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第十五話 ほつれた糸はちぎれゆく

 僕たちはアイ達の後を追った。

 しかし、彼女達は30分以上前に出たので、すぐには追いつかないだろう。

 10分ほどすると空が曇り始め、小雨がぱらついてきた。

 僕達は小走りで急いだ。

 足元の水溜まりが跳ねてズボンを汚す。

 ペーロが、ハイジに聞こえないように、僕に小声で話掛けてきた。

「最初の拠点の嵐の晩……闇の者(シャドウアイズ)の襲撃あっただろう?」

 僕は走りながら、ペーロの話に耳を傾けた。

 最初の拠点……僕が初めて闇の者(シャドウアイズ)を倒した時だ。

「少しおかしいと思わないか?」

「おかしい――とは、どういう意味?」

「拠点の表にあった松明……消えていたんだろう?」

「松明が消えたのは、風のせいと思っていたけど……」

「もし、誰かが仕組んだことだとしたら?」

「誰かって……僕たちの中に、闇の者(シャドウアイズ)をけしかけた者がいるってこと!?」

 僕は思わず大きな声を出してしまった。

「しぃ――」

 雨音のおかげで、ハイジには聞こえなかったようだ。

「あの夜俺はテラスで見張っていたんだ、けど途中で寝ちまってさ……もしかしたら、眠り薬かなんか仕込まれていたのかもしれねぇ……」

 そんな……。

 さっきのタロットカード……あまり良くない意味のカードばかりだった。

 そして、死神のカード……僕達の誰かが死ぬってことか……。

 かれこれ10分以上は、走り続けた。

 徐々に霧が濃くなってくる。

「危ない! 止まれっ」

 ペーロが僕を制した。

 僕はすぐに立ち止まった。

 足元を見ると、数歩先は断崖絶壁になっている。

 霧で気が付かなかった……ペーロに言われなければ、真っ逆さまに落ちていた。

 崖の下を見下ろすと、霧の中に家の集落が見えた。

 それは、真っ白なレンガ造りの町並みだった。

 二階建て、三階建て、或いは平屋建てと、ばらばらの高さの家がひしめき合って建ち並ぶ。

 この世界にきて、こんなに多くの家が密集しているのは初めてだ。

 家の外壁にはベランダのようなものは見えず、壁に無造作に四角い窓が付けられていた。

 当たり前だが、どの家にも明かりは灯っておらず、広い道には街灯も設置されているが、そこにも火は灯っていなかった。

 高台には教会と思える建物も見えた。

 その周りには建物は無く、形も大きさもまばらな墓石が多くの死者を祀っていた。

 町一体を包み込む濃い霧は、まるで彷徨う死霊のようで、不気味で背筋が凍り付いた。

 ペーロを見ると、彼もまたこの町の様子に怖じ気づいている。

「あそこが……ポイントR18だよな……」

「不気味な町ですね……アイさんたち、あの町にいるのでしょうか?」

 僕はみんなの腰が引けないように、力強く叫んだ。

「よし、行こう!」

 僕達は、迂回するように山道を降りた。

 歩きながら僕は、もし死んだらどうなるのだろう――そんなことを考えていた。

 こちらの世界にくる前も、死について考えたことはある。

 死――それは、眠っている時のように、気持ちのいいものなのだろうか?

 そして、それが永遠に続くのだろうか?

 或いは死んだ瞬間に生まれ変わり、どこかの国の誰かの家の赤ん坊として、新たな人生を歩み出すのだろうか?

 どんなに考えても、答えは出てこなかった。

 それは死んだ者にしか分からないから。

「ねぇ……死んだら、生き返るって……どんな感じなの?」

 ちょうど教会の横を通った時に、僕は二人に問い掛けた。

「ま、朝起きるみたいな感じだな……。知らない場所で、ふと目が覚める。何事も無かったかのように傷も癒えている」

「元の世界にいた時の、朝の目覚めとは違います。それは重苦しくて、息が詰まりそうで……」

 ペーロもハイジも、一度は死を経験してきている。

 戦うことしか許されない世界で……目を閉じても安らぎは与えられず、目覚めれば新たなる命の奪い合いが始まる。

 やがて、身も心もボロボロにされていくのだろう。

 そうなる前に……抜け出さなくては……こんな世界から。

「死ぬことなんて、考えんなよ……生き残って、元の世界に戻ろうぜ?」

「うん、そうだね」


 15分程で崖下の集落まで辿り着いた。

 雨のせいだろうか、空気が冷たい。

 霧が濃くて、集落の先の方はまったく見えなかった。

 自分の足元すら見えないほどだ。

 ウオォォォォン――。

 谷に吹き付ける風の音が、まるで死者の叫び声のように聞こえてくる。

「薄気味悪い町だ。正直こんな所に拠点置きたくないぜ」

 ペーロの意見には、僕も同意だ。

「敵がいるかも知れない。用心して進もう」

 僕は拳銃を握りしめた。

 本当はもう……触りたくないのに……。

 ハイジは僕の服を掴んで、僕の後ろにぴったり付いてきている。

 僕は霧の中を、銃を構えながら進んだ。

 足元が冷える。吐く息が白い。

 日の光が届かない場所だからか、真冬のような寒さだ。

 集落の中央までくると、何かに躓いた。

 目をこらすと、地面に機械のような物が落ちている。

「ちょっと待って!」

 僕は、先に進んでいるペーロに声を掛けた。

「これは……?」

 屈んで、機械のような物を手に取った。

「アイのドローンだ! 破壊されている……」

「いよいよ不安になってきたぞ」

 僕は無線を使ってアイに呼びかけた。

 しかし、霧が濃いせいかノイズで反応しない。

「誰かいます!」

 ハイジが叫んだ。

 霧の中で動く影が見えた。

「アイさん?」

 声を掛けたが、返事は無い。

「どうも……ねぇちゃんじゃなさそうだな……」

 敵の可能性も考え、僕達は一端塀の影に隠れた。

「なぁ、人間にしちゃ動きおかしくないか?」

 ペーロが言う。

「人間じゃないって……」

 霧の中で、そのシルエットの目が赤く光った。

闇の者(シャドウアイズ)だ!」

「なんで!? まだ夜じゃ無いのに……」

「この場所……日光が当たらないからだ……」

 それは、一体じゃなかった。

 霧の中に赤い目が次々と浮かんでくる。

 二体、三体……。

 家の裏から、中から次々と現れる。

 五、六、七……。

「十体以上は、いるぞ!」

 ペーロが叫んだ。

「このまま町の中にいるのは危険だ! 一端、町の外に出よう」

 僕は、ペーロとハイジに向かって叫んだ。

 町の入り口に向かって走り出そうとした時だった。

 その方向からも闇の者(シャドウアイズ)が迫ってきた。

「か、囲まれた……。こっちに近づいてくる……。こんな霧の中なのに、なんで僕たちの居場所が……」

「臭いだ……奴ら犬のように嗅覚が発達しているんだ。生きている人間の臭いを嗅いで近づいてくるんだ」

 ペーロは震えながらそう答えた。

 隠れている塀の周りを、闇の者(シャドウアイズ)に囲まれてしまった。

 僕は銃を構えた。

 相手が人間じゃないなら……。

 闇の者(シャドウアイズ)は、ゆっくりと近づいてきた。

 しかし、既に銃で撃てる距離なのにもかかわらず、僕は銃を撃てないでいた。

「おい、どうした早く撃てよ!」

 ペーロが言い寄ってくる。

「そ……それが……」

 僕は|殲滅の自動照準《オートエイム&オートトリガー》が自動で補足して、敵を撃ってくれるものと安心しきっていた。

 しかし、霧で視界が奪われて|殲滅の自動照準《オートエイム&オートトリガー》が作動しなかった。

 これが僕のアビリティの弱点だった……。

 目で捉えた者に照準を合わせるアビリティ……。

 だから……見えない敵には反応しない。

 自力で照準を合わせて撃つしかない!

 僕は震える手で、闇の者(シャドウアイズ)の頭に狙いを定める。

 そして、トリガーを引いた。

 カチリ――。

 弾が出ない!

 なんで!?

 そ、そうだ、セーフティを外さなきゃ……。

 僕はもたつきながら、再び銃を構える。

 パァン――。

 銃口から火花が飛び散る。

 しかし、目の前の闇の者(シャドウアイズ)には、当たらなかった。

 動いている的になんて、僕の腕じゃ当てられない。

「なにやってんだ! しっかり狙えよ」

 ペーロの声に焦りがみえる。

 自分の意思で拳銃を扱うのは、これが初めてだった。

 こんなことなら、練習しておくんだった。

 もう一度……。

 今度は頭では無く、狙いやすい体を目がけて撃った。

 パァン――。

「ギャァァァァァァッ」

 闇の者(シャドウアイズ)は、不気味な叫び声を上げた。

 その体から、緑色の液体が飛び散った。

 こ、今度は命中した!

 しかし、体じゃ一発で倒れない。

 もがきながらも、僕の方に向かってくる。

 パァン――、パァン――。

 僕は無我夢中で乱射した。

 しかし、撃っても撃っても、闇の者(シャドウアイズ)が次々と近づいてくる。

「お、おい……きり無く湧いてくるぞ!」

 接近してきた闇の者(シャドウアイズ)を、ペーロがナイフで応戦するが数が多すぎる。

 僕とペーロは、ハイジを挟むように構えている。

 カチリ――。

 くそっ 弾切れだ……予備の弾丸に切り替えないと……。

 これじゃあ、弾がいくらあっても足りない。

 弾が尽きたら……終わりだ……。

 一向に闇の者(シャドウアイズ)の数は減らない。

 それどころか、町中から集まってきていて、僕たちはもう逃げることもできない程に包囲されていた。

「うわあぁぁぁぁっ」

 背中でペーロの悲鳴がした。

 振り返ると、ペーロが腕を闇の者(シャドウアイズ)に首元を噛まれていた。

「ペーロ!」

 僕はその闇の者(シャドウアイズ)の頭を狙って発砲した。

 闇の者(シャドウアイズ)は、吹っ飛びペーロから離れた。

「だ、大丈夫です。傷を癒やします」

 ハイジは、ペーロの傷口に手を当てる。

 恐ろしいのだろう、ペーロの傷口に当てた手は震えていた。

 ハイジは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 すると彼女の体は緑色に光り出す。

 僕は周りにいる闇の者(シャドウアイズ)を銃で威嚇しながら、ペーロの容体を見ていた。

 しかし、いつまで経ってもペーロの傷口は癒えない。

「だ……大丈夫か?」

「うぅぅぅぅぅぅっ」

 彼は苦しそうに、もがき続けている。

 ハイジを見ると、その表情は強ばっていた。

「そんな……傷が癒えない……」

 ハイジの能力は、闇の者(シャドウアイズ)に噛まれた部分には、効果がないのだろうか?

「くはっ」

 ペーロは口から吐血した。

「お、おい! 大丈夫か!?」

「もう一度、やってみます! もっと集中すれば……」

 再びハイジの体が光出す。

 しかし、ペーロの傷は癒えない……それどころか、彼の様子がおかしい。

 肌の色がどす黒くなって、目が充血している。

 そう……まさに闇の者(シャドウアイズ)になりつつあった。

「助けてくれ……このままじゃ俺……闇の者(シャドウアイズ)になっちまう」

 ペーロは弱々しく告げる。

 どうすればいい? ハイジの治癒も効かないなんて。

「俺を……殺してくれ……」

 ペーロは、目に涙を浮かべながらそう言った。

闇の者(シャドウアイズ)になる前に……殺してくれ!」

 ペーロは僕の服を引っ張った。

 僕の袖はビリビリと音を立てて破けた……彼の掴む腕の力はそれほどまでに強かったからだ。

「ペーロを殺すなんて……ほ、ほかに方法は?」

 僕はハイジを見た。

 しかし、彼女は首を横に振った。

「お前達と……最後まで一緒に……戦いたかった」

 ペーロは苦しそうに口を開く。

「……ハイジちゃんのこと……頼んだぜ……」

「ペーロ……そんな……」

「うわあぁぁぁぁぁぁっ!」

 ペーロは自分の首を両手で掴み、苦しみ悶えだした。

 このままでは、手遅れになる……。

 僕が……やるしかない。

 僕は、ペーロの頭に銃口を向けた。

 手が震えて照準が定まらない。

 撃たないと……撃たないと……。

 しかし、僕はトリガーにかかる指を、いつまでも引くことはできなかった。

 自分の手で、仲間を殺す勇気が出せなかった。

 そうしている間にも、ペーロの姿が闇の者(シャドウアイズ)へと変わっていく。

「見て下さい!」

 ハイジが声をあげた。

 周りを見ると僕達を囲んでいた闇の者(シャドウアイズ)が、一斉に離れて行った。

 霧の中に、まるで人魂のような炎が見える。

 その炎は空中に浮いており、僕達の方に近づいてきた。

 闇の者(シャドウアイズ)の次は――幽霊か!?

 こいつらだけでも手一杯だというのに……。

 いや、違う!

「アイさんのドローンです!」

 空中に浮かぶドローンのライトが人魂に見えたのだ。

 ドローンに続いて、アイも駆け寄ってきた。

「アイさん! 無事ですか?」

「何であんたたちが!?」

 しかし、僕達の前にやってきたのは、アイだけでは無かった。

 アイのその後には……黒マントの姿もあった。

 黒マントはゆっくり歩いてきて、僕達の前で立ち止まった。

 そして、こちらに拳銃を向けた。

 パァン――。

 銃口が火を噴いた。

「えっ? 何を……」

 僕は突然のことで、身動きできなかった。

 僕の後ろで、血が飛び散った。

 振り返ると、横たわるペーロの額には風穴が空いていた。

「ペーロ……」

 目は見開いたまま上空を見つめ、その体は微動だにしない。

 僕は屈み込み、彼の手を掴んだ。

 その手は僕の手を握り返さない。

 そして、彼の体はすぐに冷たくなった。

 さっきまで僕と会話していた彼は、もう返事はしてくれない。

 ペーロは死んだのだ。

 僕は、死というものを初めて実感した。

 この世界のルールを改めて思い知った。

 そして、やがて自分にも襲いかかってくる死という恐怖で、体が凍り付いた。

 ハイジは両手で顔を覆い、その場に蹲ってしまった。

闇の者(シャドウアイズ)になるより幾分いい」

 そう告げた黒マントは表情一つ変えず、冷たい視線で僕達を見ていた。

 そして、次に銃口を向けられたのは……僕だった。

 タロットカード……死神のカードを思い出した。

 こいつが……死神……。

 僕は黒マントを見上げた。

 黒マントは、僕に向かって静かに口をひらいた。

「何が目的だ……?」

 え? 意味が分からない……。

 彼は何を言って……。

 僕は立ち上がり、黒マントに目を向けた。

 しかし、目線が合わない。

 銃口も、よく見ると僕に向けられていない。

 僕は後ろを振り向いた。

 黒マントが見つめるその方向にはアイがいて……。

 拳銃を両手で持って、黒マントに向けていた。

「すまない……あんた達を巻き込むつもりはなかった」

 ハイジが慌てて、アイに駆け寄る。

「ふたりともやめて下さい。いったい、どうしたんですか!?」

「いちいち覚えていないだろうね……殺した相手のことなんて……」

 アイは黒マントから目を離さず、そう告げた。

 僕とハイジを挟むように、黒マントとアイが互いに銃を向け合っている。

「私は、親友とこの世界に連れてこられた……」

 アイはそう切り出した。

「あんたのせいで、あの子は闇に飲まれたんだ! あんたが見殺しにしたせいで!」

 その瞳から涙がこぼれ落ちる。

「闇に飲まれたら……もう……戻ってこれない。あんたをずっと探していた」

「復讐か?」

 黒マントも口を開く。その口調はアイとは違い、落ち着いていた。

 ハイジはアイに言い寄る。

「復讐って……そんなことしたって、なんの解決にもならないじゃないですか!」

「姫……危ないから……ドローンの近くにいてね」

 アイが、ハイジに向けた表情と言葉は優しかった。

 僕はハイジの手を引いて、ホバリングドローンのところまで下がらせた。

 アイは黒マントから目を離さずに、ゆっくりと後退していく。

 黒マントも、アイを追って銃を構えたまま進んで行った。

「始末する……」

 黒マントは、冷たい口調でそう言った。

 カチリと撃鉄を下ろす音がした。

「二人とも、やめてください!」

 手を離したらハイジが飛び出してしまいそうだったので、僕はずっと彼女の手を力強く掴んでいた。

 アイは、僕達が近くにいると危険だから距離をとったのだろうか?

 いや、違う……。

 まるで、どこかに誘導しているようにも見える。

 ライトで照らしていたホバリングドローンから遠ざかったことで、闇の者(シャドウアイズ)はアイと黒マントを取り囲んだ。

 アイは銃口を黒マントに向けたまま、僕の方を見て口を開いた。

 しかし、良く聞き取れなかった。

 けれど口の動きで『ハイジは任せたよ』そう言っているように見えた。

 アイは銃を下ろして、端末を操作した。

 ドオォォォン――。

 激しい爆発音がした。

 そして、アイと黒マントのいた地面が崩れ出した。

 まるでスモークのように、土埃が辺りを包み込む。

 やがて地面には大きな穴が空き、二人はそこに落ちて行った。

 二人を囲っていた闇の者(シャドウアイズ)達も、開いた穴に向かって飛び込んで行く。

「アイさん!」

 ハイジは、まっしぐらに穴の方へと走って行った。

 爆発の衝撃で、僕はハイジの手を離してしまっていた。

 僕も急いで穴に近づいた。

 上から見下ろすと、アイと黒マントは闇の者(シャドウアイズ)に囲まれていた。

 アイは腰を下ろしている……脚をくじいていて、動けないようだ。

 黒マントが、その前で銃口を向けていた。

「こんな爆発で、俺を殺せるとでも思っていたのか?」

「ふふっ お前を殺すのは、こいつらさ……。いっしょに闇に飲まれよう」

 アイはそう答えた。

 二人を取り囲む闇の者(シャドウアイズ)達は、一斉に飛びかかった。

 しかし黒マントは、跳躍スキルで飛び上がり穴から抜け出した。

 闇の者(シャドウアイズ)の中央にはアイだけが取り残された。

「残念だったな……」

 黒マントは、アイに向かってそう告げた。

 ハイジは黒マントに駆け寄った。

「お願いです。アイさんを助けて下さい」

 ハイジは彼の服を掴んで、必死に頼んでいる。

「俺に助ける道理はない……。助けたい人がいるなら、自分の力で救うんだな」

 黒マントは、ハイジを振りほどいた。

「それなら……私が救います!」

 ハイジはそう言うと、穴に向かって走り込んだ。

「だめだ!」

 僕は手を伸ばしたが、ハイジのその手を掴むことはできなかった。

 穴を覗き込むと、闇の者(シャドウアイズ)がアイの上で牙を剥いている。

「だめーっ!」

 ハイジが、アイの元へと走りながら叫んだ。

 すると、その声に共鳴するかのように、アイから凄まじい光が溢れ出す。

 青白い光が辺り一体を包み込んだ。

「これは……?」

 光を放ったアイが一番驚いている。

 あのペンダント……ハイジがアイに渡したペンダントが、宙に浮き光を放っていた。

 その青白い光に包まれた闇の者(シャドウアイズ)たちの様子がおかしい。

 どす黒い肌の色が薄れ、目の充血が消えて行く。

 長い爪は剥がれ落ち、裂けていた口は小さくなり、骨格が変化していく。

 そして、人の姿へと変わっていった。

 僕は驚いて声が出せなかった。

 ハイジを見ると、彼女も口に手を当てて驚いている。

 人間に……戻った!?

 ペンダントから放たれた光が、闇の者(シャドウアイズ)を人の姿に戻したのだろうか!?

 アイの目の前にいた闇の者(シャドウアイズ)も人間の――女性の姿に戻っている。

 その女性は、アイを見つめていた。

「ソフィア……」

 アイは、目の前にいた女性に抱きついた。

「会いたかった……」

 彼女も口を開いた。

「アイ……私は……」

 パリーン――。

 高い音が辺りに響き渡った。

 アイのペンダントがはじけ飛び、粉々に砕け散ったのだ。

 辺りを包んでいた柔らかい光は、徐々に縮まって行く。

 そして、人の姿を取り戻した者達が、再び闇の者(シャドウアイズ)の姿へと変わっていく。

「そんな……」

「逃げて! 今のうちに……生きて元の世界に戻って」

 アイが抱きしめる女性はそう言った。

「今のうちに逃げよう……この町から出ないと!」

 僕はそう言って、ハイジの手をとり駆け出した」

「アイさんも!」

 ハイジはアイに向かって叫んだ。

「必ず助け出すから……」

 アイは目の前の人物にそう告げた。

 その瞳には、涙が溢れている。

 そして、僕達の後について走り出した。

 脚の痛みのせいか、アイの走りはぎこちない。

 僕たちは、集落の入り口に向かって走った。

 闇の者(シャドウアイズ)は、誰一人として追ってこなかった。

 あの光の影響で、人の心が残っていたからだろうか。

 僕たちは集落を抜け出し、崖の上まで駆け上った。

 逃げてきたのは僕とハイジとアイの三人で、黒マントの姿は無かった。

「ここまでくれば、大丈夫だろう……」

 僕達は、地面に座り込んだ。

 アイが、息を切らしながら口を開いた。

「すまない……巻き込むつもりはなかったんだ。ペーロには、本当に申し訳ないことをしてしまった」

「一体……何があったんですか?」

「私は親友のソフィアと、この世界に連れてこられた……」

 ソフィアって……。

「このドローンは、彼女が作ったものなんだ」

 アイは壊れたドローンを抱えあげ、抱きしめた。

「あの子のアビリティは、機械を作ることに長けていた。私の能力なんて、ドローンで索敵をするくらいなのさ。あの子がいなけりゃ、何もできやしなかった」

「そんなことありません! アイさんはすごいです。徹夜で索敵して作戦を練って、みんなに指示を出して……」

「姫ちゃん……ありがとうな」

「私達は、絶対に二人で一緒に元の世界に帰ろうって、そう誓っていたのに……。ソフィアは、アイツに撃たれて……そのまま置き去りにされて、闇の者(シャドウアイズ)に噛まれてしまった」

 アイの瞳に涙が浮かぶ。そしてハイジの瞳にも。

「でも……本当は、私がソフィアを殺していれば、闇の者(シャドウアイズ)になることは無かったのに……。私は……この手でソフィアを殺すことが……怖かったんだ」

 アイは地面に両手を着いて、涙をこぼしている。

 僕もペーロが噛まれた時に、撃つことを躊躇していた……。もし、あの時黒マントが銃で撃ってくれなければ、彼も同じ目にあっていただろう。

「それじゃあ、さっきの人は……」

「あれは間違い無く、ソフィアだった……」

 ハイジは驚いて声を出せないでいる。

「本当に悪いのは私なのに……私がソフィアを殺せたら……」

 アイは泣き崩れてしまった。

 あの闇の者(シャドウアイズ)は、自分の親友のアイだと分かって、近寄ってきたのだろうか?

 もし、青い宝石の光が無かったら……あの闇の者(シャドウアイズ)は、アイをどうするつもりだったのだろうか?

「姫ちゃんから貰ったあのペンダント、砕けてしまった……ごめんな折角作ってくれたのに」

 アイはハイジを抱きしめ、頭を撫でた。

「いいんです……そんなの」

「あの青い宝石は一体……」

「願いを叶えてくれる石……」

 僕はそう呟いた。

「願いを……?」

 僕は首を横に振った。

「いいえ、違うかも知れません」

「あの光は、闇の者(シャドウアイズ)を一時的に人の姿に戻した。そんな力が秘められてるようだね。もし、もっと大きな結晶があったとしたら、闇の者(シャドウアイズ)になった人を、完全に人間に戻せるかも知れないね」

 アイは眼鏡を外し、涙を拭う。

「私は、復讐することばかり考えて……ソフィアを救う方法を、少しも考えようとはしなかった……。本当に自分が情けない」

「あの宝石は、前の拠点の近くの崖で見つけました。とても大きな結晶があって……でも、その場所はもう、闇に飲まれてしまって……」

「そうか、ほかを探すしかないか……」

 アイは僕とハイジの顔を、交互に見つめた。

「ごめんね……」

 彼女はそう言って、深く頭を下げた。

「キミ達とは、これ以上一緒に旅を続けられそうにない」

「そんな……」

「私はあの宝石を探したいと思う。もっと多くの石があれば、ソフィアを人間に戻せるかも知れない」

 アイの気持ちは良く分かる。

 親友を救える方法が分かったのだから、一刻も早く行動に移したいだろう。

「わがままを言って申し訳ない」

 アイはハイジを抱きしめた。

 ハイジはアイの胸の中で、まるで母親にすがる子供のように泣き出してしまった。

「ビリー、キミの力があれば必ず元の世界に戻れるはずだ。姫を守ってあげてくれ」

 僕は黙って頷いた。

 アイは最後に、いつまでも泣き続けるハイジの頭を撫でた。

 その表情はとても穏やかで、まるで娘を慰める母親の表情にも思えた。

 そして、アイは背を向け一人で歩いて行った。

 僕は何も言わず、ただその後ろ姿を見送った。

 やり方は間違っていたかも知れないが、親友のためにここまで行動できるアイを尊敬する。

 人は誰でも、自分の幸せを第一に考えるのに……。

 僕なら……他人のために、ここまで一生懸命になれはしないだろう。

残されたビリーとハイジの運命は!?

⇒ 次話につづく!


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