6章 まだ見ぬ快楽のために 3話
渦潮の中心から直径二百メートルまでの海が窪み、互いの船体も傾き始めていた。円を描くように、右回りで旋回する。
「もう駄目だ。俺達このままじゃイルメン島に逆戻りだ。生贄の材料にされちまう」
消沈しきった表情で快楽戦士の一人がそう言うと、他の快楽戦士達の表情も暗い雲行きで俯き始める。
ダズマンもこの状況を打開する策が無いうえ、快楽戦士達に何と声をかければいいのか、と思い悩む。
ワロス達の船からは歓喜の雄たけびが鳴り止まないでいた。
まるで、自分達の思惑通りに事が運んでいると言わんばかりな意思表示だった。
快楽戦士達の生を放棄したかのような表情。ワロス達の十中にはまっているかのような状況にパーラインの中で沸々と怒りが込み上がってきた。
そして、何かを決断したかのような覚悟を決めた表情でパーラインは駆け足で移動すると、セントオーシャン号の欄干に上がり身縄を片手で握り全員の正面に身体を向ける。
「あんた達、何をしり込みしてるのよ! 貴方達はこれまで、自分の意思で快楽に明け暮れる日々を過ごしてきたはずよ。もし奴らに捕まり生贄にでもされれば、そこに自分の意思はない。これから先、酒を飲み、傷つけ合う事も、好きな女すらも抱けない。そんなんでいいの⁉」
パーラインの険しい表情と強めた語気は意気消沈していた快楽戦士達の心の沼に波紋を立てる。
快楽戦士達はパーラインの言葉に耳を傾け、顔を上げ自問するような辛そうな表情になっていく。
このままで言い訳がない。本当に自分を失ってしまう、と。
パーラインは続けて言う。
「ヨシュアを助けてくれた事には感謝してるわ。それはこの場にいないジェイルとガーウェンにもよ。個人的にはジェイルの事を恨んでいるけど、それとこれとは関係ないわ。だからヨシュアを助けてくれた貴方達の自我が失われれば、私の感謝の想いは失われる。共に今日の隘路の道を分かち合い、ジェイルとガーウェンの無事を祈るためにもリンダルトに戻りましょう」
快楽戦士達の心の沼に更なる波紋が広がり、やる気と自信に満ち溢れた真紅の色になっていく。
まさに情熱の赤。
その表情からも闘志の気迫が感じ取れるほど、快楽戦士達は己を取り戻していた。
「さあ、剣を取って! 心の赴くままに剣を振るう時よ!」
パーラインの扇動に感化された快楽戦士達。その意思を表明する先陣を切って出たのはヨシュアだった。
ヨシュアは甲板に落ちている剣を取ると「おー!」と剣を掲げ雄たけびを上げた。
それを見て気持ちが高ぶった快楽戦士達もヨシュアに続き腰に備えている剣を取り、「おー!」と剣を掲げ雄たけびを上げる。
セントオーシャン号に怯懦の人間はいなくなった。
だが光を取り戻したヨシュア達の現状とは違い空は雲で覆われていく。
雨も降らず、ただ不気味に現れた薄暗い雲。まるでヨシュア達の困難を避けられない前触れのような現象。
そうこうしている間に渦潮の中心に流されるまで百五十メートルを切った互いの船。
「お前ら、大砲を撃つ用意をしろ! 奴らに一矢報いるぞ! 総員、配置に付け!」
ダズマンの指示に快楽戦士達は雄たけびを上げすぐに行動を起こす。