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第十七話 僕が甘さを捨てきれなかったから

 敵は遺跡に隠れている。

 襲撃するために僕とハイジが潜入した。

 しかし、そこで僕は少女に背中を刺されてしまった。

 刺された部分に手を当てると、血に混ざって紫色の液体が付いていた。

 意識がもうろうとしてきた。

 そうか……僕はここで死ぬんだ。

「すぐに治療しないと」

 ハイジは自分の手を僕の腰に当てて、目を閉じた。

 ハイジが、大きく息を吸い込みゆっくり吐き出すと、その体は緑色に輝き始めた。

 腐食していた傷口が浄化されていく。

 ハイジがいてくれて助かった……。

 これで、死なずに済みそうだ。

 スモークの煙が僕達の体を隠してくれている。

 この煙の中にいる間は安全……。

 いや……ハイジの体が輝いている。

 これって……スモークの外から丸見えなんじゃ……。

「ハイジ、もう大丈夫だからやめるんだ! 位置がばれる」

「だいじょうぶです。もうすぐですから……。ビリーさんは絶対に死なせません」

 ハイジはそう言って、僕に笑顔を向けてくれた。

 それと同時だった……。

 ズブッ――!

 彼女の体から、真っ赤な液体が吹き上げた。

 え――?

 彼女の腹部から、長い爪が突き出ていた。

 なんだよ……これ……?

 やがて、スモークの煙が晴れていく。

 ハイジの後ろに、巨大な影が見えてくる。

 その姿はまるで虎……。

 巨大な虎が、熊のように二足歩行で立っていた。

 そして、その長い爪はハイジの体を貫いている。

 威嚇……いや、その存在感だけで恐怖が体を包み込み、僕を震え上がらせている。

 その虎の化け物は、ハイジに突き刺した爪を引き抜いた。

 大きく長い爪は、ハイジの血で真っ赤に染まっていた。

 血塗られた爪……クリムゾンネイル!?

「ワン、ダーウン」

 その虎の化け物は、にやりといやしい笑いを浮かべながら、爪から滴る血を舐めた。

 ハイジは、前屈みに倒れ込んだ。

「ハイジィィィィッ!」

 僕はハイジを抱き抱え上げた。

 彼女の腹からはドクドクと血が流れ、周りに広がっていく。

 僕は必死に傷口を手で塞いだが、流血は止まらない。

「嫌だ……嫌だ……」

 ハイジは口を動かし、何かを告げようとしていた。

 僕は彼女の口元に、耳を近づけた。

「……ごめんなさい……わたしがドジだから」

「違う! 僕のせいだ」

「約束……したのに……ごめんなさい」

「あやまる必要なんてない」

 そして、彼女は目を開いたまま、動かなくなった。

「うわぁぁぁぁぁぁっ!」

 僕は、ハイジを抱えたまま泣き叫んだ。

「なんで、なんで、ハイジが死ななきゃなんないんだよ! 死ぬのは僕だったはずだろう……」

「おや……もう一匹いたか?」

 虎の化け物は、左手を大きく振りかぶった。

 僕は拳銃を手に取った。

「お前ら……殺してやる!」

 パァン、パァン、パァン、パァン――。

 僕は泣き叫びながら、狂ったように銃を撃ちまくった。

「殺してやる! 殺してやる! そんなに殺し合いがしたいのなら、僕が全員ぶっ殺してやる!」

 それがアビリティの力なのか、僕の意思で撃ったのかは分からない。

 無我夢中で撃ち続けた。

「死ね、死ね、死ねぇぇぇっ!」

 パァン、パァン、パァン――。

 虎の化け物に何発か命中し、後ろに退かせた。

「こいつ……ガンスリンガーか!?」

 僕の放った弾丸は、近くにいた先程の少女にも命中していた。

 カチッ、カチッ――。

 トリガーを引いても弾が出ない。

 しまった……弾切れ。

 そうだ……予備のマガジンに、交換しないと……。

 確か親指の所のボタンを押して……。

 僕はポーチの蓋を開けて、予備のマガジンを探す。

 もたついていた……銃は速く撃てるのに……。

 マガジンを代える練習をしとけって言われていたのに……。

 僕は銃を嫌って、怠った。

 それがあだとなる。

 僕は巨大な影に包まれた。

 見上げると、虎の化け物がにやりと笑い、真っ赤に染まった爪を掲げている。

「バァカァメェェッ!」

 終わった……。

 ごめんハイジ……かたき……とれなかった……。

 僕は目を閉じた。

 ズドン――。

 重厚な音から一瞬遅れて、シュンと風を切る音が聞こえた。

「ギャアァァァァァァッ!」

 虎の化け物の悲鳴と共に、その腕から血が飛び散った。

「くそ、仲間か!?」

 ズドン――。

 再び銃声が轟く。

 今度は、虎の化け物の頬から血が飛び散った。

「いったい、どこから撃っているんだ!?」

 虎の化け物が振り返ったその先には壁があり、窓とも呼べないような小さな穴が開いている。

 その隙間から覗く、遙か遠くの岩陰がキラリと光った。

「バカな!? この隙間を狙ったというのか?」

 シモンだ……。

 虎の化け物は、射線が通らないように壁際に移動した。

「ウゥゥゥゥッ ウオォォォォ!」

 そして、その姿は徐々に変わっていった。

 虎の化け物から、人間の姿になったのだ。

「時間切れか……。それならば、ここはいったん引くか」

 化け物に、変身する能力……。

「こちらも一人やられはしたが、まぁメディックを殺れたのはデカイ」

 その男は、背を向けて駆け出して行った。

 辺りは静けさに包まれた。

 僕が両手を地面につくと、ぴちゃりと真っ赤な液体が顔に跳ねる。

 横たわるハイジの手を握ると、冷たくなっていた。

「うわあぁぁぁぁぁっ」

 僕は泣き叫ぶ。

 涙が止まらない。

 やがて、シモンがやってきて、僕の肩に手を置いた。

「分かっただろう……ここがどういった世界か? 帰りたいのなら甘さを捨てろ」

 僕が甘かった……。

 僕のせいだ。

 僕が少女を殺すことを躊躇したから……。

 僕があの時、引き金を引いていれば……、こんなことにはならなかった。

「くそっ、くそっ、くそぉぉぉぉぉっ!」

 僕はずっと離さなかった。

 ハイジと繋いだ手を離さなかった。

 離れたく無かった。

 こんな別れ方、嫌だ……。

 クリムゾンネイルに殺された者は、生き返らない。

 ハイジはもう……。

「いやだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 やがて、ハイジの体が透けていく。

 そしてその姿は、完全に消えた。

 僕は両手を着いた。

 ハイジの横たわっていたその場所に。

 今は誰もいないその場所に。

 彼女の流した血液だけが、まるで雨の日の水たまりのように残っていた。

 ぽたりぼたりと、僕の涙が滴り落ちる。

 シモンは言った。

「すまない……彼女を守れなかった」

 彼からそんな言葉がでるなんて意外だった。

 けれど、僕は彼の顔を見上げることもできず、俯いて、涙を流しているだけだった。

 シモンはハイジが死んだことは、自分のせいのように言った。

 しかし、それは違う。

 ……………………僕のせいだ。

 間違いなく、僕のせいだ!

 僕が甘さを捨てきれなかったから……強くなれなかったから。

 シモンは僕に言う。

「彼女は似ていた……誰に対しても物怖じしない態度とか特に……死んだ俺の恋人にそっくりだった」

 きっとあのペンダントの女性のことだろう……。

「涙を流すのは今日で最後だ……」

 僕は、むせびながら答えた。

「はい……」

「乗り越えて強くなれ」

「はい……」

「奴はクリムゾンネイルではない」

 シモンは僕の横でそう呟いた。

「彼女は復活し、また新たなる戦場に移される」

 ハイジは復活する――そのことだけが、せめてもの救いだった。

 けれどもう、僕の前に姿を見せることはない。

 二度とハイジの笑顔を見ることはできない。

 ハイジはまた別の世界で復活し、彼女が嫌っていた殺し合い――に、再びその身を投じることになる。

 シモンは血の水溜まりの中から、何かを拾い上げた。

「これは、お前が持っておけ」

 それはハイジのドックタグだった。

 僕はそれを受け取り、力強く握りしめた。

 ハイジのことを忘れないために。

 彼女を守ってあげられなかった後悔を、胸に刻むために。

 シモンは歩き出した。

「ゆくぞ、闇がくる」

 僕も立ち上がり、その後を歩き始める。

 もう何もない……。

 けれど、すべてを無くしても、前に進むしかないのだから。

大切なものを失ってしまったビリー! 次回、彼は変わってしまう!?

⇒ 次話につづく!


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