7章 思わぬ邂逅 2話
声が聞こえなくなる所まで肩で息をしながら走って逃げていたジェイルはもう大丈夫か? と思い足を止めその場で両膝に手を付き呼吸を整える。
ジェイルの額から顎にかけて汗が滴り落ちる。
ジェイルは呼吸を整え終えると、注意深く後ろを見る。
先程の兵士達が追ってこない事を確認するとジェイルは安堵した表情で深い息を吐き捨てる。
ジェイルは前に視線を戻すと、黒い布で両目を隠し、杖を手に持った矮躯の初老の男性がジェイルの前に立っていた。
「――うわっ!」
不意打ちにでもあったかのような感覚だったジェイルは飛び跳ねるように驚いた。
「おお、すみませんね。私、目と耳が不自由でして気付きませんでした」
ジェイルの足音に気付かなかった初老の男性は頭を深く下げジェイルに親切に謝罪してくれた。
どうやら今のでぶつかってしまったらと言う事を想定し、人命に関わると言う懸念から、自我を取り戻したのだろう。
「ああ、いやあ、こっちこそ悪かったな」
未だ初老の男性の不意打ちのような対面にあたふたするジェイル。
そんなジェイルなど見える訳もなかった初老の男性はもう一度、深く頭を下げジェイルを横切ろうと手にしている杖で地面をつつき歩行できる場所を探しながら、おぼつかない足取りで歩いていく。
兵士でない事にホッとしたジェイル。
そして、再び歩こうとしたその時、ふとジェイルの脳裏に先程の初老の男性が脳裏に浮かぶ。
もしかしたらあの初老の男性ならニイナの恋人にピッタリなのではないか、と思った。
目が見えない相手ならニイナの外見を気にする事もないし、初老の男性と言う事もあり色々人生経験を積んでいそうで、ニイナのあのヒステリックな性格も受け入れてくれるのではないか? と思ったからだ。
このまま適当な人材を選ぶよりも今の自分の直観を信じたジェイルはすぐさま行動を起こした。
まず、ジェイルは初老の男性の後をゆっくりと追い、背後にピッタリとつきながら同じペースで歩いていく。
そして、感心噴出の入った小瓶を懐から取り出し蓋を開けると初老の男性の髪の毛の上から感心噴出の液体を慎重に数滴かけた。
相手にバレないようにかけるだけでなく、万が一、ニイナに好意を持てなかった時のために感心噴出を残して別の相手のために残しておかなければならないジェイルにはこれしか方法がなかったのだ。
そして、初老の男性の髪の毛にかけられた感心噴出は頭皮にまで染み渡った。
「なあ、ちょっといいか?」
成功したのかどうか、半信半疑なジェイルは慎重に声をかける。
「‥‥‥」
しかし、初老の男性はジェイルの呼びかけに一切の反応がない。
もしや失敗したのか? と思ったジェイル。
そこで、ふと初老の男性の目と耳が不自由だったことに気付いたジェイル。
物は試しと思い、声量を大きく上げもう一度、初老の男性に声をかけようとしたジェイル。
「なあ! ちょっといいか⁉」
「ほう、どうなされました?」
初老の男性はジェイルの語気を強めた声に気付き、落ち着いた様子でジェイルに振り向いた。
成功した、と思ったジェイルは驚いたが、ここからが本番だと思い身を引き締めた。
「あんた今、恋人とかいるか?」
ほとんど初対面の相手に対し、唐突な質問に首を傾げる初老の男性。
しかし、初老の男性はジェイルの質問に疑問を持っているのではなく、聞こえないので首を傾げているようだった。先程のように大きな声を出さない限り初老の男性の耳には伝わらない。