6章 まだ見ぬ快楽のために 8話
ワロス達の船内からは大量の海水が水漏れしていた。ギシギシと軋む音がし、船全体がゆらゆらと動きながら徐々に沈んでいく。
危機的状況の中でもワロスは泰然とし、集落の人間達は部族がするような独特な踊りをしていた。
暗雲に向け何度も一定のリズムで身体を弾ませながら両手を押し出すような奇怪な踊り。
そして、セントオーシャン号では、激戦が続いていた。ヨシュアはワロス達の沈没しそうな船を視認していたが、それでも気は抜けない。
ヨシュアはセントオーシャン号の甲板の上で残った胴体を大砲に装填しワロス達の船の渦潮の近くに放つよう指示を出す。
胴体の首から流れ出る血をシャツや毛布で押さえつけながら運んでいく快楽戦士達。
まだセントオーシャン号の甲板の上では集落の人間達八人が残っている。
だがその八人も欄干の近くにまで追い込まれていた。
追い込んでいたお陰で胴体を大砲にまで運ぶのもスムーズに進んでいた。
セントオーシャン号から斬首した集落の人間達の胴体が次々に大砲でワロス達の渦潮の近くに目掛け撃たれていく。
「こいつらは縛り上げろ! そのままイルメン島の近にまでぶっ放せばそれで蹴りが付く!」
相手の戦力が減る事により戦術の幅も広がる。現状の快楽戦士の数でセントオーシャン号にいる集落の人間達を一滴も血を流さず無力化するには十分な戦力差。それに気付いたダズマンの指示に快楽戦士達数人が縄を持ってくるため船内に入っていった。
それを確認した集落の人間達八人は、何か合図をするように頷き合うと、欄干の上に上りだした。
何をする気か見当がつかなかった快楽戦士達は攻める事を戸惑ってしまう。
そこにヨシュアが戦況を確認するため甲板の上に上がってきた。
「まずい」
欄干の上にいる集落の人間達を見たヨシュアはある事を察し、目を大きく開く。
集落の人間達は不気味に微笑みながら、手にしているタルワールを自身の腹部に突き刺した。
セントオーシャン号にいる全員がギョっとした表情になると、腹部を突き刺した集落の人間達は背中から渦潮へと落ちていった。
甲板の上にいる皆は欄干にまで急いで駆け寄りそこから渦潮を覗き込む。
既にそこからは人の目で視認できる程、渦潮は赤く染まっていた。
「あいつら、これも狙ってたの。このままじゃ鬼鮫にこの船も狙われるわ」
パーラインは強張った顔で渦潮を覗く。
「くそっ! おまえら船内からありったけのピストルを持ってこい! 浮上してくる鬼鮫を撃ち殺すんだ!」
ダズマンは眉間に皺を寄せながら、快楽戦士達に指示を出す。
ピストルを取りに船内へ慌ただしく入っていく三人の快楽戦士達。
すると、ゆっくりと鬼鮫の背ビレが渦潮から姿を現す。
更に一匹、二匹と計、七匹の鬼鮫がセントオーシャン号から落ちた集落の人間達に襲い掛かる。
集落の人間達は怯える事なく、自身の死を受け入れるかのように鬼鮫に切り刻まれていく。
腕や足を切断されても悲鳴の一つも上げない。それどころか喘ぎ声がセントオーシャン号にまで聞こえてくる。
渦潮の轟音に負けず劣らずのイカレタ思考の主たちの声量。
快楽戦士達は闘争心を燃やすような表情で、持っているピストルで鬼鮫を撃っていく。
当たれ、当たれ、と願いながら撃っていく弾は中々当たらない。
鬼鮫は集落の人間達を捕食し終えると、セントオーシャン号にその飢えた牙を向けてくる。