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6章 まだ見ぬ快楽のために 2話

 帆が所々破れた傷だらけの船体の甲板の上に五十人の集落の人間達が居て、不気味なほど静かだった。全体的に幽霊船に近いイメージの船。


 見えない威圧感がセントオーシャン号にまで行き届いていた。


 「ふんっ、あんな船で今からセントオーシャン号に追いつけるものか」


 ダズマンは相手の船に(けい)(べつ)の眼差しを向ける。


 その声に(かい)(らく)(せん)()達も小馬鹿にするような発言をする者や高笑いする者も出始めた。


 「ワロス首領。いかがいたします? 砲撃でもしますか?」


 ワロスの側近である、狐目で眉が太い男がワロスの斜め後ろで落ち着いた様子で手を後ろで組んで立っていた。


 「その必要はない。もうじきあれが来る。そしてあの作戦を決行する。その時が奴らの最後の航海だ」


 一人だけ椅子に座りテーブルの上で優雅にお茶をしながらセントオーシャン号に向け不敵な笑みを浮かべるワロス。


 念のためヨシュアとパーラインは船尾からワロス達の船を監視続けていた。


 しかし、二分経ってもワロス達はこれと言った行動は起こしてこない。


 それどころかワロス達の船はセントオーシャン号に追いつくどころか、徐々に離されていく。


 ヨシュアとパーラインも危険を感じなくなったのか、船尾から離れていく。


 このまま逃げ切れる、とセントオーシャン号の全員が思い始めた時だった。


 「なあ、この船……遅くなってないか?」


 (かい)(らく)(せん)()の一人が違和感に気付くと、全員がその言葉に引きつけられるように海面を覗く。


 「確かに遅くなってるわね。でもなんで?」


 「……さあ」


 パーラインとヨシュアは不安な面持ちで船の速度が落ちている事が腑に落ちなかった。


 セントオーシャン号にいる全員がそれに気付き前方や左右を見ても海にこれと言った変化はない。


 しかし、どこからか、(ごう)(おん)に近い音がヨシュアの耳に届き始める。


 その音はワロス達がいる後方だからった。


 ヨシュアはその音とセントオーシャン号の減速と何か関係があるのか? と思い、急いで船尾に戻り後方の海を見渡してみた。


 すると、ワロス達とセントオーシャン号の間に渦潮が出来ていた。


 「渦潮だ!」


 ヨシュアが声を張り上げると全員が船尾に集まり驚いた目で渦潮を注視する。


 ワロス達の船からは歓喜の声が上がっていた。


 徐々に渦潮は広範囲に拡張し始め、セントオーシャン号の船体は左斜め後ろへと下がり渦潮に引きずり込まれていく。


 「くそっ、奴ら何笑ってやがる⁉ このままじゃ奴らの船も大破するんだぞ!」


 解せない不満と怒りでダズマンも困惑し始める。


 ワロス達の船は右上に向かって渦潮の流れに船体が取られてしまう。


 このままでは互いの船は渦潮の中心に引き付けられ飲み込まれて沈没するか、互いの船が衝突し大破するかの二択しかない。


 「そうか。奴らは最初から自滅するつもりなんだ。僕達と奴らが死に、互いの船が大破でもしたら、安全地帯で復活できる場所はここから近いイルメン島だけだ」


 閃いたヨシュアだったが、同時に自分が生贄になりかけた恐怖が脳裏を過り、顔が青ざめていく。


 「でもあいつら最初から渦潮の事を知ってたら、わざわざ船で来なくてもいいんじゃない? なんで?」


 「それは、僕にも分からない」


 何かが引っかかるパーラインとヨシュアは動揺しながらも思考を回す。


 「駄目だ! 舵がびくともしない!」


 舵を任されている(かい)(らく)(せん)()の一人がなんとか前進しようと舵を切ろうとするがどうにもならず喚いていた。更に二人の(かい)(らく)(せん)()が助力し舵を握るがそれでも結果は変わらない。


 既に渦潮の範囲は直径二百メートルにまで拡張していた。


 (かい)(らく)(せん)()達はパニックになりかけていた。


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