案を僕は拒否した。
ガチャン……ガチャン……。
ヤコブは、戦闘兵器を見てあっけにとられている。
戦闘兵器は立ち上がり動き出していた。
なんで!?
脚は壊れたはず――。
見ると、地面から機器が浮き上がり、脚のパーツを形成している。
再生した!?
「くそ、不死身かよ……俺はもう一度脚を狙う、挟み込むように二手に分かれるぞ」
僕は戦闘兵器の右側に回り込むように駆けだした。
戦闘兵器は、突如加速する。
ゴーッ――。
背中の部分がジェット機のエンジンようになっていた。
轟音を響かせ、ヤコブ目がけて突進していった。
ドーン――。
「ぐはっ」
ヤコブは、体当たりをくらい、戦闘兵器と壁の間に挟まれる。
「ヤコブさん!」
くそ――。
パァン、パァン、パァン――。
僕は戦闘兵器目がけて銃を放つ。
しかし、弾かれる。
戦闘兵器は、こちらを向いた。
そして、両サイドに備え付けられた重機関銃が僕に向いた。
まずい――。
ズダダダダダダダダダッ――。
銃が一斉に火を噴いた。
無数の弾丸が僕目がけて飛んでくる。
終わった――。
いや……諦めちゃだめだ!
ここで僕が諦めたら誰も救えない……。
ハイジとの約束も……また破ってしまうことになる。
加速するんだ――。
シモンと戦った時のように――。
僕の体は軽くなった。
飛んでくる弾丸がスローに見える。
弾丸が僕の体に当たることはなかった。
それよりも速く僕は移動した。
まるで追い風に吹かれて飛ばされるように。
そして、一瞬で戦闘兵器の裏側に辿り着いた。
僕は、ボディに付けられた手すりに掴まり、戦闘兵器の上によじ登った。
ここなら、こいつの攻撃は届かない。
戦闘兵器の上部と全面はガラスになっている。
おそらく強化ガラスだろう。
中にハイジが座っているのが見えた。
このガラスを壊せば――。
パァン、パァン――。
カーン――。
ガラスに銃口を近づけて撃ったが、傷が付くだけで割れるようすはない。
そんな――なんて硬いんだ。
「こいつを……使え……」
ヤコブの声がする。
彼は、血まみれで壁に凭れていた。
ヤコブは、僕に向かって銃を投げた。
僕は戦闘兵器の上で、それを受け取った。
「お前の銃よりか……威力はある……」
50口径の弾丸か――。
よし、これなら――。
僕は、再びガラスに向けて発砲した。
ズダン、ズダン――。
凄い反動だ――体が持って行かれそうになる。
パキッ――。
ガラスにひびが入った。
戦闘兵器は、動き回る。
振り落とされないように、手すりに掴まった。
ズダン、ズダン、ズダン――。
僕は撃ち続けた。
パリン――。
割れた――。
ガラスに、手のひらほどの穴が空く。
ズダン、ズダン――。
割れた部分の周辺を撃ち込んだ。
一度割れてしまうと脆かった……すぐに人が入れるほどの大きさの穴が空いた。
僕は割れたガラスの間から、中に入る。
ハイジは、虚ろな目をして操縦桿を握っていた。
「ハイジ、しっかりして、ハイジ!」
僕はハイジの体を揺さぶった。
ウィーン――。
ハッチが開いた。
ゴーッ――。
そして、戦闘兵器は凄い速さで動き始めた。
ドーン、ドーン――。
壁に自らのボディを叩きつけている。
「うわっ」
中に入った僕を振り落とそうとしているのだろうか?
くそっ――。
ハイジは絶対に放さない。
僕はハイジの体を抱きしめた。
ここから、出してやれば……。
ドーン――。
戦闘兵器は、端の鉄柵に激しく衝突した。
そして、バランスを崩し、そのまま落下する。
うそだろう!?
僕とハイジを乗せたまま、戦闘兵器は地面に向かって落下していった。
「うわぁぁぁぁっ」
◇ ◇ ◇
そろそろ授業が始まる時間だ。
キーンコーンカーンコーン――。
始業のチャイムが鳴った。
僕は急いで校舎の階段を駆け上がる。
駆け込めばぎりぎり間に合う。
僕は廊下を走った。
教室の中が騒がしい……何かあったのだろうか?
僕は、教室の扉を開けた。
教室内では、生徒の一人がバットを振り回していた。
こんな場所で、そんなものを振り回したら危ないのに――。
バットを持った生徒は一人だけじゃ無かった。
何人もの生徒がバットを持ち、そして別の生徒に殴り掛かっている。
生徒の振ったバットが、別の生徒の頭に直撃する。
ゴキッ――。
鈍い音がした。
頭を打たれた生徒は、まるでマネキンのように倒れ込んだ。
「うわぁぁぁぁっ」
「きゃーっ」
教室内に悲鳴と怒号が響き渡る。
みんな……何をしているんだ!?
早く先生を……。
別の生徒は、ナイフを手にしていた。
そして、バットを持っていた生徒の腹に向けて突き刺した。
真っ赤な鮮血か、滴り落ちる。
教室に血の水溜まりができた。
なんで……こんなことに!?
みんな、どうしちゃったんだよ?
僕の頭の中で機械的な声が聞こえてきた。
『目標を捕捉……殲滅の自動照準発動』
え――!?
僕の腕が勝手に上がる。
その手には、けん銃が握られていた。
パァン――。
僕の前にいた生徒の頭に弾丸がめり込み、血しぶきが飛び散った。
て、手が……勝手に……。
左手で、銃を取ろうとしたが、右手が言うことを効かない。
パァン、パァン――。
さらに、二人の頭を撃ち抜いた。
「うわぁぁぁぁぁっ」
僕は叫んだ。
みんな、顔を歪めて僕を見ている。
違う……違うんだ……僕はやりたくてやったんじゃない!
「ビリー……」
僕の名を呼ぶ声がする。
振り返るとルカが立っていた。
引きつった表情で僕を見ていた。
そんな顔で見ないでくれ――。
『目標を捕捉……』
再び頭の中で声がする。
僕の手は、ルカに銃口を向けた。
よ、よせ……やめろ……やめてくれぇーっ!
パァン――。
ルカの額に穴が空いた。
そして、悲痛の表情を浮かべたまま、後ろに倒れた。
「うわぁぁぁぁぁぁっ」
⇒ 次話につづく!
★気に入っていただけたら【ブックマークに追加】をお願いします!