第二十四話 本当は怖くて逃げ出したかった
訪れた町で、化け物に遭遇した。
化け物は、ミネットに向かって突進している。
「ミネットーッ!」
僕は、走る化け物を追いかけた。
走っても間に合わない――。
化け物を攻撃するしか、ミネットを救う手段はない。
僕はホルダーから拳銃を抜いた。
この距離では遠くて|殲滅の自動照準《オートエイム&オートトリガー》は発動しない――自力で撃つしかない。
パァン、パァン――。
化け物に向かって二発放った。
しかし、表面を傷付けているだけで、致命的な効果はない。
でも、威嚇には十分だった。
化け物はこちらを向いた。
「ミネット、今のうちに家の中に入るんだ!」
僕は大声で叫んだ。
ドーン、ドーン、ドーン、ドーン――。
化け物は、僕目がけて突進してきた。
僕はすぐに、家と家の隙間に逃げ込んだ。
そして、裏側からミネットとアルクのいる家に戻る。
「ビリーお兄ちゃん! こわかったよー」
ミネットは、泣きながら抱きついてきた。
無事でよかった。
前の戦いでは、僕よりも強い人たちがいた。
僕は彼らに何度も助けられた。
でも、今度はそうじゃない。
僕が、彼女たちを守らなくてはならない。
全員生きて元の世界に戻るために――。
「家の中までは入ってこない。ここにいれば大丈夫だよ」
しかし、どうしたものか。
一刻も早く、この町を離れるべきだろうか?
戦って勝てる相手だろうか?
テオも家に入ってきた。
リーン――。
音叉のようにドッグタグが反応する。
「僕はテオだ」
テオは片手を上げて、ミネットとアルクに挨拶をする。
彼は肝が据わっている――こんな状況でも、平然としているなんて。
僕の足なんて、恐怖で震えているのに……。
「こんにちは、ミネットです」
「あ、あのアルクです」
ふたりも挨拶を交わす。
ガーン、ガーン――。
大きな衝撃音と共に家が揺れる。
僕は、その音に驚き、恐怖した。
化け物が、僕たちの居場所を突き止めたんだ。
「さて、ガンスリンガーのビリー君、どうするつもりだい?」
テオは振り返り、僕に聞いてきた。
「残念だが僕はケミストだからね、戦闘向きじゃ無いんだ」
どうするつもり――と、聞かれて焦った。
授業中、先生に指されて問題を解かなければならない――あの感覚だ。
正直どうして良いか分からない――考えなんて、まとまっていなかった。
「そうだね……、拳銃は効果がなさそうだから、サブマシンガンか、グレネードで戦うしかないかな」
こんなものは、作戦でもなんでもない。
もしアイなら、どんな作戦を立てただろうか?
きっと、誰もが納得する適切な指示を出しただろう。
「なるほどね……」
テオは納得したようだ。そして、アルクに目を向ける。
「ところで……ソルジャーのキミ、なんで戦わないの?」
アルクは、目を逸らして俯いた。
「あの、怖くて……」
「その盾とハンマーは置物かい? キミみたいなのをでくの坊って言うんだよ」
「お兄ちゃんに酷い言い方しないで!」
ミネットは両手を腰に当ててテオを睨みつける。
「キミも不遇だね……こんなお兄さんを持って」
テオは、腰を落ろしているアルクをあざ笑う。
「キミの窮地にも、ビビって動けないんだよ? こんなんじゃ、囮にもなりゃしない」
「テオ……やめるんだ、言い過ぎだ」
僕は彼の肩を掴んだ。
「戦うのが怖い人だっている……。まして、あんなに大きい化け物が相手なんだ……」
僕だって……戦わずにすむならそうしたい。
でも僕は、もう覚悟を決めているから……。
「ここは僕一人でやる!」
「頼んだよ」
テオはそう言って椅子に腰掛けた。
僕はバックパックからサブマシンガンを取り出し、安全装置を外す。
ワンマガで行けるだろうか?
換えのマガジンは全部で二つ――腰のベルトに装着している。
「行ってくる」
ミネットは不安そうな表情を浮かべ、僕を見つめていた。
僕は黙って笑顔を作った。
本当は、僕だって怖くて……逃げ出したかった。
足が震えないように、必死にこらえていた。
わきと手のひらは、汗でぐっしょり濡れていた。
ドクドクと、心臓の鼓動が聞こえてくる。
でも、僕にできることがあるから。
できることをすべてやってみて、それでもだめなら……その時は、逃げ出せばいいと思った。
僕は、家の窓から飛び出した。
「こっちだーっ!」
僕は声で威嚇した。
ポーチからフラッシュを取り出し、ピンを抜いて顔に向けて投げつけた。
フラッシュは、閃光と音で視覚と聴覚を一時的に麻痺させる。
敵や味方みさかいなく効果があるので、自分自身がくらわないようにしなければならない。
僕は顔を伏せた。耳を塞いで目を閉じる。
キーン――。
甲高い音とともに強烈な閃光が迸る。
「グオォォォォォッ!」
化け物を見ると顔を押さえていた。
効果はあった――。
よし、これで動きは止まった!
しかし、化け物は両手を振り回し暴れ出した。
ドーン、ドーン――。
腕が当たった壁が崩れ落ちる。
しまった、逆効果だった。
この距離では、|殲滅の自動照準《オートエイム&オートトリガー》は発動しない。
しかも暴れていて、これ以上近づくこともできない。
なんとかしてあの動きを止めないと……。
このままでは、こちらに勝ち目はない。
とにかく、今のうちに撃つだけ撃ってみよう――。
僕はサブマシンガンを構えて、ドットサイトを覗き込む。
化け物の頭に照準を合わせて、トリガーを引いた。
ダダダダダダダッ――。
凄い反動だ――腕が上に持って行かれる。
距離が遠いのと反動で、殆どまともに当たっていない気がする。
化け物は、僕の方を向いた。
視力が戻ってきたのか!?
僕がすぐに銃を構えなおした。
しかし、ドットサイトに化け物の姿がない。
僕は銃を下ろし、化け物を探した。
どこだ――?
どこに行った!?
僕は大きな影に包まれた。
上――、頭上だ!
化け物は、大きく飛び上がっていた。
一軒家をまるまる飛び越えるくらいの高さまで飛んでいた。
そして、僕の真上から巨体が振ってくる。
しまった――。
僕は二三歩走ってから、飛び避けた。
ドオォォォォォン――。
化け物の巨大な足が、僕の体の真横に落ちる。
――危なかった。
間一髪、踏みつけられることは無かったが、一気に距離を詰められてしまった。
「ウオォォォォォォォッ!」
化け物の強烈な咆哮が、僕の鼓膜を震わせた。
そして、振り上げた巨大なこぶしが、僕目がけて振ってくる。
僕はまだ倒れていた――すぐには立ち上がれない。
これまでか……。
僕は観念して目を閉じた。
ドオォォォォォン――。
僕の目の前で衝撃音が走った。
潰された!?
しかし、痛みはない……僕の体は無事だ。
目の前に誰かいる。
化け物にはおとるが、巨大な影――。
「ぼ、ぼくは……でくの坊なんかじゃない!」
アルクが盾で、化け物の腕を受け止めていた。
アルクも大きいのに、化け物の拳は、彼の体とほぼ同等の大きさはあった。
それを全身で受け止めている。
「僕がデカイのは、みんなを守るためにあるんだーっ」
「アルク……」
「ウオォォォォォォォッ!」
化け物は、再び雄叫びを上げる。
ガーンッ、ガーンッ、ガーンッ、ガーンッ――。
化け物は両手で、アルクに殴り掛かった。
彼は必死に盾を構えて受け止める。
今しか無い――。
このチャンスを逃したら、勝機はない!
アルクは、僕を信じて飛び出してきてくれた。
今度は、僕が彼の思いに答える番だ!
僕は、地面に落ちていたサブマシンガンを手に取った。
ガーンッ、ガーンッ、ガーンッ、ガーンッ――。
「うわぁぁぁぁぁっ」
アルクの悲痛な叫び声が聞こえる。
ごめん……もう少し――もう少しだけ、耐えてくれ。
僕は急いで予備のマガジンと交換した。
そして、化け物の足元に駆け込む。
サブマシンガンを構え、ドットサイトを覗き込んだ。
サイト内に、化け物の顔を捉えた。
この瞬間、|殲滅の自動照準《オートエイム&オートトリガー》が発動する。
「貫け! 僕の弾丸っ!」
ダダダダダダダッ――。
|殲滅の自動照準《オートエイム&オートトリガー》はリコイル制御もやってくれる。
すべての弾は、外れることなく化け物のヘッドに命中していく。
弾が当たるたびに、真っ赤な血が飛び散った。
「ギャアァァァァァッ」
「まだだっ! まだだーっ! まだまだまだまだぁぁぁぁっ」
僕はトリガーを引き続けた。
「打ち砕け! 全弾放出!」
ダダダダダダダッ――。
「グワァァァァァァァァッ」
大量の血しぶきが、僕の顔に吹き付ける。
カチッ――。
全弾撃ちきった。
どうだ!? やったか?
化け物を見上げると、その頭はほとんど吹き飛んでいた。
そして、ゆっくりと後ろに倒れ込んだ。
ドオォォォォン――。
やった……。
僕はすぐにアルクの元に駆け寄った。
「アルク、大丈夫か!?」
彼は盾を構えたまま、動けないでいた。
その盾は、元の形状が分からないくらいに、へこんでいる。
化け物の力の強さがわかる――。
その何発もの攻撃を体で受け止めていたアルクの身体と、メンタルの強さは凄まじいものだ。
「ありがとう助かったよ……キミがいなきゃ死んでいた」
アルクの顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
全身を震わせ、何も喋れる状態じゃない。
どんなに怖かっただろうか――それでも僕のために、みんなのためにがんばってくれた。
「ビリーお兄ちゃーん!」
ミネットが家から飛び出してきた。
「ビリー君、怪我は無いかい?」
テオも続いてやってくる。
「僕の方は、擦り傷くらいだ……それより僕を庇ってくれたアルクが心配だ」
アルクは顔中汗だくになって、苦しそうにうなり声を上げている。
アルクの腕のアーマーを外すと、両腕はひどく腫れていた。
「これは、骨折しているね」
テオは彼の腕を見て言った。
そして鞄から注射器を取り出し、アルクの腕に刺す。
「この注射は自己再生を促進する……安静にしていればすぐに良くなるよ」
「キミは確かケミストとか言ってたけど……」
僕はテオに話しかけた。
「化学者だよ……僕は薬剤の調合が可能なんだ」
ケミスト……薬を調合するクラスか。
アルクには、家の中で暫く休んで貰うことにした。
看病にミネットが付いてくれている。
町は静けさを取り戻した。
道に倒れた巨大な化け物……。
一体こいつの正体はなんなのだろうか?
化け物は、こいつ以外にもいるのだろうか?
そう言えば、ブロックは言っていた――ベルセルクという鬼人が暴れているとか……。
この世界には、前の戦いとは別の恐怖がある……そんな気がした。
僕は町の中を見回った。
30分くらい見て回ったが、敵の姿は無いようだ――みんな逃げたのだろう。
町の端まできた時だった。
リーン――。
胸のドッグタグが反応した。
仲間が近くにいる!?
僕は周りを見回した。
「誰か、いるの?」
しかし、返事はなく、人のいる気配もない。
ドッグタグの反応は、家の中じゃない……。
道の真ん中からだ。
でも、その場所には誰もいない――。
おかしい……。
僕は、恐る恐るその場所に近づいた。
「この辺りのはずだけど……」
地面がキラリと光った。
近づいてみると、引きちぎられたドッグタグが道に落ちていた。
まさか……化け物にやられてしまったのか?
⇒ 次話につづく!
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