7章 思わぬ邂逅 1話
天使界で騒動を起こさぬよう、念のため妖魔の剣を後ろの腰に回し防刃コートで覆い隠すジェイル。
辺りを見回し、ぽつぽつと歩く通行人の中からニイナに相応しい? めぼしい男を探していたジェイル。
すると前方から、体格のいい体でプレートアーマーを着た二人の男達が腰に剣を備え、ジェイルの前を歩いていた。
周囲に目を配り、天使界の住民達に何か問題でも起きていないか巡回しているようだ。間違いなく天使界の兵士達だ。
未だに天使界の神は何故そこまでして住民を死なせないようにしているのか? ジェイルには理解できなかった。
いくら地獄臭を消してもらえたと言っても、地獄の人間だとバレれば殺されてしまうと言う根本的な不安は取り除けない。なんせ地獄の人間だと気付かれれば、そこから先は一方通行。絶対に後戻りは出来ない。死ぬか辿り着くかの二者一択。
ジェイルは右の横顔を両手で隠し、向かってくる兵士達二人の左側を通って行こうとした。
「おい、そこの男。止まれ」
その横を通り過ぎた瞬間、男の威圧的な声がジェイルを呼び止める。
顔のシワが伸びきった表情で固まったジェイル。
バレたのか? と思いその場でジェイルは必死に思案する。
ガシャガシャとプレートアーマーの擦れる音を立てながらジェイルに向かってくる兵士の二人はジェイルの前で止まる。
「……お前」
兵士の一人がゆっくりと顔を近付けてくる。ヘルメット越しで表情は分からないが妙な威圧感が半端ではなかった。
終わった、と思ったジェイルは横顔から両手を放し、妖魔の剣に手を伸ばそうとして強行突破を図ろうとした。
「コートが破れているぞ。身だしなみには気を付けろよ」
兵士の一人がジェイルの右わき腹に位置する破れた防刃コートを指さし、注意をしてきた。
地獄レースでパーラインに妖魔の剣で刺されて破れた箇所だ。
ジェイルはその事を思い出し、まだバレていないのだ、と思ったがそれでも警戒心は緩めなかった。
冷や汗が止まらないジェイル。
「‥‥‥はい。お気遣い‥‥‥ありがとうございます」
ジェイルは少しでもバレないようにと天使界の住民になりきるため、儀式を受け終えた感情の無い人間を演じていた。
そのジェイルの演技は兵士の一人には通用したのか「うん」と答え納得してくれた様子だった。しかし、もう一人の兵士が、辺りの匂いを嗅ぎ始めた。
そして、徐々にジェイルの臭いを嗅いでくる。
まさか地獄臭が消えきっていないのか? と目を泳がせるジェイル。
「……お前」
兵士の野太い威圧的な声に今度こそ万事休すか、と諦めかけたジェイルは再び妖魔の剣に手を伸ばそうとする。
「随分匂うぞ。風呂にもちゃんと入れよ」
――セーフ!
地獄に落ちてから洗身の機会がなかったためジェイルから放たれる体臭は致し方なかった。
「……度重なるお気遣い……ありがとうございます」
難を逃れる事が出来、更に昇華した演技をして見せるジェイル。
二人の兵士達はこれ以上、気になる点は無い、と判断し、ジェイルから離れていった。
それを確認したジェイルはホッと胸を撫で下ろした。そして先に進もうと一歩足を進めたその時だった。
「なあ、今の奴、いくらなんでも感情が抜けすぎてないか?」
兵士の一人がジェイルの言動に不信感を抱いていた。
ジェイルはビクンと身体を跳ねらせ、まずい、と思い、足をピタリと止め冷や汗をダラダラと滝のように溢れさせる。
「念のためもう一度、確認しておくか」
その言葉を聞いたジェイルは迷わず脱兎の如く走り出した。
「待て貴様!」
兵士の二人が振り向いた時にはジェイルは既に走り出していた。
プレートアーマーの重さで上手く走る事が出来ず、ただ大声だけが虚しく街上に木霊する。