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7章 思わぬ邂逅 8話

 「入んな」


 ドア越しからすぐにニイナの声が聞こえてきた。


 ドアを開けると最初に来た時と同じように家の中は変化が無かった。


 壁に取り付けられた頭蓋骨をモチーフにした燭台の灯りを頼りに奥に進んで行くとニイナは落ち着いた様子で葉巻をふかしながらソファーに座っていた。


 「来たね。待ってたよ」


 葉巻を消し、ソファーから満面(まんめん)の笑みで立ち上がってきたニイナ。


 どうやら恋人ができるんじゃないか、と楽しみにしていた様子だ。


 しかし、ニイナはジェイルの斜め後ろにいたガーウェンを見ると徐々に渋い顔になり更によく見ようと身を乗り出す。


 「あんた、もしや!」


 突然驚くニイナ。


 「やっぱりお前だったか。元気にしていたかニイナ?」


 ニヤついた笑みで、ジェイルの一歩(いっぽ)前を(ある)き涼しげに言うガーウェン。


 「ジェイル。まさかと思うが、あたしに紹介させる相手はこんないけ好かない仏頂面(ぶっちょうづら)な男だってのかい?」


 ニイナは低い声で眉間に皺を寄せジェイルを威圧してくる。


 「いやいや違うんだ! ニイナ姉さんに紹介する男は‥‥‥こっちだ」


 ジェイルはそう話しながら担いでいるザクマンを下ろし、オロオロしながらザクマンに指を差す。


 すると、ニイナはしかめっ面でギシギシと床板を踏み鳴らしながらザクマンの前まで歩いて来た。


 そして、ザクマンの足の先から顔を覗き込むように見ていく。


 「ジャクソンさん。私に紹介したい男性の所にはもう着きましたかな?」


 ザクマンはジェイルの名前を間違えただけでなく、一番、(あやま)ってはいけない言葉を口にしてしまう。


 今にでも火山が噴火するのではないか、と思う程、ニイナは怒りで爆発寸前だった。


 そして、無言でジェイルに近づき目にも止まらないスピードでジェイルの胸倉を左手で掴んだ。


 「あんた! やっぱりあたしを馬鹿にしてるんだね!」


 頼みの(いち)()の糸が切れたかのようにジェイルに激怒するニイナ。


 「待て、誤解だ! この爺さんは多分ボケてるんだよ! 俺はちゃんと()(れい)清純(せいじゅん)女神(めがみ)のような女性(じょせい)だって紹介したんだ!」


 ジェイルは嘘を混ぜ合わせ、酷く慌てながら必死に言い訳をする。


 「ジャマイルさん。どこですか?」


 見えない目で辺りをキョロキョロと見回し、耳に手を当てるザクマン。


 ボケていると言うより認知症の可能性が濃厚かもしれない。


 ニイナは改めて自分が想像していた男性とのギャップの違いにギョっとした目でザクマンを見ると目を細めながらゆっくりとジェイルに視線を向ける。


 しかし、ジェイルに視線を合わせると、不気味に思える程、ニイナはにっこりとした笑みになる。


 それは死神の王が降臨したかのようなインパクトを発していた。


 「なるほどね。ボケてるだけでなく、目や耳も不自由な(じい)さんにあたしの魅力を余すことなく伝えたわけだ。あんたがあたしに相応しい男を紹介したい意図がようく伝わったよ」


 優しい口調でジェイルに喋るニイナ。


 まるで久しぶりに孫と会えたおばあちゃんのような口調。


 嵐の前の静けさと言うより、死の旋律がその口からは奏でられているかのような感じがしてならない。


 その不気味を超えた異質な笑みに、動揺しながら引きつった笑みで何度も小刻みに頷くジェイル。


 すると、ニイナは微笑みながら右手を横上に上げる。そしてその表情はいつのまにか(げき)(こう)した。


 「このクソヤローがぁぁ!!」


 ニイナの音速を超える程の平手打ちがジェイルの頬に叩きつけられる。


 皮膚や人肉を無視し直接頬(きょう)(こつ)を叩きつけられたような衝撃と激痛が走るジェイル。


 そして、横の薬品が置かれている机にまで殴り飛ばされ、机と共に床板に倒れる。


 「うっ、あぁ」


 頬を片手で摩りながら叫喚するような表情で痛みに耐えるジェイル。


 「あんたの(こん)(たん)なんてバレバレなんだよ! 目や耳が不自由な相手なら老婆だろうが偏屈な女だろうが誰でも受け入れてくれそうだなんて思ったんだろ!」


 ニイナの推測は概ね合っていた。


 「ハハハハッ、中々、面白い()()(もの)じゃねえか」


 ガーウェンはコントでも見ているかのようにその場で()(かい)に笑っていた。


 「それにしてもお前、まだ男に()えてたのか?」


 ガーウェンは呆れたような表情になりニイナにそう言った。


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