第三十話 見えざる敵
僕たちは、闇に追われるようにして町を後にした。
砂嵐が激しく吹き付ける。
布を顔に巻き、砂から顔を守る。
砂丘の先に岩の山脈が見えた。
高い岩山の崖下を進む。
岩山の間に、その砦はそびえ立っていた。
土色の石造りの建物だ。
ビルのように正方形の形状をしている。
その建物が、まるで関門のように道を塞いでいた。
闇はすぐ後ろから迫っている。
この砦を取らなければ先に進めない。
僕は、双眼鏡で様子を伺った。
屋上に見張りが一人いる。
やはり敵に取られているか……。
こちらを見ていない。
まだ僕たちには気づいていないようだ。
もうすぐ陽が落ちる。
ミネットとテオには、安全なところで待機していて欲しかったけど、闇も近いし、全員で中に突入するしかなさそうだ。
僕は屋上以外にも、それぞれの窓を双眼鏡で確認した。
敵が覗いているといった様子はない。
壁には小さな穴が開いている。
そこから銃で狙っているということも考えられる。
しかし、こちらからでは判断が付かない。
迂闊に近づいて、狙い撃ちされる可能性もある。
今いる位置から砦まで遮蔽物は無い。
スモークを炊いて進むか?
しかし、余計なことをして、位置をバラしてしまうのも得策ではない。
徐々に砂嵐が酷くなる。
まともに目を開けることができないほどだ。
アルクがミネットを抱き寄せ、砂嵐から守っている。
これが利用できる。
この激しい砂嵐が、僕たちに味方してくれるはずだ。
僕たちの姿を隠してくれる。
とはいえ、屋上にいる見張りだけが問題だ。
僕の拳銃では距離が遠くて当たらない。
こんな時に狙撃手がいれば……見張りを倒して進めるのに――。
いや、他人に頼るのはよくないな……いないなら、僕ができるようにしないと……。
「屋上にいる兵士が、向こうを向いた時に近づこう」
皆に伝えた。
「今だ!」
タイミングを見計らって走る。
狙撃されることもなく、無事砦の前までこれた。
そして、すぐに横側に回り込んだ。
窓から中の様子を伺う。
見る限り誰もいなさそうだ。
僕は、両開きの窓の隙間にナイフを差し込み、留め金を外した。
そこから中に侵入する。
小さな部屋になっていた。
なんて豪華な部屋なんだ。
壁や柱、床にさえ装飾がみられる。
明かりは付いていないが天井には小さなシャンデリア、棚の上には高級そうな壺などが置かれている。
貴族たちが住んでいたかのような建物だ。
窓から夕日が差し込み、豪華さをより際立たせている。
ソファが置かれ、休むことができる。
ミネットたちは、ここで待機させるべきだろうか?
敵の拠点内だ――離れている間に敵が襲ってくるかもしれない。
一緒に行動した方が彼女たちを守れる。
木でできたアーチ状の扉をあけ、廊下に出る。
部屋の数は多そうだ。
それを一部屋、一部屋クリアリングしていかなくてはならない。
壁の後ろに敵が潜んでいるかも知れない。
階段に隠れていはいないか?
天井にカメラが設置されていないか。
僕たちは慎重に進んで行く。
砦の中は、静かだった。
まるで、人がいる気配がしない。
僕が先頭、アルクがしんがりを務める。
L字の通路を曲がると、長い廊下になっていた。
壁には中世の鎧が、いくつも並べられている。
床は大理石でできているのか、足音がよく響く。
コツリ、コツリ――。
なるべく足音を立てないように歩いているのに、それでも鳴ってしまう。
その足音が静かな通路に響き渡る。
敵は僕たちに気づいているだろうか?
通路を半分近く進んだ時だった。
「うわぁ」
後ろでテオの叫び声が聞こえる。
敵か!?
僕はすぐに振り返り、銃を向ける。
しかし、そこに敵の姿はない。
どこだ――!?
テオは、足を押さえている。
すぐに止血するんだ。
ミネットは、傷口にタオルをあて包帯を巻く。
「何があった?」
テオに確認する。
「分からない……突然……」
どこかに隠れている?
長い通路だ、隠れる場所なんて無いはず……。
見えない敵――か。
見えないことが、これほどまでに恐ろしいとは。
「急いで先に進もう」
僕はみんなに言った。
アルクがテオに肩を貸す。
「悪いね……」
敵は、透明になれるのか……?
そんな能力があるのだろうか?
それとも床に隠し扉があるのか?
まるで幽霊に遭遇した気分だ。
「あぁっ」
アルクの声だ。
すぐに振り返るがやはり、敵の姿はない。
「後ろから……突然……」
鎧を着ていたため、怪我はないようだ。
なんなんだ!? 敵は何処に潜んでいるんだ?
隠れる場所なんて、無いはずだ。
このまま進むのは危険だ――敵の正体を、見えない理由を暴かなくては……。
薄暗いからどこか見落としている?
僕は注意深く辺りを見回す。
窓は閉ざされている。
天井にも隠れる場所なんてない。
敵が隠れられる場所――。
ひとつだけ……隠れられる場所があるとしたら――。
並べられた鎧――。
その裏か?
僕は鎧に銃口を向ける。
すると、鎧が動き出す。
意外だった……盲点だった。
鎧その物が敵だったなんて――。
鎧は、持っていた槍で突き刺してきた。
僕は横に飛び避け、それをかわした。
鎧を着ている分、動きは遅い。
パァン、パァン、パァン、パァン――。
兜に向けて、弾丸を放つ。
カン、カン、カン、カン――。
弾かれた――。
化け物は至近距離でならまだ効果があったけど、この相手は至近距離でも完全に弾かれる。
これじゃあ、僕の攻撃は通じない――。
それに、殲滅の自動照準が反応しない……。
鎧に覆われているからか?
再び槍が僕を襲う。
僕は後ろに駆け出し、少し距離を取った。
胸のホルダーから、サブマシンガンを取り出す。
「これならどうだ!」
ダダダダダダダ――。
サブマシンガンをフルオートでぶっ放す。
反動で銃口が上を向くのを押さえながら、兜を狙い続ける。
カン、カン、カン、カン――。
しかし、すへで弾かれる。
そんな――。
今までの敵は鎧なんて着ていなかったから、ヘッドショット一発で仕留められたのに。
グレネードがあれば、吹っ飛ばせた――。
完全な準備不足だ。
あの鎧をなんとかしないと、こちらに勝ち目はない。
「いったん逃げよう! 走るんだ」
僕はみんなに声を掛ける。
通路を走り出した。
「一端どこかに隠れて立て直そう」
作戦を考え無いと、どうにもならない。
通路の先で、別の鎧が動き出す。
その鎧は、僕たちの行く手を遮る。
そんな……二体の鎧に挟まれた。
逃げ場は無い――。
その鎧は斧を振りかぶり、襲い掛かってきた。
後ろには別の鎧がいるし、これ以上下がれない。
ガツン――。
巨大な斧を受け止めたのは、アルクの盾だった。
「ぼくが……倒す……」
アルク――。
僕の銃は効かないけど、アルクのハンマーなら対抗できる。
「うおぉぉぉっ」
アルクは、敵の鎧に向けてハンマーを振り下ろす。
ガツン――。
敵は斧でそれを受け止める。
二人の力比べが始まった。
「きゃっ」
「うわぁっ」
ミネットとテオの声だ。
しまった――、敵はもう一人いる。
もう一人の鎧は、二人に襲いかかっていた。
僕はサブマシンガンのマガジンを交換する。
「お前の相手は僕だ!」
僕は走り込みながら、敵に弾丸を放った。
ダダダダダダダ――。
カン、カン、カン、カン――。
やはり、弾かれる。
けど今は、アルクの時間稼ぎができればいい。
撃っている間は、敵の攻撃は止まる。
カチリ――。
弾切れ――?
素速くリロードしなくちゃ。
僕は、置かれている鎧の影に隠れてマガジンを換える。
その隙を見て、敵の鎧は槍で刺してきた。
「うわぁっ」
僕の腕から血が飛び散る。
腕を切られた。
このままでは、いつかやられてしまう……。
アルクは――?
もう一人の鎧と戦っていたけど……。
彼を見ると、倒れていた。
敵の斧を盾でなんとかガードしているが、防戦一方だった。
そんな……。
僕の銃が効かない今、彼だけが頼りだった。
僕たちは、ここで負けてしまうのか……?
「くそっ」
アルクと戦っていた鎧は、ターゲットを変えて、ミネットとテオの方に向かう。
僕は、もう一人の鎧の攻撃を避けることしかできない。
万事休すだ――。
「ぼ、ぼくが守るんだ……強くなって……みんなを守るんだ!」
アルクは声を上げた。
見ると腕に注射を打っている。
「おい、なにをしてるんだ?」
「テオがくれた……これがあれば、力が増幅できる」
「そんな物に頼っちゃダメだ!」
「うわあぁぁぁぁぁっ」
アルクは叫び声をあげた。
苦しみ、もだえ地面を転がる。
「アルクお兄ちゃん!」
ミネットはアルクに駆け寄る。
もともと大きかったアルクの体は、更に大きくなっていく。
バキン――。
彼の着ていた鎧がはじけ飛んだ。
その容姿は、まるでゴリラのようになる。
そんな……。
「原型を留めている……成功だ……」
テオはそれを見て口を開く。
アルクの目は充血し、口から唾液を垂らしている。
敵の鎧はたじろいでいた。
アルクは、敵の鎧の2倍ほどの大きさになっている。
「グオォォォォォッ」
彼は雄叫びを上げて、大きな拳を振るった。
それは敵の鎧に命中し、敵は地面に叩きつけられる。
もう一人の鎧が、槍でアルクの腹を刺す。
バキッ――。
しかし、槍の先端が折れる。
「ひぃぃぃぃぃっ」
鎧は背を向けて逃げ出した。
それを見たアルクは、鎧を踏みつける。
「う、うぅっ」
鎧はうめき声を上げる。
バキ……バキバキバキバキ――。
鈍い音がする。
やがて化け物と化したアクルの足元に、血の水溜まりができた。
地面に倒れていたもう一人の鎧が起き上がり、ふらつきながらも逃げようとする。
ドン――。
アルクはまるで手で机を叩くようにして、鎧を叩き潰した。
そして、何度も拳を叩きつける。
バン、バン、バン、パン――。
ベチャ、ベチャ――。
その度に、血しぶきが飛び散る
ミネットはその場に腰を落とし、震えてアルクを見上げていた。
僕は、テオの服を掴んだ。
「おい、早く元に戻せ!」
テオは薄ら笑いを浮かべながら、僕を見返した。
「そんな方法は無いよ」
「アルク、もういい、そいつは死んでいる」
僕は、彼に近づいて行った。
アクルが僕に顔を向ける。
言葉は通じているのか?
次の瞬間、凄まじい速さで左腕が飛んできた。
「うわぁっ」
僕は両手で顔面を守った。
そして、そのまま壁まで吹き飛ばされる。
ダン――。
僕は、壁に強く叩きつけられた。
「がはっ」
地面に倒れ込んだ。
苦しい……息ができない……。
「ウオォォォォォッ」
アルクは雄叫びを上げた。
大声で、壁が震える。
耳が張り裂けそうだ。
徐々に、アルクの姿が変化していく。
口だけが肥大化していった。
これまでの町にいた、化け物のように……。
カツン、カツン――。
アルクは、巨大な歯を鳴らしている。
「あぁ……またこんな姿に……」
テオは呟いた。
「アルクお兄ちゃん、元に戻って!」
ミネットは、アルクの元に駆けだして行った。
僕は這いずりながら、その光景を見ていた。
「よ……よせ……もう……それは、アクルじゃない……」
ミネットの元に向かおうとしたが、体が動かない。
アルクは真っ赤に染まったギョロッとした目を、ミネットに向けた。
「アルク……それは、きみの妹だ……」
アルクは拳を突き上げた。
「よ、よせ……」
「アルク……お兄ちゃん?」
ミネットは震えて動けない。
「逃げろ、ミネット……」
アルクは、突き上げた拳をミネットに向けて叩きつけた。
グチャ――。
鈍い音と共に血が飛び散った。
⇒ 次話につづく!
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