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第二十二話 戦場の鍛冶屋

 僕は再び異世界に転移し、アルクとミネットと出会った。

 あと二人の仲間が、どこかにいるはずだ。

 付近に人の姿は確認できないし――。

 探そうにも、どちらに進んで行けばよいか途方に暮れていた。

「ビリーお兄ちゃん、なにあれー?」

 ミネットの指差す方を見ると、黒い煙が立ち上がっている。

 スモーク? いや、爆発か?

 シュッシュッシュッシュ――。

 黒い煙は音を立てながら、こちらに向かって高速で接近してくる。

 ポーッ――。

 100メートルくらいまで近づくと、それの正体が判明した。

 蒸気機関車――いや、トラックだ。

 トラックが、まるで蒸気機関車のような煙を出して近づいてきた。

 この世界には、乗り物があるのか!?

「おらおら、どいたどいたーっ」

 トラックの窓から、人が顔を覗かせている。

 ドッグタグの反応はない。

 ならば敵か!?

 僕は拳銃を取り出しトラックに向けて構えた。

 窓から顔を出している人を狙ってもいいが……敵が何人いるか分からない。

 ここはタイヤを狙って、トラックの動きを止めるのがいいだろう。

「まてまてまてまて! 撃つなーっ 中立中立ー!」

 窓から覗く人が、慌てて手を振っている。

 キキーッ――。

 トラックは急ブレーキをかけ、僕たちの目の前で停車した。

 アルクとミネットは、驚いて声が出せないでいる。

 トラックの無い世界からきたのだろう。

 かく言う僕自身も、蒸気を発するトラックなんて初めて見た。

 それは蒸気機関車の先頭車両に、トラックの荷台を付けたものだった。

 運転席から、転げ落ちるように人が降りてきた。

「いやー、危なかった」

 降りてきたのは、小学校高学年くらいの少年だ。

 日焼けしていて、裸にオーバーオールの出で立ちだった。

 腰に手を当て、裸足で地面に立っている。

「危うく牽くところだったぜーっ あはははは!」

 やはりドッグタグは共鳴しない。

 中立と言っていたが、武器も持っていないようだし、攻撃を仕掛けてくる気配もない。

 しかし、油断はできない。

 僕は拳銃をいつでも撃てるように、腰の前で構えていた。

 続いて運転席から、小さな少女が降りてきた。

 その子はまるでフランス人形のような、ブルーのドレスに身を包んでいる。

 頭には兎の耳がついたフードを被っていた。

 戦場には似つかない出で立ちのその子は、大きなぬいぐるみを抱いていた。

「あぶない……」

 少女は男の子の後ろまでくると、小さな声でそう呟いた。

 そして、手に持っていたぬいぐるみで、男の子の頬を叩いた。

「ぶるちゃんぱーんち!」

 ゴン――。

「あいてーっ!」

 いや、明らかにグーで殴っていた。

 この子も武器は持っていない。

 二人だけだろうか?

 運転席を見たが、ほかに人は乗っていなさそうだ。

「おれら、ふたりだけだぜー」

 ミネットは、無防備に少女に近づいて行った。

「くまさん、かわいい-!」

 ぬいぐるみの頭をなでている。

「ちがう……イノシシ……」

 少女は、耳を近づけないと聞き取れないほどの小さな声で、ぼそぼそと口ずさんだ。

「こんにちわ、わたしはミネット。お名前は?」

「ボクはブルスティ、ニャ」

 ぬいぐるみは頭をさげて、ミネットに自己紹介をした。

 というか、少女が喋って、ぬいぐるみを動かしている。

「ブルスティちゃん、よろしくね」

「よろしくニャ」

「お鼻が大きいから豚さんかな?」

「ちがう……イノシシ……」

 ミネットはブルスティと仲良くなったようだ。

 アルクは僕の数歩後ろで、盾に隠れて黙っていた。

 相手はかなり年下なのに、びびっているようでは先が思いやられる。

 彼らが気さくな感じだったので、警戒を解いて話掛けた。

「僕はビリー。さっき中立って言っていたけど、どういうこと?」

 この世界は五人の仲間か、それ以外はすべて敵だったはずだ。

 前の世界とはルールが違うのだろうか?

「挨拶が遅れたな。おれっちは武器の提供とリペアを行ってるブロックってえんだ」

「武器屋?」

「うん、まぁ、そういうこと。まずは、武器を見てってくれよ」

 彼は荷台に上り、留め金を外した。

 ギギギギギギ――。

 荷台はきしんだ音を立てながら、横側から開いた。

 中には数々の武器が並べられている。

 銃だけではない、剣や斧といった近接武器もある。

 さらには、盾やボディベストといったものまで揃えてあった。

「こいつは、おれっちの愛車でフォージトレイン。この中で鍛冶ができるんだぜ! すげーだろう?」

「トレインは列車の意味……これはトラック……だから違う……」

 少女は、ぼそぼそと喋る。

「こいつは、妹のエイトリだ」

「ふたりで旅をしているの?」

「あぁ、そうだぜっ」

「僕たちと同じだね」

 アルクもやってきた。不安感は取り除けたようだ。

「おめーらも兄妹かー。それにしても、兄ちゃんでけーなー」

 ブロックは、自分の2倍の身長があるアルクを見上げていた。

「あんたが、ちびなだけ……」

「何食ってんだ?」

「ごはんいっぱい食べてたかな」

「ごはんかぁ、この世界ないからなぁ……。まあいいや、ミルクのんでるから伸びるだろう」

 僕は荷台に並べられた銃を見ていた。

 拳銃にサブマシンガン、アサルトライフル、ライトマシンガンに狙撃銃と、一通り揃っている。

 僕はアサルトライフルを手に取ってみた。

 本物だ……ずしりと重い。

「何か欲しい武器はあるかい?」

 ブロックは、両手を頭の後ろで組んで話掛けてきた。

「武器は欲しいけど、お金なんて持っていない」

 僕は手に持っていたアサルトライフルを置いた。

「いいのいいの。いらなくなった武器を下取りさせて貰えれば。おれっち趣味でやってるから」

「慈善事業も大概にして欲しい……」

 隣でエイトリが、ぼそぼそと喋っている。

「あはははは! 武器作るの好きだからさー。おれっちの作った最強武器で戦い合う――考えただけでも、ぞくぞくするぜ」

 これだけの武器があれば、かなり戦力を整えることができる。

 けれど、逆にこれが敵の手に渡ったことを考えると、ぞっとする。

「これにするよ」

 僕は使い慣れた拳銃――1911を手に取った。

「随分渋いの選ぶねー。兄ちゃんは、ガンスリンガーかい?」

「うん、そういうことになるね」

「拳銃だけでいいのか?」

 僕は武器購入を悩んだ。

 正直、人間相手なら拳銃だけでも十分だろう。

 でもこの世界には闇の者(シャドウアイズ)が存在する。

 射程や弾数を考えると、どうしても拳銃だけでは心許ない気がしていた。

 スナイパーは技術力がいりそうだ。

 シモンみたく上手に扱えないだろう。

 アサルトやサブマシンガンは、いかにも人殺し感が強くて――。

 僕は一つ一つ銃を手に取ってみる。

「ライトマシンガンとかどうだい? 闇の者(シャドウアイズ)の大群に襲われた時なんかはいいぜ?」

 霧の町での出来事を思いだした。

 やはり、一対多を戦える武器が必要だろう。

「危険は闇の者(シャドウアイズ)だけじゃないぜ? ベルセルクとよばれる鬼人が暴れている。一人でビーストの部隊を殲滅したってうわさだ」

 ビースト――獣の化け物に変身できる能力か……。

 ハイジ……。

 僕は胸のドッグタグを握りしめた。

「おっと……ほかのストレンジャーの話題はタブーだったか……」

「ストレンジャー?」

「ん? あぁ、君たちのことだよ……あいれれれ……」

 ブロックは、エイトリに頬を引っ張られていた。

「あが……あが……」

 ブロックは頬を手で押さえたまま、銃を僕に差し出した。

「このサブマシンガン――ヴェクターなら反動も小さいし、扱い安いと思うよ」

 僕は渡された銃を手に取った。

 前側に重心が寄っていて、ずっしりと重い。

 フォアグリップが付いていたので、持ちやすかった。

「おれっちのカスタム済みだぜ!」

 ストックを折りたたむことができで、漫画雑誌程度の大きさになった。

 これならバックパックにも入るし、持ち運ぶのには便利そうだ。

「使い方は分かるかい?」

 僕は首を横に振った。

 コッキングは、左側にレバーが付いているだろう? それを引くんだ。

 固くて、かなり力がいる。

「ストックを頬と肩にしっかりと付けて撃つんだ。試しに撃ってみなよ!」

 僕はトラックから降りて、10メートル先の壁に向かってサブマシンガンを構えた。

 ドットサイトを覗き込む。

 トリガーに指を掛けると、少し引いただけで発射された。

 ダダダダダダダッ――。

 肩に衝撃が走った。

 連射すると体が後ろに持って行かれる。

 ただ反動は思ったよりも少なくて、リコイルコントロールもしやすかった。

「装填数30発のマガジンを用意しておいたぜ。弾丸は1911と同じ45ACPだから丁度いいだろ?」

 このサブマシンガンなら、僕でも扱えそうだ。

「これを貰うよ」

「あいよーっ」

 一緒にグレネードとスモークも貰っておいた。

「ウォーリアの兄ちゃん、武器持って、ちょっとこっちきてみな」

 ブロックはアルクに向けて手を振っている。

「ぼく?」

 アルクは、巨大なハンマーを肩に担いで持ってきた。

「その武器、ちょっと貸してみな」

「うん、でも重いから気をつけてね」

 アルクのハンマーは、柄の直径が2メートル、ヘッドは小学生一人分くらいの大きさはある。

 彼の、パワーが出せるアビリティがあってこそ扱える代物だ。

 ――といっても、彼が振っているところは、まだ見ていないのだが。

 アルクは、ハンマーのヘッドを下にして地面に立てかけた。

 その状態で、グリップの部分をブロックに手渡した。

 ブロックは、ハンマーの柄を手にした。

 驚いたことに、ブロックはその巨大なハンマーを軽々と持ち上げた。

「ええっ!? すごいねきみ。ぼくでも持ち上げるのに、こつがいるのに……」

「あぁ、鍛えてるからなー。あははは」

 鍛えてるとか、そういうレベルではない。

 彼もきっと、何かしらの能力があるのだろう。

 ブロックはハンマーを真剣に見つめ、上下左右に振っていた。

「んー……こりゃだめだな。柄が細いし、これじゃあ重心が安定しない。リペアさせてもらうぜ!」

 ブロックはアルクの返事もまたずに、ハンマーを担いで運転席の後ろにある鍛冶場に運んで行った。

 そして、着ていたオーバーオールを脱ぎ捨てる。

 ふんどし一丁という、出で立ちになった。

「きゃっ」

 ミネットは両手で顔を塞いだ。

「ヘンタイ……」

 エイトリはぬいぐるみを持って、ミネットに話掛けた。

「ボクが理想とする兄像とは程遠いニャ。お互い、兄には苦労してそうだニャ?」

 ミネットは首を横に振った。

「頼りないけど、わたしはお兄ちゃんのことが大好き」

「そう……ボクも別に嫌いじゃないニャ……」

「おーい、エイトリー! 石炭頼むぜー」

 ブロックは鍛冶場で手を振っている。

「自分でやって……」

 エイトリはその場から動こうとしない。

「おーい、頼むよー!」

「手が汚れる……」

「後で洗えばいいじゃんよー」

 エイトリは、渋々鍛冶場に向かって行った。

 彼女はトングを取り出した。

「これで掴む……」

 鍛冶場から声が聞こえてくる。

「一個一個じゃ、いつまで経っても終わらねーから、スコップ使ってくれよ!」

「嫌! もうブルスティに任せる……」

「ぬいぐるみ置けって」

「目に染みる……やっぱり自分でやって」

「ふふふふ」

 その光景を見て、ミネットは笑っていた。

「仲が良さそうな兄妹だね」

 僕にも兄弟がいたら、あんな風に毎日楽しく過ごせるのだろうか?

 カーン、カーン――。

 やがて、鉄を叩く音が聞こえてきた。

 それから30分ほど経っただろうか。

「できたー!」

 ブロックがハンマーを担いで出てきた。

 汗だくになっている。

「柄を太くして、ハンマーの形状を変えて振りやすくした。前よりも威力出せると思うぜ」

 ブロックは、アルクにハンマーを手渡した。

「ありがとう……」

 アルクは、両手でハンマーを持ち上げて見つめている。

「どうだい? 前より振りやすいだろう」

「そ、そうだね……」

「これで、バンバン敵をぶっ倒してくれよー?」

「う、うん……」

 アルクの表情は冴えなかった。

 彼は、あのハンマーを振ることを――戦いを望んではいないようだ。

 かつての僕のように。

 ぐうぅぅぅぅぅぅっ――。

「何の音だ!?」

 僕は異音に気づいて叫んだ。

「おれっちの……腹の音だ……」

 ブロックは、その場に頭から倒れ込んだ。

「鍛冶すると……腹が減るんだよ……食料恵んでくれぇぇぇぇぇっ」

 彼は悲痛な叫び声を上げる。

 僕たちは、家に入った。

 食材と調理器具は揃っているので、料理することは可能だが、僕は料理をしたことが無い。

「わたしが作ってあげるー」

 ミネットは腕をまくって、準備を始めた。

「ちょっと、待っててねー」

 僕は待っている間、バックパックに医療品やマガジンなどを詰め込んで、移動の準備をした。

 暫くすると、良い香りがしてきた。

「おまたせー! あまり時間なかったから、簡単なものしかできなかったけど。

 テーブルに並べられた皿には、スープが盛られていた。

 ブロックはすぐに食いついた。

「んめーっ!」

 ガツガツガツガツ――。

「このスープとても美味しいニャ」

 ぬいぐるみがスプーンを手に取り、エイトリの口に運ぶ。

「はあぁ……うちの妹もこれくらい料理がうまければなぁ……ぐあぁぁぁぁっ」

 ブロックは、エイトリに首閉められて顔青ざめている。

 僕もスープを口に運ぶ。

 トマトのような味がしてとても美味しい。

 具は、肉や野菜がふんだんに入っている。

「お代かわりと言ってはなんだけど、情報が欲しいんだ」

 ブロックはそう言ってから、スープの皿を掴んで飲み干した。

「どこかで、青い宝石と赤い宝石を見なかったかい?」

 青い宝石……闇の者(シャドウアイズ)を元に戻したあの石を思い出す。

「星のような輝きをする石かい?」

「そうそれ、どこにあった!?」

 ブロックはテーブルに手を突いて、前のめりで聞いてきた。

「前の戦いの時だから……」

「それでもいい!」

「森の中の崖としか……」

「ふむふむ……なるほどね、それだけでも十分だよ」

 彼は腕を組んで頷いている。

「赤い宝石のことは知らないかい? この鉱石を武器にすると、とてつもない強さを発揮するんだ」

 シモンの剣を思い出した。

「前のパーティにいた人が、赤い剣を持っていたけど……」

「それは、どんな剣だった?」

「えっと、双剣……」

「そうか……なるほど……」

 何かあまり人のことを言うのはどうかと思ったので、これ以上聞かれても言わないようにしよう。

「僕からも聞きたいことがあるんだけど?」

「ん? なに」

「僕の友人がどこにいるか知りたいんだ?」

 ブロックは困った表情を浮かべる。

「ごめんなー。個人のことまでは分からないよ」

「そっか……」

 ルカとハイジの居場所が分かれば、すぐにでも飛んで行くのに……。

「そういえば、中立と言っていたけど、君達はこの世界の住人? 闇がやってくるけど、どうしているの?」

「うーん、話せば長くなるが、そもそも……」

 エイトリはぬいぐるみを手にして、ブロックの顔に蹴りを食らわせた。

「ぶるちゃんきーっく!」

 ゴン――。

「あいてーっ!」

 エイトリの握った拳が、ブロックの顔にめり込んでいた。

 彼女の持つぬいぐるみは、僕に向かって言った。

「知らないことだって、いい方があるニャ」

 僕はそれ以上聞かなかった。

 聞くなと言われた以上、言えない秘密があるのだろう。

「そろそろ時間……」

 エイトリは小声で喋る。

 食事が終わると、ブロックたちは移動の準備をしていた。

 トラックに黒煙が立ち上がる。

 ブロックがトラックの窓から顔を出した。

「兄ちゃんたち、これからどうすんだい?」

「この先に町があるようなので、そこで仲間を探そうと思う」

「ふーん……そうだ兄ちゃん、いいことを教えてあげるよ! 貴重な情報をもらったしね」

 僕はブロックに近寄った。

「あの町、なんか今やばめだよ。ちょっとした化け物騒ぎになっているから、行くなら気をつけなよ」

 ポッポー――。

 汽笛が高らかに鳴り響く。

「生きてたら、また合おうなー」

 生きていたらか……。

 日本じゃそんな別れの挨拶なんてありえないから、この世界らしい……。

「ばいばーい」

 ミネットは大きく手を振っている。

 僕も手を振った。

 トラックは、黒煙をまき散らしながら走り去って行った。

 彼らは何者だったのだろうか?

 そして、次の町で待ち受ける化け物とは――。

⇒ 次話につづく!


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