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第十一話 与えられた選択肢

 僕とハイジとペーロは、丘の上で敵の奇襲を受けた。

 敵のフラッシュとスモークで視界を遮られる。

 視界が回復すると、そこに敵の姿は無く、またハイジの姿も見えなかった。

「ハイジがいないぞ!」

「嘘だろう?」

 蹄の音がする。

 遠くで馬が走り去るのが見えた。

「なぁ、馬に乗せられているの、ハイジじゃないのか!?」

「そんな……ハイジーーーッ!」

「俺は後を追う! ビリーはアイに連絡してくれ」

 そういって、ペーロは走って行った。

「アイさん、アイさん!」

 僕は急いで無線で連絡した。


 僕はアイの指示で拠点に戻った。

 いきさつを話すと、アイは黙って端末を操作し始めた。

 それから暫くして、ペーロが戻ってきた。

「拠点は突き止めた! 夜になる前に助けに行こう!」

 ペーロは落ち着き無くテーブルの周りを回っていた。

「くそ、俺がついていながら……なんでハイジが……身代金目的か?」

「この世界で、金なんて何の役にも立たないはず」

 ペーロの質問に僕が答えた。

「なら、俺達に恨みを持つ者の犯行か?」

「それも違うと思う……それならフラッシュで目が眩んでいる時点でとっくに命を取っているはずだ。戦闘のリスクをとることよりも、ハイジを浚うことを優先したように思う」

「考えられるとしたら、彼女の治癒能力だろうな」

 それまで黙っていたアイが口を開いた。

「前にも言ったかも知れないが、この世界にはメディックというクラスが存在する。だがそれは、薬を調合したり、医薬品を使って治療するものだ。しかしハイジは手をかざしただけで傷の治療を行う珍しいタイプだ。おそらく、そこに目を付けられたのだろう」

「それなら、すぐにハイジの命を取るようなことはしないはずだ」

「よし、アジトは分かっているんだ、早速乗り込もうぜ!」

 ペーロはテーブルに両手を着いて乗りだした」

「アイ、作戦は?」

 アイは首を横に振って答えた。

「……無い」

「おいおい、参謀らしくない発言だな。正面から突撃みたいな作戦は嫌だぜ?」

 アイは端末を閉じた。

「敵は、我々が助けに行くことは分かっている。それなりの対策はしているはずだ」

「あぁ……それでどうすんだ?」

「攻撃を仕掛けてこなかった理由として考えられるのは、白兵戦が得意ではないからだ。攻めるよりも守ることに長けたクラス――クラフターやトラッパーの存在だ。やつらは拠点を強化し、様々な罠を設置する。そんな所にみすみす足を踏み込んでみろ? 我々が辿る結末は……全滅だ」

「だから、作戦が必要なんだろ!?」

 ペーロは声を荒ぶらせて、テーブルを叩いた。

「もし罠を突破できたとして、最終手段奴らはハイジを盾にするだろう。その時はどうするつもりだ? 結局手も足も出ず我々が殺される。だから……」

「だから……なんだよ?」

「ハイジは助けずに先を急ぐ」

 え? 何を……。

 僕が問い掛けるより先にペーロが叫んだ。

「は? 何言ってんだ!?」

「ハイジのためにほかの誰かを犠牲にするわけにはいかない!」

 アイも珍しく大声を出した。

「それにまだ……私には……」

「あぁ!? それに――なんだよ?」

「いや……。自分自身の身を守れなかった、彼女の自己責任だ」

「ふざけんな! みそこなったよ。そんな人だとは思わなかった」

 ペーロは家の外に向かって歩き出した。

「俺は一人でも助けに行く! それが仲間だろう?」

 ペーロは、言葉を吐き捨て出て行った。

 僕はアイに話しかけた。

「本当に行かないんですか?」

 アイは僕に目を合わさずに答えた。

「私達の目的は、生きてこの世界から脱出することだ……より生き残れる選択肢をとるのが当然だ」

 僕は反論した。

「僕だって死にたくない! 生きて元の世界に戻りたい。けれど、ほかの人を犠牲にして、自分一人だけ生き残ろうとは思わない」

 僕は立ち上がって、拳銃を入れたホルダーを手にした。

「僕は、このメンバー全員が、生きてこの世界から脱出したいと思っています」

 アイは俯いたまま何も答えなかった。

「だから、僕も助けに行きます」

 僕はペーロの後を追って家を飛び出した。

 後ろからは誰も追いかけてくる様子は無い。

 ペーロ……早まるなよ。せめて僕が行くまで……。

 ペーロの姿は見えないが、草を切る僅かな音でおおよその方角は分かった。

 僕はそちらへ向かって全速力で走った。

 どれくらい走っただろうか? なかなかペーロの姿は見えてこない。

「ビリーくん……」

 突然後ろから名前を呼ばれた。

 ハイジの声だ。

「よかった、無事だったんだね」

 僕は振り返った。

 目の前に一人の少女が立っている。

 違う……僕に声を掛けたのはハイジじゃない。

 だ……誰だ!?

 僕はとっさに銃を構えた。

 少女は真っ黒なドレス姿で……その顔はハイジにとてもよく似ている。

「こんにちは。ごきげんいかが?」

 彼女はスカートを手で掴んで挨拶をしてきた。

 声と姿はハイジとそっくりだが……雰囲気がまるで違う。

 なんというか、大人びている。

「レディに向かって、いきなり銃を向けるなんて、行儀作法がなっておりませんね?」

 僕は、ほかに彼女の仲間がいないか辺りを警戒した。

「大丈夫、私ひとりですわ」

 僕は目の前の少女と距離をとった。

「別にあなたに危害を加えるつもりはありませんわ。見ての通り丸腰ですし」

 彼女は両手を広げてみせた。

 どうやら、彼女の言葉は本当らしい。

「その物騒なもの、しまってくださらない?」

「あ、ごめん」

 僕は銃を下ろした。

「ちょっとお話しませんこと?」

「今、とても急いでいるんだ」

 少女は、僕の元に歩いてきた。

「助けに行くんでしょ?」

「なんでそれを?」

 少女は僕の頬に手を添えた。

 少女と僕の顔は密接するほど近かった。

 僕はごくりと唾を飲んだ。

 彼女の顔に息が掛からないように息を止めた。

「まだ大丈夫よ……それより、あの子のこと、少し教えてあげる」

 少女は僕の襟を人差し指で引っかけて、すぐに離した。

「興味あるでしょ?」

 この子は僕たちの行動を把握している。

 それだけでなく、ハイジのことも知っている様子だ。

 少し話を聞いてみたくなった。

「浚われたお姫様を助けに行く白馬の王子様……素敵ね。そんな状況あこがれちゃうわ」

 少女は僕に背を向け、両手を後ろで組んだ。

「自分が浚われても、きっと王子さまが助けてくれる……何の根拠も無く、そんな甘い考えをもっているのよ……子供よね?」

 再び振り返り、上目遣いで僕を見つめてくる。

「あの子はね? 他人から褒め言葉しか掛けられず、ちやほやされて、そんな環境で育ったの」

 少女が近づいてくるたびに、僕は緊張して後ずさりした。

「みんな心の中で何を思っているか、裏で何を言っているか知らない。みんな、いい人達ばかりと思っているわ。屋敷から一歩も外に出たことのないあの子は、外で行われていることを知らないの。周りの人間の本当の顔を知らない」

「ハイジのことを言っているの? キミ、随分詳しそうだけど……」

 しかし、少女はにっこりと笑顔を浮かべるだけで何も答えない。

「あなたはこの世界、誰が作ったんだと思う? ひどいわよね? 人殺しなんかさせて」

 少女は一方的に話を続ける。

「あの子が変わらなくては、何も解決しない」

 何が言いたいんだろうか?

 この子が何者なのかは気になるが、今はハイジが心配だ。

「そろそろ行かないと」

「そうね……それではこのへんで」

 少女と話をしていたせいで、ペーロが何処に向かったか分からなくなってしまった。

「あっちよ。男の子……あっちに向かって走って行ったわ」

 少女に僕の考えが分かったのだろうか?

「ありがとう」

 少女は背を向けて、僕がきた道を歩いて行った。

 僕は少女が教えてくれた方に向かって駆け出した。

 かわった子だ……ハイジの知り合い? 似ていたから姉妹? そんな話は一度も聞かなかったけど。

 やがて、坂の下に拠点が見えてきた。

 坂道を下りていくと、木の陰から様子を伺うペーロを発見した。

 そんな僕に気づいて、ペーロは声をかけてきた。

「なんだ、お前もきたのか」

「あたりまえだ……あそこにハイジが?」

「あぁ、だが見ての通り、入るのは容易じゃない」

 拠点は高い塀に囲われ、一箇所ある入り口の扉は鉄製で固く閉ざされていた。

 塀をよじ登ろうにも、塀の上には有刺鉄線が張り巡らされている。

「悔しいけど、アイの言っていたことは間違ってなかったな」

「どうやって入る?」

「当然入り口の扉が開くとは思えねーし……壁を登って、有刺鉄線を壊して侵入するしかねーな」

「有刺鉄線を壊している間に見つかってしまう」

「あぁ……こういうのを破壊するのに特化したクラスもあるんだけど……うちのチームにはいないからな。せめてランチャーでもあれば有刺鉄線を遠くから破壊……いや、壁ごと破壊できるのにな」

 良い作戦はなかなか思いつかなかった。

 時間だけが過ぎていく。

「ここでグズグズしてても始まらねー! なんとかして突破するぞ」

「まて!」

 突撃しようとしていた僕らの後ろから、声を掛けられた。

 振り返ると、アイと、その後ろに黒マントがきていた。

 ペーロはアイを睨んで叫んだ。

「なんだ! まだ止めるのか!?」

「コンクリートの壁ならこれ一つで穴を開けられるはずだ」

 アイの手には、フラググレネードが握られていた。

「すまない……君達の気持ちを汲み取ってやれていなかった」

 アイは頭を下げた。

「私はハイジを助けに行こうなんて言える立場じゃ無いから……あんなことを言ってしまった。実際に前線に立つのは君達だから……。君達の意見を聞くべきだったね」

「グレネードをよこしてくれ」

 ペーロはアイの前に手を差し出した。

 しかし、アイは渡そうとはしない。

「これは私が持って行く」

「あ?」

「私も助けに行く。もう、一人取り残されるのは嫌なんだ。いつも私だけ残してみんな死んでいってしまう」

 そう言った彼女の表情はとても悲しそうだった。

「だから今度は、私も行く」

 アイはグレネードをカバンにしまい、拳銃にマガジンをはめた。

「足手まといにはなりたくないから、私がやられたら放っておいてくれ」

「あぁ、そうするよ……俺の時もそうしてくれ」

 ペーロは鼻を鳴らした。

「僕は全員助けます」

「意見が合わないな」

 ペーロが答えた。

「ハイジもきっと同じことを言うと思います」

「ハイジがそういうのなら、俺も意見を変えるがね」

「ふふ、そうだね」

「あんたはどうする」

 ペーロは黒マントに聞いた。

「ここから援護する」

「あぁ、そんじゃあ、期待してるよ。参謀、作戦を頼む」

 皆がアイに注目した。

 アイは頷いた。

「作戦はこうだ……壁をぶち破って、正面から突撃」

 僕とペーロは顔を見合わせた。

「何か問題でも?」

「いいや」

 そう言ったペーロに笑顔が見える。

「ラジャー」

 僕も返事をした。

 とても作戦と呼べる者では無かったが、皆それに同意した。

 アイはフラググレネードのピンを抜き、壁に向かって投げ込んだ。

 ドゴオォォォォン――!

 それは、凄まじい轟音を立てて爆発した。

 辺りは煙に包まれる。

「よし、突撃!」

 僕とペーロ、そしてアイが駆けだした。

「たまにはこんな作戦も悪くないな……敵さんも、まさか壁をぶち破ってくるなんて思ってもいないだろう」

「頭が悪い戦い方だ」

 破壊された塀を抜け、敷地内に入る。

「このまま突っ込むぞ!」

 僕は正面から扉をあけて突入した。

 家に入ると大きなリビングがあった。

 そこに何人かの人影が見えた。

 敵は武装していなく、攻撃してくる様子も無い。

 ただ驚いて立ち尽くしていた。

 敵の中にハイジの姿が見えた。

「ハイジ!」

「ビリーさん!」

 ハイジは僕を見つけて声をかけてきた。

 よかった無事みたいだ。

 屈んでいるハイジの前には、子供が横たわっている。

 ハイジの体が緑色に輝いていることから、怪我の治療をしていたのだと思った。

 僕はハイジに近づいた。

 すると、敵の一人が拳銃を取り出し、ハイジの頭に突きつけた。

「動くな! こいつがどうなってもいいのか?」

 僕はそれを見て、拳銃のホルダーに手を伸ばした。

「やめて! 助けてくれたのに何でこんなことするの」

 敵の一人……まだ小さな子供が大声をあげた。

 そして、拳銃を向けた男に走り寄って行った。

 それを見て僕は、拳銃を取り出すのをやめた。

 もしこのまま拳銃を掴んだら、ここにいる人達を全員殺してしまう……目の前の子供達も。

 もう、あの悲惨な状況にはしたくなかった。

 子供を……人を……撃ちたくなかった。

 部屋に緊張が走る。

 敵はいまだ、ハイジに銃口を向けている。

 僕はその敵に向かって言った。

「お願いです……銃を下ろしてください。あなた方を撃たなくてはならなくなります」

「ふざけんな、銃を向けてるのはこっちだぞ!?」

「僕の銃は……正確にあなたの頭を撃ち抜くことができる」

 僕が話している間、誰も微動だにしなかった。

「お願いです。僕は……誰も殺したくないんだ」

「どうする?」

 ペーロは僕の耳元で話掛けてきた。

 僕は小声で言葉を返す。

「大丈夫……黒マントも狙撃銃で狙っている」

 横目で窓の外を見ると、黒マントの姿が見えたのでそう答えた。

 僕がペーロと話している間、敵同士も会話していた。

「銃を下ろすんだ。彼女には子供を助けて貰った恩がある」

「しかし、このまま見逃したら、いつ攻め込まれるか」

 僕は敵の会話に割り込むように喋った。

「僕たちの目的はハイジの救出であって、あなたがたを殺しにきたわけでは無い。だから、このまま無事に返して貰えたら……何もしない」

 僕は本心を言った。

「みんなも、僕の意見に同意して欲しい」

 僕はペーロとアイに告げた。

 二人は頷いてくれた。

「……わかった」

 敵も同意してくれたようで、銃をしまってくれた。

 子供達は震えていた。

 それをみて、ハイジはとても辛そうな表情を浮かべていた。

「ハイジ……こっちに……」

 ハイジは子供を見つめながら、僕達の元に歩いてきた。

 そして敵に向かって告げた。

「もう治療は済んでいますから……大丈夫なはずです」

 その言葉を聞いて、敵は目を背けた。

 アイはハイジを抱き寄せた。

 そして、力強く抱きしめた。

「姫……よかった……」

 アイの瞳に涙が見える。

 ハイジを助けたい思いは、アイも同じだったはずだ。

 もしかしたら、誰よりもその思いは強かったかも知れない。

 アイとハイジは先に家の外に出た。

 後ろから撃たれたらひとたまりも無いと思い、僕とペーロは後ろ向きに歩き始めた。

 家の玄関の扉を閉めて、僕は先に行くアイとハイジを見た。

 その時、後ろで音がした。

 ガチャリ――。

 撃鉄を起こす音だ。

 僕は慌てて振り返った。

 それと同時に銃声は鳴った。

 ズドン――。

「うわぁぁぁぁぁっ」

 家の中から叫び声が聞こえてきた。

 ズドン――、ズドン――。

 一発二発と、銃声と窓ガラスが割れる音が鳴り響く。

 家の外から、内側に向かって。

 黒マントが狙撃銃で撃っていたのだ。

 そのたびに、悲鳴と叫び声が聞こえてきた。

 敵は撃とうとしていたのだ……僕たちを。

 全部で五発の銃声が鳴り響いた。

 一人一発で仕留めたのであれば、敵は全滅しているだろう。

 ハイジは、家の中に向かって走りだそうとしていた。

 僕は、彼女の腕を掴んで止めた。

 行ったところで、そこには死体しかないはずだから。

 ペーロはくちびるを噛みしめて、俯いていた。

「なんで、なんで撃ったんですか!?」

 ハイジは黒マントに向かって叫んだ。

「これじゃあ……わたしが何のために治療したのか……」

 彼女の両目からは大量の涙が溢れだした。

 アイはハイジを抱きしめた。

「こういう世界なんだ……恨むなら、この世界を作った者を恨むんだ」

 黒マントがやらなきゃ、僕たちはやられていた。

 もしかしたら、僕が銃を抜いて殺していたかも知れない。

 僕たち以外は、敵なんだ……殺さなくてはいけない……敵なんだ。

次回、ハイジとアイの関係に亀裂が!?

⇒ 次話につづく!


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