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8章 二十万年の孤独 5話

 「おい。大丈夫か?」


 ただ事ではなさそうなブルンデの反応にジェイルは戸惑う。


 「うん、大丈夫。心配してくれてありがと。ジェイルは優しいね」


 ブルンデの無邪気な声にホッとしたジェイル。


 ブルンデの無邪気な声にジェイルは落ち着きを取り戻してきていた。


 「目の前で苦しんでたら誰だって心配するさ」


 優しいと言われ嬉しかったジェイルは笑顔を浮かべる。


 ジェイル自身、生前から他者だけでなく親にすら優しいと言われた記憶が無かった分、自然と態度に現れたのだ。


 「ふふふっ」


 そんなジェイルをどこからか見て笑うブルンデ。


 「じゃあ改めて、ジェイル、ここまで足を運んできてくれてありがとう。ボクは心臓であるコアか、その付近でないと人の言語を喋れないんだ。」


 「そうだったのか。で、お前はこの傷跡に覚えがあるのか?」


 ジェイルは傷跡に指を差す。


 「なんか昔ね、ここに来た人が、ボクの呼びかけにも答えないで、ここに刻まれている文字だけ見たら、いきなりその文字の一部を剣で傷つけてきたんだ」


 想像するだけで不快な気分になるジェイル。


 「ここに刻まれているのは、(せい)(じゃ)の血に関しての情報ともう一つあったはずなんだけど、そのもう一つがなんなのか分からないんだ。今刻まれている文字はボクの記憶に残っているんだけど、そこにキズ付けられたカ所の、文字の記憶が残ってないんだ」


 ジェイルはもしや地図を手にしていたアランバの仕業なのか、と思い始めた。しかし、()(こつ)な一面はあるとしてもこんな無邪気な(くじら)にここまで()(じん)(どう)(てき)な痛々(いたいた)しい傷を付けるとは思えない。


 でもなぜ、このカ所の文字だけを隠したかったのか。


 ジェイルはその場で頭を悩ませていた。


 「あの時は、凄い痛かったよ。泣いても泣いても、その人は、ボクを傷付けるのをやめてくれなかったんだ」


 傷つけられ苦痛で泣かされただけでなく、その傷を付けられた文字の記憶も消されたブルンデ。


 どうやら刻まれている文字と記憶はリンクされ、そこになんらかの外傷が与えられるとそのリンクは切られてしまうらしい。


 「そいつは‥‥‥辛かったな」


 一方的に傷つけられる気持ちを理解していたジェイルはブルンデに(なぐさ)めの言葉をかける。

ブルンデが鼻をすするような音を出す。


 心にも深い傷を負っている事が覗えてしまう。


 「でも奇跡的に助かったし、もう大丈夫だよ。それにこうしてジェイルと、お友達になれたからボクは嬉しいんだ」


 「友達か、ハハハッ、そいつは良いな」


 真正面から友達と言われた事に照れ臭くなり頬を赤く染めるジェイル。


 生前から友人などいなかったジェイルに取っては、とても暖かい言葉だった。


 そして、ジェイルも友と言われた言葉を受け入れた。


 「あ、ごめんね。急に友達だなんて言って。でも今まで兵士の人達が、長い年月の間、ボクを誰にも近付けさせないでいたんだ。(てん)使()(かい)だけでなく、全ての人間達に、(せい)(じゃ)の血の情報を伏せさせるためにね。そのせいで二十万年の間、ボクは友達が出来なかったんだ」


 「二十万年⁉ お前そんな時から存在していたのか?」


 あまりの果てしない長い年月にジェイルは思わず跳びはねるぐらい驚く。


 「幽界の地が誕生したのは現世に大地が誕生した時と同じ時なんだ。それが今から四十六億年前。そして今から現世で人類が誕生した時、つまり二十万年前に幽界の地でも同じく人類が誕生したんだ。ボクは幽界の地の創造主によって自然の現象を具象化し(けん)(げん)された存在なんだ」


 「つまりお前は自然その物なんだな。でも幽界の地の創造主ってのは(てん)使()(かい)の神じゃないのか?」


 不可解な謎がまた一つ増えた事に首を傾げるジェイル。


 「それはボクにも分からないんだ。ただその事に関して一つ分かる事は神は神によって選ばれた事ぐらいかな」


 「なるほどな。分からない事が分かったよ」


 ジェイルは何も理解出来ず、肩を落としながら(しん)(りょ)するのを止めた。今考えてもどうしよもない事だ、と思ったからだ。


 更にブルンデは世間話のように話を続ける。


 「とにかく全てが嫌になって、たまに兵士の人達の目を盗んで、地獄にいったりもしたんだ。ただ、兵士の人達には()(てき)の角笛を持っていて、それを吹くとボクがどこにいようが強制的に()(てき)の角笛を吹いた人の所に時空間を通して戻されるんだ。そう言えばちょっと前に、地獄に行く時に、時空間の中で何かにぶつかったんだよね」


 「それはまた奇妙な体験だったな。大丈夫だったのか?」


 何か異常が無いのか? と心配になったジェイルはブルンデの身を案じていた。


 「うん、大丈夫だよ。むしろボクは身体が大きいから、ぶつかったのが人だったらと思うと、その人の事が心配かな」


 「そうか」


 ブルンデの言葉にジェイルは(あん)()した。


 それにしても、(てん)使()(かい)の兵士達と言うより神は、そこまでしてブルンデを(しっ)(こく)し、生者の血の機密を(いん)(ぺい)したいのかが分からない。


 (てん)使()(かい)の住民達がその情報を嗅ぎつける事を恐れているのか。そのために保険として住民達を(かい)(らい)とさせているのか。


 どちらにしても途中で文字を傷つけられている状態ではその先が読めず(しょう)()する材料がない。これ以上の推測は無意味。憶測にもならない見解が浮かび上がってくるだけだった。


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