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6章 まだ見ぬ快楽のために 10話

 ヨシュア達はすぐに状況の確認をする。


 沈没したワロス達の船の海域には二十人の集落の人間達が浮上し喜悦の声を上げていた。


 そこから十匹以上の()(さめ)が容赦なく襲い掛かり、胸ビレで切り刻み捕食していく。


 青い海が見る影も無く赤く染まっていく。


 セントオーシャン号の近くにいた二匹の鬼鮫も血の臭いを嗅ぎつけ、集落の人間達に牙を向ける。


 先程まで死に直面しかけたヨシュア達は自分達が生きている事に実感が持てず、思考が上手くまとまらない状態でその光景を唖然と見ていた。


 だが、集落の人間達の止む事のない喜悦の声がヨシュアの思考を呼び戻す。


 「今すぐここから離れるんだ! リンダルトに行くぞ!」


 ようやく状況が理解できたヨシュアは(とっ)()に叫んだ。その声に全員が我に返る。


 ダズマンが直接舵を取りリンダルトに向け(こう)(しん)するセントオーシャン号。


 「……私たち、助かったのよね?」


 「ああ、そうだよパーライン」


 不安な面持ちのパーラインを明るい笑顔で強く抱きしめたヨシュア。


 「お前ら! 勝どきを上げろー!」


 「おー!」


 勝利を確信したダズマンの声に(かい)(らく)(せん)()達は高らかとした声で喝采する。


 中にはピストルを暗雲に向け撃つ者もいた。


 「あそこで渦潮が止まらなかったら俺達全滅してたぜ」


 ランスがヨシュアの近く身震いしていた。


 「あの渦潮は突発的に起きた現象じゃない。ワロス達はあの渦潮を予知していたはずだ。そしてワロス達がその渦潮にわざわざ船で近づき僕達に集落の人間達を撃ってきた事も含め推測すると、僕達を足止めしていた事が覗えるんだ。そしてその理由は渦潮にあった。つまり渦潮が発生している内にセントオーシャン号を沈没させる事が奴らの狙いだったんだ」


 「そう言う事だったのね。もし渦潮の持続時間が長い事を知ってたら私達は渦潮に呑まれ最悪の場合、()(さめ)に襲われて死ねばイルメン島で復活するわけだし追いかける必要はない。短い事を知っていたから、追いかけてきて妨害する必要があったのね」


 ワロス達の策略を暴いていたヨシュアの言葉にパーラインも納得していた。


 それを耳にしていた(かい)(らく)(せん)()達は互いの顔を見ながらキョトンとした顔で頷き合っていた。


 理解しているのか分からない面持ちが覗える様子だった。


 「まあなんにしてもだ、ヨシュア、パーライン、お前達のお陰で助かった。俺達だけだったら奴らの策略にはまってた所だったからな」


 ダズマンは舵を他の(かい)(らく)(せん)()に任せ、ヨシュアとパーラインの所に近づくと右手を伸ばし握手を求めていた。


 「それは僕のセリフだ。君達がイルメン島に来てくれなかったら、パーラインに再会出来ず、(えい)(けつ)の運命を辿っていた」


 ヨシュアは感謝の言葉を込めダズマンの手を握った。


 「ガーウェンの代理でこの船を任されてるんだから、もっとしっかりしなさいよ」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるパーラインにダズマンは「返す言葉もねえな」と笑みを浮かばせ互いに握手を交わす。


 しばらくするとヨシュアは船尾まで歩き海を眺める。イルメン島は影も形も見えなくなっていた。


 セントオーシャン号の甲板の上にワロス達がブラックライフオブフォッグで蘇っていないと言う事はワロス達はイルメン島で蘇生されたはず。


 今の状況から、そう判断したヨシュアはようやく心の底から安堵する事が出来た。だが一つだ脳裏に引っかかる物がある。


 それはワロスが最後に語った言葉。


 「……ネクロ・ラズエル」


 ヨシュアは浮かない表情で船尾から見渡せる海を遠い目で見つめながら小さい声でそう呟く。


 「ヨシュア。貴方もこっちに来て一緒に踊りましょう」


 パーラインの明るい声を耳にしたヨシュアは振り向いてい見ると(かい)(らく)(せん)()達が甲板の上で大きい輪を作りバイオリンやフルートなどで楽器を弾いていた。その輪の中では二人一組になった(かい)(らく)(せん)()達三組が、テンポのいい明るい音楽に合わせて軽快に踊っている。ちなみに男同士で踊っているのは社交ダンスだった。その中ではゾディアとランスもペアで踊っている。


 パーラインはヨシュアの手を掴むと半ば強引に、その輪の中に行こう、と連れて行く。若干戸惑いながらヨシュアはなすがまま付いていく。


 輪になっている(かい)(らく)(せん)()達がパーライン達が近づいて来た事に気付くと、「よっ、ご両人!」「道を開けてやれ。地獄界一のカップルのお通りだ!」と満面の笑みで二人を称えながら道を開ける。


 輪の中に入ると、先にパーラインがヨシュアに向け笑みを浮かべながらスカートを摘まみ軽く一礼するとヨシュアも微笑みながら紳士的な一礼をする。


 そして、互いに片手を添えるように握ると、ラテンダンスを踊り始める。


 静かな動作から徐々にギアを上げていくような繊細で情熱的な踊り。


 その踊りは更に賑わいに花を咲かせた。


 例えどんな曲が流れようと独自のセンスとアイディアで柔軟に対応し踊り続けるヨシュア達。

祝い、踊り、歌いながらセントオーシャン号はリンダルトに向かう。


 勝利の舞と言いたい所だが、この時、ヨシュア達だけでなく(てん)使()(かい)も含めた幽界の地にいる者たちにワロスの真の狙いを知る者は誰一人としていなかった。


 幽界の地にもたらされた厄災の権化はこの時、既に誰にも知られず震撼していた。


 この先、ジェイル達に何が待ち受けているのか……。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

六章 まだ見ぬ快楽のためにはここで終わります。

次回からも書いていきますので是非ご一読してみてください。

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