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第二十話 硝煙の臭い

 暖かい液体が、僕の顔に拭き掛かかった。

 僕の右手は拳銃を手にし、その銃口はルカに向けられていた。

 その銃口から、僕の嫌いな硝煙の臭いが風に運ばれて臭ってくる。

 ルカは、僕の目の前に倒れ込んだ。

 額に穴が空いている。

 絶命して、息はしていない。

 その死体は、悲しげな表情を浮かべていた。

 空に残っていた三つの星の一つが、尾を引きながら流れていった。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁっ」

 僕の目には涙が溢れた。

 僕はただ地面を見つめ、両手をついて嗚咽した。

 ルカの頭を撃ち抜いたのは、間違い無く僕の銃だ。

 それがアビリティの力なのか、僕自身の意思なのかは分からない。

 やがてルカの肉体は消え、その場所にドックタグのみが残された。

 僕は、それを拾い上げ強く握りしめた。

 シモンは僕の前で屈み、タグを握る僕の手を包み込んだ。

「互いのドッグタグを持っていれば、再生した時、同じチームになることができる」

 シモンの胸にも、二つのドッグタグが見えた。

 彼もまた、今の僕と同じ思いをしてきたのだろう。

「戦場で得られるものは何も無い。憎しみが生まれ、大切な者を失う」

 夜空に浮かぶ星は二つだけ……白く輝く僕の星と、突き刺すように鋭く真っ赤に光るシモンの星。

 終わった――長かった。

 これで漸く元の世界に戻れる。

 本当は五人揃って……ルカも含めて全員で帰りたかった。

 ハイジ、ペーロ、アイ……。

 ルカ……ごめん。

 僕はハイジとルカのドッグタグを握りしめた。

 すべて終わったんだ。

 僕たち以外のチームをすべて殺した。

 これで帰れる。

 元の世界に……。

 僕たちに迫っていた闇の進行は止まっていた。

 しかし、いつまで経っても元の世界に戻れる様子はない。

 僕は出血で意識が朦朧としていた。

「シモン……これで、元の世界に戻れるんですよね?」

 僕はシモンを見上げた。

「何かおかしい……」

 彼の表情は曇っていた。

「俺はこれまでに何度も元の世界とここを行き来している。だが、こんなことは初めてだ……」

 僕は左側に何か動く気配を感じとり、慌てて振り返った。

 この場所には、僕とシモンの二人しかいないはず。

「だ、誰かいます!」

 100メートル程先に、まるで蟹の様な姿をした物が動いている。

 よく見るとそれは機械でできている。

「ロボット?」

 そのロボットから機械的な声がする。

『フセイコウイハッカク……マッショウスル』

 すると突然、ロボットから赤い光が放たれた。

 ズドオォォォン――!

 空間を引き裂く様な音と共に、僕の体が宙に浮く。

 そして地面に叩きつけられた。

 僕は頭を打たないように、体を丸めて受け身をとった。

『メイチュウナシ……キョリホセイカイシ』

 シモンも吹き飛ばされていたが、すぐに体勢を整えて狙撃銃を構えていた。

 ピピッ――。

『ロックオン』

 ズドオォォォン――!

 再び赤い光と轟音が鳴り響く。

 その光は僕の真横を通り過ぎ、シモンの体を貫いた。

「ぐはぁっ」

『ターゲットニメイチュウ』

「シモン!」

 僕は這いつくばりながら、シモンに近寄った。

 シモンは脇腹を押さえて蹲っている。

「大丈夫ですか!?」

「致命傷じゃ無い……」

 そうは言うが、流血が酷い。このままだと失血死してしまう。

「一体なんですか――あれ。全員倒したら、元の世界に戻れるんじゃないんですか!?」

「分からない……。自立型監視砲塔(セントリーターレット)か……今までは、こんなものなかったのだが」

「くそ、とにかく倒さないと」

 僕は拳銃を手に取り、ロボットに狙いを定める。

 パァン――、パァン――、パァン――。

 立て続けに三発発射した。

 しかし、命中するも、カーンという甲高い音と共に、その弾は弾かれる。

「なんだよこれ、実弾がまるでBB弾のようにはじき飛ばされるなんて」

『テキタイハンノウアリ……ホソクカイシ』

 ズドオォォォン――!

 轟音と共に、赤い光が僕の目の前を照らす。

「うわぁっ」

 僕は、再び吹き飛ばされた。

『メイチュウナシ』

「どうやらあれを倒さなきゃ、帰れなさそうだな。奴の命中率が低いのが、せめてもの救いだ……」

 シモンは倒れたまま、僕に向かって言った。

「倒すったって、弾が弾かれて」

「俺の銃を使え……鋼鉄も撃ち抜く弾丸だ」

 シモンの向く先には狙撃銃が落ちている。

「そんな……僕、スナイパーライフルなんて使ったこと無いし」

「やらなきゃ、ここでおしまいだ。コッキングはしてある……あとは引き金を引くだけだ」

 僕は地面に落ちていたシモンの狙撃銃を拾い上げた。

「ただし、弾丸は一発……外すなよ」

 僕は狙撃銃を構えて、サイトを覗き込んだ。

 手が揺れて、狙いが定まらない。

 狙撃銃を地面に置け。腹ばいになって覗き込むんだ……そうすれば安定する。

 狙撃銃には台座が付いていて、地面に置いて狙うことが可能だった。

 サイトを覗き込んだ。

 これなら揺れずに、しっかりと狙いを定められる。

 再びロボットから砲撃。

 ズドオォォォン――!

 赤い光が僕の横を掠めていく。

 爆風で、砂が僕の顔に吹き付ける。

「この距離なら偏差は必要ない。ほぼまっすぐ飛ぶ。銃口を狙え」

 ロボットの先端に、ビームを発射する銃口が見えた。

 しかし、銃口は余りに小さく、5センチ程度の大きさしか無い。

「あんな小さい的……」

「しっかり狙え!」

 手が震える。

 この距離では、|殲滅の自動照準《オートエイム&オートトリガー》は発動しない。

 もし外れたら……。

「狙撃手は、外すことを考えるな。命中させて当たり前だと思え」

 命中させて当たり前……。

 思い出せ……。

 僕はいつもやっていたじゃないか。

 ゲームの中で、どんな遠い距離でも、どんなに動く標的でも、当たり前のように撃ち抜いてきた。

「大きく息を吸い込め」

 僕はシモンに言われるまま、息を吸い込み心を落ち着かせる。

「ゆっくり吐き出す……」

 スーッ――。

「撃て――!」

 僕はシモンの声に従ってトリガーを引いた。

「いっけぇぇぇぇっ! 貫け! 僕の弾丸っ!!」

 ピピッ――。

『ロックオン』

 ズドオォォォン――!

 ロボットから赤い光が放たれるのと同時に、僕の構える狙撃銃から銃声が鳴り響く。

 その弾丸は空気を貫き、ロボットの銃口に向けてまっすぐ飛んで行った。

 強烈な爆発が起きた。

 僕の体は爆風で吹き飛ばされ、地面を転がった。

 流血で片目が塞がって見えない。

 それでも、もう一つの目で、ロボットの方を見た。

 ロボットは粉々に砕けていた。

 上空からロボットの金属片が、パラパラと弧を描きながら落ちてくる。

 やった――倒した。

 シモンは腹を押さえながら、僕に向かって歩いてきた。

 そして、僕に語りかける。

「元の世界は平和か? なら、もうここにはくるな! やはりお前には、この世界は向いていない」

 僕は黙って、その言葉を聞いていた。

 やがて、この世界にきた時と同じ光が、僕とシモンを包み込む。

 これで……元の世界に戻れる。

 もう戦わなくて済むんだ――。

 人を殺さなくて済むんだ――。

 そう考えると、気持ちが安らいだ。

 疲れた……今日はゆっくり眠りたい。

 僕の意識は、遠のいていった。

 声がする。

「もう行っちゃうの?」

 聞き覚えのある声だ。優しくて、柔らかくて、それでいて悲しそうな声。

 ハイジとそっくりな、あの少女の声……。

 宙に浮く僕の目の前に、アリスが立っていた。

「あの子との約束は?」

 彼女は語りかけてきた。

「もう、戻りたいんだ元の世界に……こんな世界、もう嫌なんだ! 人を殺すのも、誰かが死ぬのも」

「元の世界に戻れば、殺さずに済むの? 誰も死なずに済むのかしら?」

「誰も殺したりしない! 誰も死ぬことなんて……」

「あなたが殺さなくても、人は死ぬのよ。誰かが誰かを殺してる……。あなたが知らないだけ。あなたが見て無いだけ」

「そんなことは分かってる……でも、僕には関係無い!」

「あの子、悲しがってるわ……あなたともう会えないから」

 ハイジ……。

「あなた、最後に死にそうになってたわよね。敵を全員殺したのに、突然ロボットが出てくるのですもの」

 あのロボットは一体……。

「あの子は弱い……心が未熟なのよ。だからこんなことをするの」

「こんなこと……って」

「元の世界に戻れるあなたを殺そうとした――。この世界に繋ぎ止めておきたかったんでしょうね」

「あのロボットが、ハイジの仕業だとでも言うのか!?」

「あの子は殻に閉じこもっているの……。前の世界にいる時からそうだった。誰かがきっかけを与えなければ、世界の理に気づくことはできない。一生この世界から抜け出すことはできないでしょうね」

「僕にどうしろと?」

「あなたは世界の理に気づいている」

「心を許したあなたなら、あの子を導けるんじゃないかって、そんな気がしただけ」

 僕は光の中で、目の前の影から目を背けた。

「もう、僕には関係ないことだ」

「それでもいいわ。でも、あなたは既に分かっているはず」

「何を? 何を分かっているというんだ!?」

 目の前の影は、光にかき消され消えていった。

 やがて僕も眠りにつく。

光に包まれたビリー! これで元の世界に戻れるのか!?

⇒ 次話につづく!


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