前へ次へ
13/48

第十二話 もし願いが叶うとしたら

 僕たちは橋の砦を後にし、小さな家屋に拠点を置いた。

 もう何度目だろう……闇から逃れるように僕たちは移動していく。

 夜中までハイジは泣いていた。

 自分の目の前で、小さな子供が死んだのだから……ましてや自分が治療した子供だ。

 会話だってしていたかも知れない。

 でも一夜あけて、ようやく落ち着きを取り戻したみたいだ。リビングでアイと会話している。

 この世界は辛い事が多い。

 でも僕たちは、前を見て歩いて行かなければならないんだ。

 ――生き残るために。

 ハイジはテーブルにタロットカードを広げていた。

 いったい何を占っているのだろうか。

 僕は占いなんて信じないし、人生なんて、成るようにしか成らない――そう思って生きている。

 ――いや、今まではそうだった。

 けれど、この世界では一瞬の油断が命取りになる。

 だから……ハイジも不安なのだろう。

 僕も、もっと慎重になるべきだと思った。

 女性二人の楽しそうな話し声が聞こえてきた。

 アイがいてよかった……。ほかの人では、ハイジに笑顔を取り戻すことはできなかったと思う。

「えーっ、アイさん今日が誕生日じゃないですかー? おめでとうございます。何歳になったんですか!?」

「バカ、内緒だよ! 男達が聞いているだろう?」

 ハイジとアイの視線がこちらを向いたので、慌てて目を背けた。

「よし、もうこれまでだ。私は索敵に出る」

 アイはそう言って席を立った。

 一人残されたハイジは、少し悲しそうにしていた。

 僕も外の見張りに着いた。

 それから小一時間くらい辺りを見回ったが、敵の姿を見かけることはなかった。

 腰を下ろして、少し休憩をすることにした。

 空に浮かぶ太陽が眩しい。

 普段は学校で授業を受けている時間だ。

 ここにきて、もう一週間経つ。

 早く帰って、元の生活に戻りたい……。

 僕は干渉に浸って油断していた。

 コツリ――、コツリ――。

 近くで足音がするまで、まったく気が付かなかった。

 足音は、すぐ真後ろから聞こえる。

 しまった――。

 銃はホルダーにしまったままだ!

 僕は慌てて振り返った。

 目の前にいたのはハイジだった。

「よかった……」

 僕は大きく息を吐いた。

「ごめんなさい……おどろかせてしまいましたか?」

 僕は首を横に振った。

 安心した……。これがもし敵だったら、死んでいたかも知れない。

 気を引き締めていこう。死んでしまったら、元の世界に戻れないのだから。

 ハイジは、僕の前まできて立ち止まった。

 何か用が有ってきたのだろうが、なかなか切り出さない。

「どうしたの?」

 僕から声を掛けた。

 彼女はまっすぐに僕の方を向いて、真剣な面持ちで口を開いた。

「相談に乗ってくれませんか?」

「相談? 僕にできることなら」

 僕たちは石の上に腰掛けた。

 ハイジは小さな声で話し始めた。

「アイさん、昨日から全然話してくれなくって。わたし、嫌われてしまったのでしょうか?」

 ……おおよその予測は付いていた。

「今朝も……」

「ごめん……僕のせいだね」

「いいえ違うんです」

「しっかり目を見てくれないし……なんか、避けられているような気がして」

 無理も無い。アイも後ろめたいのだと思う。

「わたし、アイさんをお姉さんのように思っているんです。元の世界では一人っ子だから……」

「一人っ子?」

「えぇ」

「姉妹がいるのかなって」

「どうしてです?」

「いや、なんとなくそんな気がしただけ……」

 僕はごまかした。

 昨日ハイジを助けに行く時に出会ったあの子は、ハイジの姉妹ではなかった。

 ではいったい……。

 ハイジは話を続けた。

「一人っ子だから、次期領主にならないといけなくて……」

 領主か……日本では馴染みの無い言葉だけど、僕なんかとは生活レベルが違うのだと思う。

「なんか、大変そうだね」

「ごめんなさい。ビリーさんには関係のないことまで話してしまって」

「いや、いいんだよ。ハイジの話聞きたい」

 ハイジは少し笑顔になった。

 ハイジも逃げ出したかったのだろう――元の世界から。

 それは僕も同じだった。

 思えばここは学校にいる時より充実していて、みんなと一緒にいるときが楽しくて。

 元の世界に戻るのが目的だけど、いつまでもこの時が続けばいい――なんて考えていた。

「わたし、この世界にきて良かったことが一つあります。みなさんと出会えて、本当に良かった。気を遣わずに対等に話してくれるから、向こうにいた時より楽しく生活できるんです」

 話をしているハイジは嬉しそうだった。

 その言葉に嘘は無いだろう。

「できれば、ずっとみなさんと一緒にいたい。でも、元の世界にも戻りたい……」

「僕もみんなと出会えて良かったって思う」

 僕たち以外の、ほかの人達をすべて殺したら元の世界に戻れる。

 でも、そうしたら、みんなバラバラになってしまう。

 考えたくは無いが、死んでしまってもそれは同じだ。

 もしかしたら、次に会うときには敵同士かも知れない。

 そう考えると、なんて悲しい世界なのだろうか。

 僕は空を見上げた。

 昼間なのに、多くの星々が輝いて見える。

 あの星ひとつひとつが、この世界に生きるサバイバーなのだ。

 その時だった。強烈な甲高い音と共に、向かいの山の上が眩しく光った。

 その方向に目を向けると、まるで塔の様な光の柱が、空の彼方まで伸びている。

「いったい何でしょうか、あれは?」

 それは、この世界に連れてこられた時のような光だった……。

 もしかしたら、元の世界に戻れるかも知れない。

 そんな思いが頭をよぎった。

 光の柱は徐々に細くなっていく。

「行ってみよう」

 僕はそう口に出した。

 早く行かないと……あの光が消える前に行かないと。

 今行けば元の世界に戻れる――そんな思いで、強引にハイジの手を強引に取って駆けだした。

 その場所に向かう途中、ハイジは僕に話掛けてきた。

「私のいた世界にも、願いを叶えてくれるといわれている宝石があって、それの輝きにそっくり」

「それは、どんな願いでも叶えてくれるの?」

「ふふふ、あくまで言い伝えで、おまじないみたいなことだと思います」

「そっか、もしそれが本当に叶うとしたら、ハイジは何を願うの?」

「わたしは、戦争のない平和な時代が訪れますように――と願うと思います」

 ハイジは、自分のことよりも、ほかの誰かのことを一番に考える。

「ビリーさんは、何を願うのですか?」

「僕は……」

 異世界に行きてーといったら、こんな世界にきてしまったから、次は正確に祈らないといけないな。

 モンスターがいるファンタジー世界で、僕が冒険者で剣と魔法を使って大活躍する世界――。

 なんてこと、ハイジの願いを聞いた後で、恥ずかしくて言えやしない。

 僕が暫く黙っていたら、ハイジから救いの手が差し伸べられた。

「ふふふ、秘密なんですね?」

「うん、まぁ……あまり言うほどのものでもないかな……」

 その場所には、5分程で辿り着いた。

 到着した頃には光の柱は消えていた。

 辺りを見渡すと、切り立った崖から飛び出るように、輝きを放つ青い石があった。

 人と同じ位の大きさだ。

 先程の光は、この石からだろうか?

 ハイジが近づくと、それはより大きな光を放った。

「綺麗な石……」

 その石は、まるで青空のように真っ青で、ところどころに光る金色が星空のようでもあった。

 ハイジは片膝を突き目を閉じて祈りを捧げていた。

 僕も心の中で祈った。

 みんなが、元の世界に戻れるように――と。

 しかし、この石に願いを叶える力はなく、ただ目の前で輝いているだけだった。

 ハイジは、足元に落ちていた小さな欠片を拾い上げた。

 それは小さくも、同じような輝きを放っている。

「プレゼントしたらどうかな? アイさんに……誕生日みたいだし」

 ハイジは驚いて僕の顔を見上げている。

「ごめん、聞こえていたから」

「はい。きっとアイさん、喜んでくれると思います」

 僕たちはその場を後にした。

 結局、この石の正体は分からずじまいだった。

 拠点に戻ると、ハイジはすぐに部屋に籠もった。

 しばらくすると降りてきて、リビングでアイにネックレスをプレゼントしていた。

「ありがとう、姫ちゃん! んー、かわいい」

 アイはハイジを抱きしめて、頭を撫でている。

「苦しいです……」

 アイは僕の所にもやってきて、僕の頭を脇に抱える。

「ビリーもサンキューな」

 柔らかくて大きな胸が頬に当たった。

 ハイジとアイが、ギスギスする必要なんてなかったんだ。

 あの石のおかげかも知れないね。

 これで、今まで通りになれたらよいな。

次回、アイのドローンの秘密が明らかに!?

⇒ 次話につづく!


★ 気に入っていただけたら【ブックマークに追加】をお願いします! ★

前へ次へ目次