6章 まだ見ぬ快楽のために 9話
既にイルメン島での激戦の後だったため、持っていたピストルの弾はすぐに弾切れとなった。
「明一杯帆を張ってくれ! 今は鬼鮫から逃げる事が先決だ!」
ヨシュアの指示に快楽戦士達は更に帆を張り上げる。
更に加速したセントオーシャン号だったが、鬼鮫達のスピードも遜色は無かった。
「ほら、持ってきたぞ!」
三個の大きな木箱から飛び出る程、乱雑に入れられたピストルが欄干の前にまで運ばれた。
快楽戦士達はその木箱から急いでピストルを手に取ると、鬼鮫を撃っていく。
だが、二匹の鬼鮫がセントオーシャン号の船体に胸ビレをぶつけていた。
船内からは水漏れが起きていた事に砲撃手が気付くと、その事態を甲板の上にいるダズマンに慌てふためきながら伝えた。
「板で補修しろ! ここにいる鬼鮫をぶち殺すまでな!」
「もう、やってる! けどこのままじゃ!」
砲撃手が今の状況から絶望的な最後を想像してしまい弱気になってしまう。
「とにかくここまで来たら、後は持久戦だ! なんとか踏ん張るんだ!」
ヨシュアの飛ばした激に砲撃手は半ば投げ遣りな態度で船内に戻り補修作業へと勤しむ。ヨシュアにはやはり狙いがあった。
「後二匹だ!」
七匹中、五匹の鬼鮫を撃ち殺した快楽戦士達。
残りの二匹にも弾は当たっているが中々倒せないでいた。
鬼鮫の生命力も相当なものだった。
船内で砲撃手達が水漏れしている箇所を釘とトンカチを使い板で補修していると砲撃手の顔の横すれすれまで鬼鮫の胸ビレが船内にまで届く。
一瞬、恐怖に刈り取られたような表情になるが、奮起し一心不乱に水漏れした箇所を補修し続ける砲撃手達。
「駄目だ! このままじゃ!」
二隻の船は渦潮の中心にまで後、三十メートルを切っていた。
ワロス達の船はその八割は渦潮に沈んでいた。もう半数の集落の人間達が渦潮に落ち、渦潮の激流に流れながら鬼鮫の餌食になっている。
この場でセントオーシャン号が沈没し鬼鮫に捕食されれば、ブラックライフオブフォッグっで蘇生される場所は間違いなくイルメン島。
そう確信した快楽戦士の一人が諦めかけていた。
「諦めるな! このまま持ちこたえたら助かるかもしれないんだ!」
そう叫ぶヨシュアの言葉に応えようとパーラインは勇ましい雄たけびを上げながら鬼鮫を撃っていくと、快楽戦士達も奮起しパーラインに続く。
すると突然、渦潮力が低下し始める。それも急激なスピードで。
渦潮の中心から直径二百メートルの窪んでいた海も元に戻り始める。
しかし、まだ渦潮力の余波が残っていた。
船の九割が沈んでいたワロス達の船とセントオーシャン号が渦潮の中心部で衝突するまで、十メートルを切ったその時、ワロスは自分の船の甲板の上で両手を高々と掲げ始める。
「貴様らは勝者ではない! 必ずやこの先、ネクロ・ラズエル様がこの世界を蹂躙するだろう! それまで偽りの勝利と快楽に酔いしれるといい! 我々の志は常にネクロ・ラズエル様と共にある!」
語気を極限まで高めたワロスのその言葉を最後に、セントオーシャン号にぶつかる寸前に沈没したワロス達の船。
セントオーシャン号にいる全員はワロスの最期を強張った表情で見届けた。
先程まで渦潮が発生していた中心にセントオーシャン号が行き着くと、渦潮は完全に消えた。